山川スミレの場合 『入学式→入部』
「えーと、暖かい風が吹く中――」
そんな言葉を普通科代表――吉川マリンは堂々と校長と全校生徒の前で読んでいた。
私だったら、絶対に死ぬと思う。
噂だが、彼女は入試満点、前の学校では帰宅部なのに運動能力が高すぎてプロからスカウト来ていたらしい。
まぁ、どうせ噂。ほとんどが嘘だ。でも、もし本当だったら――、
「死ね……」
くらいは言ってもいいだろう。
私がそうつぶやいた瞬間、隣の人が少しふるえたようなきがする。きっと、気のせいだ。
だって、おかしい。そんなに欠点の無い人なんて。
それが、吉川マリンという人間への第一印象。
私は翌日、彼女の欠点を知るということなど、考えてもなかった――。
☆ ★ ☆
「ねぇ、吉川さんが部活をつくったんだって!」
「うそ!?入りたいけど――」
「「入りづらいねぇ……」」
今は入学式の翌日の放課後。
特進科は朝からその話題で持ちきり。
私のいる1―Cでもそう。
ていっても、私は友達という友達がいないから、全部クラスメイトたちの会話が聞こえていただけだけど。
「うるさい……」
私のつぶやきは、誰にも届かない。
放課後だというのに、クラスにはまだ半分以上の人が残っていた。
私は席から立ち上がり、バック――は持たずに教室を出た。
「あ、ポンチョ忘れた……」
私のお気に入りの黒のポンチョ。今はブレザーを着ているが、中学時代はブラウスの上から着ていたし、高校でもそうするつもりだった。
今もバックの中に入ってるはずだ。
私は自分の棚へと目を向けた。
「本当、昨日さぁ……」
取れない……。
女子が棚の前で複数人集まって話していた。
棚の前で無意味な会話をしないでほしい。そして、うるさい。
私は諦めて教室を出たのだった――。
☆ ★ ☆
「放課後安全安心部……?」
そんな文字がダンボール板に綺麗書かれて貼られているドア。
私がぶらぶらと廊下を歩いているとそんなのが目に入った。
「……新しくできた?」
確か部活動紹介ではそんな変な名前の部活はなかったはず。
何をする部活だろうか。少しだけ興味がある。
私はドアをゆっくりと開けた。
その瞬間、私はトマトの匂いに包まれて、気を失ったのだった――。
――10分後。1―Cにて。
「最悪……」
私はトマト臭いブレザーとスカートを脱ぎながらつぶやいた。
教室には誰一人として残っていなくて私と――ドアの向こうに男子が一人。
どうせ変なことはしないだろうから放置している。
私はバックから愛用のポンチョと予備のスカートを取り出した。もちろん着るために。
「ていうか……」
そもそもあの部活、何をするのだろうか。トマトスープを部長が作っていたけれど。
名前に『安心』とつくぐらいだから人を安心させるのだろうか。なんだか胡散臭い。
「悩みを解決したり……?」
それならまず、この状況を解決してほしい。
まだ、トマトの匂いか取れない。髪も一応拭いたけど、今すぐ洗いたい。
まぁでも、噂では天才な彼女のことだ。きっと、何かいいことでも思いついているのだろう。
――12分後、『放課後安心安全部』部室にて
「ねぇっ、この部活に入ってよ!スミレちゃんっ!」
あぁ、コイツ絶対めんどくさい。どうせ関わるとろくなことなさそう。
だから私は――、
「嫌だ」
と、断った。彼女の勧誘を。
ほとんどの生徒が喉から手が出る程に求めている言葉なのに。否、そんな言葉だからこそである。
とにかくこの部長は嫌だ。
――またまた、5分後。
「……はぁ」
今日は最悪の日だった。
トマトスープかけられたし、ウザいヴァカに絡まれたし。
私は部室を出てから溜息ばかりついていた。
こんなんじゃ、兄に怒られてしまうかもしれないけれど。
「――っ、きゃあ!ごめんなさいっ」
俯きながら歩いていたら、人にぶつかってしまった。
私が慌てて前を向くと、涙目で書類をかき集めている先生(?)がいた。
多分、ぶつかったときに落としてしまったのだろう。
私もゆっくりとしゃがんで、拾うのを手伝う。
「あ、ありがとうございましゅっ!」
私に気づいて顔を上げた彼女はそう言った後に――小さく悲鳴をあげた。
あぁ、やっぱり……。
私は拾った書類を先生に渡して、溜息をついて立ち上がった。
「あのっ……」
私は先生の言葉の続きを聞かずに走り出した。
家へ帰るために。ここから逃げ出すために。
ただひたすらに、がむしゃらに――。
☆ ★ ☆
「ス・ミ・レちゃーん!部活に入って」
「やだ」
「おい、マリンっ!山川さん、申し訳ございません……」
朝からずっとストーカーがいる。あと、その保護者も。
めんどくさい、疲れた。きっと私は朝よりやつれていると思う。てか、人に見られてる……吐きそう。
でも、逃げても逃げても先回りされているのだ。なんだか気味が悪い。怖い。
仮にも、私は特進科の生徒だ。授業中に計画を練っていた。彼女から逃げるための。
もう、準備は整っている。
結構は昼休み――。
「スミレちゃんはいますかー?マリンだよっ!」
昼休み。もうすでに、作戦は始まっている。
「山川さんなら――」
A君ありがとう。私のお願いを聞いてくれて。
私は吉川マリンが去ったのを確認するために、廊下へ恐る恐る出た。
「……いない」
私は心の中でガッツポーズをして、トイレへと向かおうとした……が、足を止めた。
そして、トイレとは全く別の方向へ体を向けて歩き出して――、
「……ねぇ」
保護者に声をかけたのだった。
☆ ★ ☆
『自分よりも他人を優先するヴァカ』
『アイツはヴァカでバカだけど天才で、すごく優しい奴なんだ』
昼休みが終わってからもずっと頭の中で彼の言葉が繰り返されていた。授業中だというのに、ずっと。
そもそも、他人とまともに話したのは久しぶりだった。ましてや、笑いかけられるなんて。
私も、彼につられて笑っていたと気づいたときには、あの変な部活やヴァカのことを考えたりもしていた。
こんな私に話しかけてくる変人とその保護者。
あの部活の未来が心配だ。
私は机の奥から『入部届』と書かれた紙を取り出し、ポケットに入れて笑った。
「なんだか、楽しくなりそう――」
えーと、これで第二章は終わりとなります。
ていうか、今回は第二章の山川さん視点みたいなのになっています。
次はあの先生が大活躍(?)したり、ムクのお菓子が美味しそーだったり……
そして、部活に衝撃の事実が告げられる!
ぜひ、次も見てくださいねー