第三章 1年1組 みみちゃん先生! 〈Ⅰ〉
「暇だ……」
創部して二週間。今日も誰も来ない。
今いる場所は『放課後安心安全部』の部室。
俺は部屋の中央にあるテーブルに突っ伏していた。
「ねみー」
てか、あのヴァカはどこに行ったのだろうか。部長のくせに。
俺は勢いよく立ち上がった。フカフカのソファーから。
「でも、なんもすることねぇなー」
立ち上がったのは、なんとなくである。
俺は、部室の中をとりあえずあさ――調べることにした。
結構、広い。てか、相当広い。俺の部屋よりも広い。
中央には大きなテーブル。そして、ソファーとイス。窓の近くには机もある。
「校長室っぽいなー」
そんなことをつぶやきながら壁をぺたぺたと触る。
どうせ、隠し扉とか無いだろーけど。
「え……?」
ぺたぺたと触り続けていると、壁のある部分の感触に違和感。よく見ると、ほとんど壁と同色の目立たないドアを見つけた。
ゆっくりと引いてみたり押してみると開かない。鍵がかかっているのだろう。
「もしかして、開かずの間とか……?」
だとしたら、めっちゃ楽しそう。俺だって男子。そーゆーのに憧れるのだ。
「ぜってー、開けるっ!」
俺はそう宣言して、ドアをに手をかけた。その瞬間――開いた。正確には横に扉がズレた。
どうやらスライド式だったらしい。
キョロキョロ。
「ふー」
周りには誰もいない。良かった。
この頃、黒歴史が増えてきているような気がするのは気のせいだろうか。泣きたい。
ゴクリ。
俺は改めてドアを開けた。めっちゃ簡単に開いたドアをなんだか殴りたくなった。
「失礼します……」
「……はい、こんにちは。山川さん」
「……何してるの?」
「アハハ……」
山川さんが来た。
山川さん、こんなに間のあいた会話は会話と呼ぶのでしょーか……?
「どこに続いているの……?」
「……?あぁ、このドア?多分、どっか」
ドアの向こうは暗く、何も見えなかった。
懐中電灯はここには無いため、中断しようと思う。
「これ以上、(黒歴史を)増やさないためにも――」
「は?」
「イエ、ナンデモアリマセン」
声に出ていたらしい。山川さんの俺を見る視線がどこか冷たく感じる。
それから山川さんは、俺に興味を失ったのか窓際の机で本を読み始めた。
俺もソファーに座って、本を読もう。
――10分後。
無言、静か。今、俺が読んでいるのは『羅生門』。
――またまた10分後。
無言、静か。今、読んでいるのは『山月記』。
――またまたさらに10分後。
無言、静か。今、読んでいるのは『人間失格』。
こんなにも読書が進んだのは初めてかもしれない。なんだか、虚しいけれど。
俺はバックから、タッパーを取り出した。中には、クッキーとパウンドケーキが入っている。
「……何、それ」
「えーと、お菓子」
「じゃなくて……どうしたの、それ?」
「作った」
俺の言葉に目が点になる山川さん。正確には山川さんの目は見えないから、点になっていると、思う。
「手作り……?」
「うん」
「あなたの……?」
「うん」
疑いの目で見ないでください。本当に朝から作りました。
今回のスイーツは、パウンドケーキとクッキー。でも、色々な種類を作った。
クッキーは、ドロップクッキーとアイスボックスクッキー。ハードクッキーにソフトクッキー。
パウンドケーキはプレーンにココア、
抹茶をそれぞれ2切れずつ。
もちろん、砂糖は少なめである。
「料理とか、するの……?」
「え?あ――」
「ムクはするよっ!」
「マリン!?」
俺のセリフを奪いやがった奴は、ソファーの上、つまり俺の隣に座った。
コイツは、堂々と当然のように登場して座っているが、部活開始からもう、1時間もたっている。
「美味しそー。いただき――あぅっ」
「ヴァカにはやらん。あ、山川さんどーぞお食べください」
「……うん」
「あっ、スミレちゃんばっかズルい!」
「だーかーら、お前にやる分はないっ」
俺はマリンとそんなやり取りを繰り返した。でも、視線はクッキーに手を伸ばす山川さんの方へ。
「そんなに見られると食べづらい」
「す、すみません……」
「ねえ」
「はいっ!」
「毒とか入ってない?」
「入ってませんよ!?もちろんっ」
どんだけ山川さんに信用されてないんだろーか、俺。
本当に泣きたい。
山川さんはそんな俺に視線さえも向けずにゆっくりと、本当にゆっくりと、一枚のクッキーを口に運んだ。
「どう、ですか……?」
俺は恐る恐る、山川さんに尋ねた。
普段は家族や……ヴァカぐらいにしか手作りなんて食べさせないから緊張する。
てか、バニラエッセンスちゃんと入れたっけ?大丈夫か?
もし、マズかったら……
『……不味い。何、これ……こんなもの私に食べさせたの……?……呪う』
『す、すみませんでしたあぁぁぁ!』
あ、有り得る……。怖い、呪われるっ!
俺は震えそうになる身体を抑えて、山川さんの顔をうかがう。
「……美味しい」
よ、良かったあぁぁ!!まじ、怖かった!
なんだか、泣きそう……!
「本当に良かっ――って、なんで俺叩かれてんの!?」
「なんか、悔しいから……?」
「理不尽!?」
俺は叫びながらも笑った。山川さんも俺を叩き続けていたけど、口元は笑っていて。
きっと、この変な部がなかったら、山川さんとこんなふうに笑い合えなかったと思う。
「マリン、これ食べていーぞ」
俺はマリンに――この部の部長にそう言って、クッキーを渡した。
「ムクっ、美味しい!いつもありがと」
「どーいたしまして」
そして、俺たちは笑った。さっきよりも、大きく、明るく。
3人で――。
「……って、おいっ!」