じじい、エミュ鯖を建てる
タカタカッターン……
薄暗い部屋でその男はディスプレイを睨みつけながら延々とキーボードを叩いていた。
「なんだ、この言語は? ワシが見たこと無いとかオリジナルか? うーむ……既存の言語の法則と製作者の癖を考慮するなれば――よし、こうだな」
ぶつぶつと独り言を言いつつもその手は動き続ける。
「ひっさびさに面白いMMOを見つけたからエミュ鯖でも立ち上げてやろうかと軽く考えていたが、ソース難解すぎだろ……」
そう、その男はオタクであった。元を正せばただのゲーム好きであったが、それが転じてプログラミング言語を覚え、過去さまざまなオンラインゲームのエミュ鯖を建ててしまうぐらいにはその分野に傾倒していた。
そして今回目に付いたのが『神の庭(仮)』と言う名のVRMMOである。
ふざけた名前に興味を持ち、どんなもんかと公式サイトを見てみれば、それはとても面白そうであった。
まず、注目すべきはオリジナルスキルシステムだ。
これはキャラクター作成時に好きな漢字四文字と、その四字が意味するスキルの概要を入力すれば、ゲーム内でその名前にちなんだ権能がもらえる。そして、その四文字は早い者勝ちで被りはない。つまりユーザーの数だけオリジナルスキルが存在する。
既存の四字熟語よりも、自身で決めた四字の方が権能としての性能が高いと言う噂が広まることで『天下無双』等、既存の四字熟語で明らかにぶっ壊れの性能が予想されるものへのヘイトは鳴りを潜めた。
そして、次に目を引いたのがユニークウェポンシステムである。
これもキャラクター作成時にそのキャラクターがどのような武器なのか自分自身で決めるシステムであった。
当然ながらこちらのシステムは被るのが前提として考えられており、早い者勝ちというわけでは無い。
その次が技能樹システムである。
これは数多ある初期技能を選び、育てていくシステムで、その成長にはモンスターを討伐する事で得られる<魂>を栄養とする。
そして、その技能樹の取得数に上限は無いが、幼木が優先的に栄養を吸収する仕様と、あまりにも薄すぎる栄養だと成長の糧にはならないと言う仕様の関係で、初期から技能樹を複数取得するのは悪手とされた。
余談だが『火炎系』の技能樹を取得したとしよう。このスキルは文字通り火を操るスキルであるから、基本的に火の玉を飛ばしたりして使う魔術師系統のスキルと思われがちである。しかし、剣士がこのスキルツリーを取得した場合は剣に火を纏わせて焼切るといった効果になる。
つまり自身が選んだ武器とスキルツリーシステムで、プレイヤーが望むがままの戦闘スタイルを選ぶことができるのだ。
最後に、この世界にはレベルという概念が無い。
プレイヤーは『神に造られた武器が擬人化した存在』と言う設定なので、強くなるためにはモンスターの素材や鉱石等で本体を鍛えなければならない。
男はこの目新しい要素に惹かれ、βテストに参加し、結果ド嵌りして「せっかくだから本稼働前にエミュ鯖を建ててこのゲームを遊びつくしてやろう」と訳の分からない思考に行き着いたのである。
「なるほど、やはりあの部分はこういうことか……となると後は簡単だな、これをこうして……よし、完成!」
その声と共に『本稼働前にエミュ鯖も稼働する』という恐らくは前代未聞の事態が確定したのであった。
「さて、折角のエミュ鯖だし、ワシ自身とは性別も含めて真逆の外見でも作るかね」
このゲームでは本来ならキャラと現実の性別と変えられない代わりに、髪型から体格に至るまで、あらゆる要素を自身の好みに変更できる。
男が身長百四十センチのツインテールにすることもできるし、女が身長百八十センチのスキンヘッドにすることだって可能だ。
「……む? 外見設定でちとラグるな…… デバッグモードで見てみるかね……」
男は一度ヘッドギアを外し、パソコンを操作してデバッグモードを起動させたあと、再びヘッドギアを被って電脳世界に飛び込んだ。
「さて、ラグの原因は、と…… ふむ…… 非有効化されてた項目が悪さしておるみたいだな。ならば、パパッと解除して……って、なんだと!?」
男は狂喜した、あの有能な運営を感謝せねばなるまいと。
「キャラクターの種族変更が出来るようになってる…… なら月並みではあるが、ケモ娘以外の外見はナイな!」
繰り返すようだが、男はオタクである。
六十年もケモナーを拗らせた結果がこの有り様であった。
TERAではエリーンを全職カンストさせて、お空で団長をやってた頃はスカーサハが追加された時に『御理解』している。
閑話休題
「おお…… 懐かしのエリーンが作れる…… あ、涙出てきた…… ぺたんこのままだとワシのドストライクでは無いから盛りに盛って、と。……嗚呼、良い。『YESロリータ、NOタッチ』が、しかし。『美少女だけど、自分自身だから揉んでもいいよね?』」
…………拗らせた男の業は深い。
「<お空>で言うところのハーヴィンの身体にドラフの胸とエルーンの耳とか最強過ぎて怖い…… ま、一先ず外見は完成だな」
そんなこんなで男は外見の設定を終えて、オリジナルスキルの作成に取り掛かる。
「これは元々決まっておったし、ちゃちゃっと済ませようかね。【管理権限】っと、効果は『GMコマンドを使用出来る』じゃな」
サクッとオリジナルスキルを決めて、次段階に移る。
「ま、これもほぼ決めておったのだがな……『スコップ』っと。さて、最後に技能樹だが、受動系技能樹が無難かね。初っぱなから【/add skill】とか仕様の関係で技能樹が成長しなさそうだし…… さて、名前を付ければキャラメイクも晴れて終了だな。名前は『スミルコ・パミルナー』っと、よし完成だ!」
キャラ作成が終わり、男(外見は胸部にスイカを装備したケモミミ童女)は満足気な表情をしていた。
「さて、善は急げだ…… ワシを魅了してくれたこの世界を蹂躙しに行くかな」
こうしてスミルコ・パミルナーは世界の管理者として、神の創りし箱庭に誕生した。
神の気付かぬ内に…………
桜並木と木造の平屋が建ち並ぶ、江戸時代の街並みを彷彿させる都市<器人街>。
その街の大通りを童女が歩いている。御自慢の耳と尻尾を揺らし威風堂々と……
「何度見ても素晴らしい街並みじゃの…… 始まりの街と言う関係上、ここを拠点にして活動出来ぬのが本当に残念じゃ…… ま、考えても仕方ないの。取り敢えず技能樹の成長をせねばな」
童女はそう呟き、歩みを進める。
その足取りは心なしか先程よりも緩慢なものであった。
一週間後、<器人墳墓>最奥――【宿り木の墓標】
「碧霞! モーション見たな!? 範囲攻撃来るぞ!」
「みたよー! ダイジョーブ! へっきーはいつでも跳べます!」
「よし! カウントに合わせるのじゃぞ! ……3……2……1……今じゃ!」
その声と共に空色の大狼は、地を蹴り天を駆ける。
空駆る大狼に迫る金色の輝き。金色は大狼に跨がると空色の毛並みをくしくしと撫でた。
「よく覚えておったのぅ! 偉いぞ碧霞!」
「爺様! へっきーはゆーしゅーなメイドロボなんだからね! 物覚えはイイほうなんだよ!」
「おお、そう言えばそうじゃったの。如何せん最近はこっちに居る方が長かったからペットの認識になっておったわ」
「ヒドイ!? 爺様と遊べるのは良いんだけど、姿がオオカミさんなのは未だに納得できないよー……」
「仕方ないじゃろ。AIはプレイヤーの認証が通らないのじゃから…… テイムモンスターの思考にAI被せるのも結構苦労したのじゃぞ?」
「むむむ……」
「何が『むむむ……』じゃ。ほれ、範囲攻撃も終わるでな。終わらせるぞ」
のんきな会話をしているが、この二人(?)は絶賛戦闘中である。
対峙するは純白の大樹、墓地というダンジョンには不釣り合いなほど神聖な雰囲気を纏ったそれは、数多の硝子状の武器を地面から出現させ、本来であれば地上に居る生物を尽く串刺しにする技能を放っていた。
しかし二人は空中へと逃げている。その攻撃は空振りとなるが、大樹は生えてきた武器を枝で握ると、空から降りてくる二人に斬りかかった。
パミルナーは迫り来る武器を、手にしたスコップで弾き大樹へと肉薄する。
「爺様! 今さらかもしれないけど、焼いちゃえばよかったんじゃない!?」
「生木がそう簡単に燃えるわけ無かろう……」
「ゲームですしおすし」
「ラスダンのボスっぽい敵が魔法抵抗が低い訳無いと思うがの……」
「そもそも魔法抵抗ってなんなんですかね? バーナーの火と魔法の火の違いって……」
「ガスが燃料か魔力が燃料かの違いじゃろ…… さて、ぐだぐだするのもここまでじゃ」
近付くにつれ過密になる攻撃を、会話のついでにいなしていたパミルナーは、大狼の背に立つと大樹に向かって跳躍した。
「トドメなのじゃ! <反・空間割断>!」
パミルナーは技能名を叫ぶと共に、大樹に対して武器を振り下ろした。
武器は抵抗無く大樹を通り抜ける。それの通り抜けた跡は何の異常も見られない。
だが変化は直ぐに訪れた。
通り抜けたその部分がぶれた。否、増えた。
増えて増えて増えて増えて増えて……数えきれぬ程重なった空間が崩壊する。
崩壊した空間は時を待たずして、全てを飲み込む黒となった。
そう、ブラックホールだ。
パミルナーに敵対したモノが黒い渦に尽く吸い込まれて行く。
地から生える数多の武器。蠢く名伏し難い純白の枝。それらの大元である巨大な幹。その全てを巻き込んでいた渦は数秒で霧散した。
消失から免れた大樹だったものは、その重さに従って轟音と共に地に横たわった。
舞い上がった土煙が晴れると、そこには巨大な剣スコを担いだ少女と空色の大狼、そして少女の倍近い長さの大剣が地面に突き刺さっていた。
「あー、器だっる……」
「口調」
「あー、器がダルいのぅ……」
「言い直しちゃうんだねー」
「そう言うなら指摘しないでほしいのじゃが……」
「まぁまぁ…… ところで、ラスボスっぽいの倒しましたけどエンディングとか無いんですねー」
「MMOのエンディングはサービス終了の時じゃからのう」
「それはそれとして、なんかでっかくてキレイな剣が落ちましたねー」
「ラスボス級の武器ならステも結構期待出来そうじゃの…… さて、気になる性能じゃが……」
【神依大剣】
斬撃値―――三九〇〇
刺突値―――二二〇〇
打撃値―――六〇〇
能動技―――万種彩る玻璃の華
受動技―――玲瓏に揺蕩う風の唄
特殊技―――尊き大樹と黄昏の途
神秘技―――心身神食
「クワッドウェポン!? そも、神秘技ってのも初めて見たんじゃが…… スキル名が不穏すぎやせんかの……」
「爺様どしたのー?」
「簡潔に言うと『この剣ヤバそう』じゃな」
「もすこしくわしくー?」
「破格の基本性能に四種のスキルが付いた既存の武器を完全に過去のものにする強さを秘めた剣。但し、ちょっと罠くさい」
パミルナーはそう言うと、おもむろに大剣に手を伸ばした。
手が大剣に触れたその刹那、脳裏に声が響いた。
<汝、力が欲しいか……?>
「む……? 何ぞベタな展開じゃの」
<力が欲しいのならばくれてやる……>
「や、ワシ何も言っとらんのじゃが……」
<だが、対価は払ってもらおう……>
「聞けよ」
<その器、我が貰い受ける>
「あ? ワシの最高傑作を見ず知らずの誰ぞにくれてやるかよ!」
<もう遅い、器の自由は我のものになった。その内も直ぐに我のものよ>
「おお、マジに動かんのぅ…… だが、甘いわ。外法には外法を――『/lostweaponskill No.4』」
<なっ!? 何故貴様が理を操作出来る!?>
「ま、強いて言うなればワシの世界じゃからじゃな」
<馬鹿な!? ここは……この世界は、あいつが作ったは……>
「……ふむ、消えたのぅ。完全に仕様外の罠じゃったが、あれ本鯖にも有ったりするじゃろか……?」
「爺様? ずっと独り言喋ってるけどどしたん? 平気? 頭とか」
「お前さんの頭を弄ってしっかり教育し直した方が良いかの?」
「あわわ!? ごめんごめんごめんなさいー!? リセットはらめぇ!!!」
「そこはかとなく反省の色が見えんが、まぁ良い。取り敢えずその大剣はお前さんが持っておれ」
「え? いいのです? 爺様の強化に使わないのです?」
「ま、思うところがあっての…… よし『ちと本鯖いってくる』。碧霞はその剣を使いこなせるように練習しておれ」
「はーい、わかりましたー」
この大剣を手に入れた事が後に事態をややこしくさせるのだが、それを二人が知るのはまだ先の話であった。
『lostweaponskill No.4』
【分類】GMコマンド
【詳細】対象武器の四番目のスキルを消失させる