第二章 不思議少女 スミレちゃん〈Ⅲ〉
「スミレちゃんはいますかー?マリンだよっ!」
「山川さんならさっき出ていったよ、よ吉川さんっ!」
「そっかー」
「もしっ、よろしければっ、僕がその部に……」
「ううんっ、大丈夫!ありがとうA君」
誰だよ、A君って。雑すぎんだろ。
今は昼休み。
昨日、山川さんにふられたというのにヴァカは朝からずーっと花が咲くような笑顔で山川を追いかけ回していた。
ストーカーのように。いや、ストーカーよりもタチが悪い。
一応、ヴァカでも天才なのだ。
探偵顔負けの推理力で瞬時の居場所を突き止め、陸上選手顔負けの速さで追いかける。
きっと、俺がしたらドン引きどころか警察呼ばれるだろーなー。
「……ねぇ」
「うわぁっ」
「うるさい」
もうここには居ないストーカーのことをかんがえていたら、急にブレザーの裾を誰かに掴まれた。
「な、なんでここにいるんですかー?山川さん」
「アイツどうにかして」
どうやら山川さんはお怒りMAXらしい。顔は見えないけどオーラですぐ分かる。
「えっと、じゃあなんで入りたくないんだ?うちの部活に」
「……」
無視ですか、そーですか。
「敢えて言うなら――」
考えていただけらしい。無視されてなくてホッとしてなくもなくもないことはない。
「部長が嫌だから」
「悪い」
それは俺にどうすることも出来ない。
手遅れである。
だが、一応、部長のフォローもしないとな、うん。
「いや、良い奴ではあるんだぜ。独りでいる子を見過ごせないとか――」
「バカにしてる?」
「すみませんでしたーっ!」
俺は涙目で謝る。山川さんへの謝罪は、これで何回目だろうか。
「他には……?」
「へ?」
「……吉川マリンについて」
山川さんの口から出た意外な言葉に俺は驚いて、間抜けな声を出してしまった。
山川さんの顔はもちろん見えない。でも、さっきのような怒りのオーラはもうどこにもないように感じる。
「えっとな――」
俺はマリンについてできるだけ詳しく話した。
彼女はただ相槌をうつだけだったが、話をちゃんと聞いてくれた。途中から愚痴のようになってしまったが、それでもずっと聞いてくれた。
「――で、アイツはヴァカでバカだけど天才で、すごく優しい奴なんだ」
「……そう。話してくれてありがとう。
授業が始まるけど?そろそろ」
「って、やばっ!じゃーな、山川さん」
俺は廊下を走り出した。走りながらスマホを見ると授業の始まり五分前。
タダでさえ普通科と特進科の教室は地味に遠いのだ。
俺は無我夢中に廊下を走る。良い子は真似するなよ。
「そーいえば……」
俺が走り出す直前、山川さんの長い前髪の間から青い瞳が見えた。とても綺麗な澄んだ青色。
その瞳が――笑っていたように思えた。