第一章 平凡な日常との別れ〈 Ⅰ 〉
「はじめまして。わたしは今日からこのクラスの担任の宮本美々子です。えっと、先生としてはみなさんと同じ一年生です。よろしくお願いしましゅっ」
最後に盛大に噛んでしまった担任(みみちゃん先生)は、かおを赤くしてはにかんで笑った。
そして、まだ赤い顔を隠すようにぺこりとお辞儀をする。
その瞬間に、教室中に響くカメラの連写音。犯人はクラスの男子たちだ。
熱くなる男子、冷たくなる女子。見事な対比。
「ふぇっ!?ぇ、えと、じゃあ皆さんは自己紹介をしておいて下さいですね」
「「「はーい!!」」」
みみちゃん先生の言葉に声変わりした男子たちの重低音の声が返事をした(一部、高い声の男子もいたけれど)。
おー、元気だな、男子。そして、野太いな、声。
そして、オドオドしながらもみみちゃん先生が教室から出ていくと――静まり返った教室の出来上がり。
耳に入ってくる音といえば、隣のクラスの元気な声で。
俺もそのクラスに混ぜてほしい、なんてことを思うほどにはほんとうに泣きたいほどに静かである。
「テンション下がりすぎだろ……」
俺は誰にも気づかれないようにつぶやいた。まぁ、男子達のこんな態度も仕方がないのかもしれないけれど。
今日は入学式だった。新しく高校生となる俺たちの。
そんな、俺たちは朝っぱらから校長の話を一時間ほどずっと聞き続けたのだ。
それも、同じようなセリフを何回も。
そして終わったと思えば、教頭(薄らハゲ)の話。
なんか、高校生としての自覚がなんちゃらとか、眠くなるようなことを言っていた。
そして、それも終わったと思ったら次は市長(多分カツラ)の話。もう、ボイコットしてやろうかなとまじで思った。
そんなこんなで現に俺も疲れていた。
ただ、それにはもう一つ理由があるのだけれど。
「えーと、一番――」
自己紹介がやっと始まった。元気もやる気もない自己紹介が。
なんか逆に笑えてくる……ハハ。
隣のクラスでも丁度始まったらしく、声が聞こえてきた。でも、うちのクラスとは温度差のあるようで、笑い声や拍手などの明るい雰囲気。
ほんと、混ぜてほしー。
そんなとき、教室中の空気をぶち壊すようにドアが大きな音を出して開かれた。
てか、空気よりもドアの方が壊れそう。
そして、中に入って来たのは――、
「出席番号三十二番、吉川まりんっ!
そこの、目が死んでる佐藤ムクくんとは幼馴染ですっ!よろしくっ」
そんな幼馴染は笑顔で、俺にわざわざピースをしてから席についた。
「「「「う、うおおおおおーっ」」」」
さっきの男子の静けさと下がりきったテンションはどこへいったのか、教室が一気に騒がしくなった。
そして、冷たくなる女子の視線。
まぁ、騒がしくなるのも無理はない。
だって、彼女は可愛いのだから。
栗色の髪に
さらに、入試は満点。入学式では普通科代表を務め、全校生徒の前で答辞を堂々と読んだ。
運動もプロからスカウトが来るほどにはできるし。
簡単にまとめると、俺の幼馴染吉川マリンという少女は『天才』である。
俺が、クラスメイトたちの自己紹介を聞き流していると、ポケットの中のスマホが震えた。
俺は、周りにバレないようにポケットからスマホを取り出して、画面を見る。
『ムクー、遅刻しちゃったぁ』
多分、校長とか教師たちとの話が長引いたのだろう。
俺は幼馴染への返信に『お疲れ様』と打ち込んだ。
すぐに、また返信が来た。
『いやー、校長とかとの話にに解放されてからさーカバン忘れてるのに気づいてさぁ』
バカかおまえは。
フツー、入学初日にカバンは忘れない。
てか、初日じゃなくても忘れない。
ましてや、学校についてから一、二時間たってから気づくなんて小学生でもありえない。
つまり、吉川まりんという少女は『天才』であり『ヴァカ』なのだ。
って、俺は誰に向かってアイツの説明をしているのだろーか。
まぁ、いっか。
俺はスマホの電源を落として、周囲を見渡した。いつの間にか、自分の自己紹介まであと二人。
先ほどのマリンの登場のおかげで、クラス内の気温が10度くらい上がったような気がする。
「九番、桜坂優――」
いつの間にか俺の前まで自己紹介は進んでいた。
自己紹介、面倒せぇなー。でも、ヴァカのせいで、俺のゆっくりスクールライフに何かあったら困る。
ここで弁解(という名の言い訳)をしておかなければ。
俺は決意を新たに立ち上がった。
クラス中の視線を受ける中、俺は堂々とした姿勢で口を開いた。
その時に爽やかな笑顔も忘れない。
「十番、佐藤 六来。マリ……吉川さんとは家が近いだけで、ただの腐れ縁だ。
実際、関わりたくないとさえ思ってる。
ということで、よろしく」
あぁ、言い切った……。これで一年平和にすごせる……。
だが、何故だろうか?男子全員に睨まれてるような気がする。いや、きっと気のせいだろう。
俺は自分にそう言い聞かせて、席についた。
でもこの一時間後。こんなことを言ったのは間違いだったと嘆くことになる。
この言葉のせいで俺の理想のスクールライフが壊れていくなんて、この時の俺は思いもしなかった。