山川ユーリの場合 『5月→現在』
少し、長いです。
「……おかしい」
最近、妹――スミレの様子が変である。
まず、帰りが遅い。学校から家まで十分もかからないはずなのに、いつも六時過ぎに帰ってくるのだ。
次に、兄であるボクへの態度がどこかおかしい。
小さい頃は「お兄ちゃん」と笑顔で駆け寄って来てくれていたのに、中学生になってからは「ユーリ」と呼び捨て。
ボクが高校に入学する時には、無視されるようになっていた。
だけど、この頃はボクの分もお弁当を作ってくれたり、休みの日には手作りお菓子をふるまってくれるのだ。
不味いわけではない。むしろ、妹の作ってくれたものだし、すごく美味しい。
それに、本人も楽しそうに作っているし。
でも、やっぱり、どこかおかしい。
そのことを人に話すと、誰もが「好きな人が出来たんじゃない?」と言ってくる。
そして、その後に必ず言われるのが――
「お前も妹ばなれしろよ」
という言葉。
なんでだろう?
☆★☆
「ス・ミ・レー!!一緒に学校行こう!」
「あら、ユーリおはよう。スミレならもう出てったわよ」
朝からハイテンションでリビングに向かったけど、母さんのその言葉にボクのテンションが一転。
今日も最悪のスタートとなってしまった。
「いってらっしゃーい」
母さんに呆れた視線を向けられながら家を出たボク。
とぼとぼと歩いていると、チラチラと野郎どもが視線を送ってくる。
いつもならここでウインクぐらいはするけれど、今はそんな気分じゃないし。
ボクは重い足を無理やり動かしながら学校へと向かうのだった。
☆★☆
「あっ、スミレだ……っ!」
休み時間。
廊下でスミレを見つけて、テンションが上がるボク。このまま抱きつこうとしたけど、できなかった。
――男子?
世界一可愛いボクの妹の隣には男子生徒がいたのだ。しかも、楽しそうに話してるし。
その場を動けないでいるボクにスミレは気付かず、男子と一緒に通り過ぎて行って見えなくなった。
お、オレのスミレに男?え、あ、は?なんでオレの可愛いスミレに虫がついてんの!?
ボクの頭は今にもパンクしそう。状況をのみこめずにいると、誰かにトンと肩をたたかれた。
「さっきのって、妹?」
振り向くと、そこには男子で唯一の友人、つむぎがいた。
「ねえ、聞いてよつむつむ〜」
「そのあだ名はやめろ。色々とアウトだ」
ウザそうにボクにツッコミを入れる彼は生徒会の副会長だったりする。
そんな、友人にボクは妹のことを話し始めた。
――二分後。
「自業自得だろ……」
呆れたようにため息をつく、つむぎ。
ボクのどこが悪いと!?ボクはスミレのために……。
「妹のためとか思ってたら、大間違いだぞ」
「うっ……」
図星だ。ボクは何も言えなくなってしまう。
すると、さらに衝撃の事実をつむぎの口から伝えられた。
「てか、その妹って、部活に入ったんだろ?」
え?そんなの知らないんだけど……。
ボクが目を丸くしていると、つむぎは掲示板の方を指さした。
その先には一枚の部活のポスター。
そして、ポスターに描かれていたのは知ってる顔×3
一つ目の顔はマリンちゃん。普通科の天才で、ボクも時々話す。彼女が部活を作ったのは知っていたけど、どんな部活かは知らなかった。
ましてや、スミレも入っていたなんて全然、知らなかった。
ボクはまたパンクしそうになる頭をどうにか落ち着かせて、最後の顔に目を向けた。
その顔はついさっき見て衝撃を受けた顔。
つまり――あの男子生徒。虫。
「ほうかご、あんしんあんぜんぶ……?」
どうやら、帰りが遅かったのはコレが原因らしい。そして、スミレがあの虫と毎日会って話してるみたいだ。
まあ、妹がお世話になってるみたいだし……、
「あいさつしに行かなきゃねー」
ボクは不敵に笑ったのだった。
☆★☆
「痛い……」
ボクはいまだにズキズキと痛い腹を擦りながら、家に帰っていた(生徒会の仕事はサボった)。
でも、予想外なことだらけだった。
なぜか、急に虫は泣き出すし、妹には腹パンされるし。
今日はなんだか、ペースが乱されっぱなしだ。
それに、さっきから頭の中にはあの虫と二人きりで話すスミレの姿がずっと繰り返されていて。
スミレに悪い虫がついている。
もう、その虫はスミレの大切なものになりつつあるのだろうか?
それなら――
「スミレが傷つかないように……釘を指しておかないとねぇ……」
☆★☆
『反抗期』。
そのたった三文字の言葉はボクの心に重くのしかかった。
あの、スミレにそんな時期が来たのかあ……。
嬉しいような、寂しいような、複雑な気持ちが渦巻く心の中。
「でも、このボクが……」
ほっとけるわけないじゃん。
たった、二人だけのボクの家族。あんな、男子にくれてやるか。
「あっ、ユーリ!ここにいたのか……。もう、授業終わってるぞ」
ドアが急に開いたかと思ったら、つむぎが中に入ってきた。
先生に頼まれたんだろうなあ……。
まあ、どっちみち、これから行かないといけない場所があるし。
ボクは立ち上がって、心を落ち着かせるように深呼吸をする。
「あ……つむぎ〜。入部届って……持ってる?」
――十分後。
「ねえ、ユーリ。なんでここにいるの?」
「え、えーと、この部に入ったから?」
「死ね」
もう既に死にそうだよ、スミレ。
あの後、ボクはすぐにこの部に入部した。
理由はもちろん、スミレを守るため。
そして、現在、土下座なう。
「ねえ、足どけて……」
「……」
無視。いつの間に妹はこんなにワイルドになったのだろうか。
ボクは地面とあとすこしの所でキスしそうになりながら、しみじみ思う。
すると、スミレは何を思ったのか、ボクの頭から足をどける。
呆気にとられながら顔を上げると、スミレがゆっくりと消えそうな声で口を開いた。
「ユーリ。その格好も、入部も私のためだって分かってる。でも、お願い。
あのヴァ――吉川マリンも、佐藤ムクも私の大事な友達……」
スミレは真っ直ぐにボクを見つめる。お揃いの青い目で。
スミレの声をこんなに聞くのは久しぶりな気がする。
「だから……信じて。兄さん」
ボクは、もう泣き虫のあの頃の妹はいないことに気がついた。目の前にいるスミレは――
「つよく、なったんだ……」
ボクの言葉にスミレは微笑んだ。
でも、僕ボクの方がまだ、寂しいから一緒にいさせてよ。
そんなこと、照れくさくて口が避けても言えないけれど。
ボクは切ない気持ちを誤魔化すようにニカッと笑った。そして、スミレに抱きつこうと近寄った。
結果――、
「ごめん……スミレ」
だから、足をどけて……。
なんか、ギャグ少なめで、少しシリアスな感じになっちゃいましたね……。




