幕間から始まる物語
数多の武器が眠る地で怒号と剣劇の飛び交う音が鳴り響く。
其処は神に造られた武器達の寝所、いや墓地だ。
名を<器人墳墓>
この世界のあらゆる場所から、どのような人物でも入る事の出来る、第一にして最難度のダンジョンである。
今そこには数人の武装した人間達と、空色の毛並みを持つ四メートル程の大狼が相対していた。
「囲め! 剣を使うといっても動きは獣のそれだ! 逃げ場を無くして機動力を割く事を意識しろ!」
男は手にする大盾で大狼の剣を弾きながら周囲の人間に指示を飛ばす。
対する大狼は体長の半分はある大剣を咥え斬撃を放っている。
その斬撃は素人が剣を振り回す様とは異なり、ある種の型を模す技術の伴った剣術であった。
戦いが始まった当初は、その技に戸惑い連携の取れてなかった人間達も大盾の男の防御と指示によって落ち着きを取り戻し、連携も取れるようになってきた。
次第に大狼を囲む様に位置取りを調整してくる人間達に対して、大狼は鬱陶しそうに意識を向けて蹴散らそうと脚に力を入込める。
しかし、大盾の男はその動きを見逃さない。
「オラァ! てめぇの相手は俺だ! 【迎敵金剛】!」
大盾の男が叫ぶとその身体が赤い輝きを放つ。
周囲の人間に飛びかかろうとしていた大狼は、脚に溜めた力を抜き再び大盾の男と対峙する。
狙い通り一人と一匹が再び盾と剣を撃ち据える中、他の人間達は大狼の包囲網を完成させた。
「これで自慢の機動力は活かせねぇ、俺達が墓標を頂いて帰るまで大人しくしてるってんなら命は取らねぇよ。なぁに、墓標も全部持ってく訳じゃねぇ、一人一個てところだ。悪い取引じゃねぇだろ?」
油断なく大盾を構えつつも男は大狼に話し掛ける。まるで言葉が通じると分かっているかのように。
大狼はその言葉を聞くとつまらなさそうに鼻を鳴らした。そして再び四肢に力を入れると大きく跳躍し空を駆ける。
「獣が空を飛ぶかよ……。だが、読んでたぜ」
大盾の男は天駆ける大狼を見て、先程までの荒々しさを静めつつ言った。
「撃て」
大盾の男の言葉に応じるように、光の矢が遥か彼方から大狼目掛けて飛翔する。
しかし、矢がいくら高速で迫ってくるとは言えども、長距離から放たれた物である。空を駆け回る大狼は難なくそれを回避した。
「流石に簡単に当たるとは思ってねぇよ。だからその矢は当たるまでてめぇを追い続ける効果を付与してある」
大狼を通りすぎた矢はその軌道を強引に曲げて、再び大狼へと迫り行く。
刹那、空で光が弾けた。
その光は大狼が光の矢を大剣で打ち払った際に生じたもの。
空には無傷で人間を見下ろす獣の姿が在った。
「それも想定内だ!」
大盾の男はニヤリと笑みを浮かべて叫ぶ。
突如大狼の口から大剣が滑り落ちた。轟音を立てて地に突き刺さる大剣。やがて、大狼にも変化が生じる。
「固有技能【武装葬送】だ。俺の【迎敵金剛】と違い一日一度きりの権能だが、その効果は攻撃が命中した敵の武装を解除する。そしてその効果は支援技能も含まれる!」
大盾の男が言い終わると同時に大狼は地に引かれ墜ちて行く。
遠吠えが墳墓に響き渡り、その巨躯を地に打ち付けた。
「【武装葬送】はあくまでも武装解除をするだけで、肉体が本来持つ力はそのままだ。その爪や牙は俺達の命を脅かすのに何ら不足は無い。だがお前は墜落するだなんて初めての経験の筈だ、受け身も取れなかっただろ? 最早その身体で俺達と戦う事なんで出来ないさ。だから、恨め。 作戦を立てたこの俺と、忠告を聞かなかったてめぇの愚かさをな!」
大盾の男の言葉に続くように大狼を囲んだ人間達が一斉に斬りかかった。
大狼は振り払おうと身体を捩るが、その動きは鈍い。
何より多勢に無勢、次第に空色の体毛に赤いものが目立ち始めた。
「後は削りきるだけの簡単なお仕事ってな、獣……いや【墓守】、てめぇの御役目も間も無く終了だ」
大盾の男は先程迄とは異なり、大狼に対してある種の敬意を払うように言葉を紡ぐ。
「てめぇが理解してるかは知らねぇが、器人墳墓にある武器達はむこうにいっちまった器人達の形見みてぇなもんだ。ここで眠らせておくよりも、ひとつになりたいって思う奴らも居るってことだ」
憂いた表情を浮かべていた男は、表情を引き締め直し言う。
「仮にてめぇが【墓守】として残ったのなら、俺が使ってやるよ。だから、安心して逝きな―――打撃系技能樹第七階悌<波砕>!」
大盾の男が技の名前を叫ぶ。すると、その手に持った大盾が銀光を纏い始めた。大盾が眩いばかりの光を帯びたところで、男は大盾を片手で持ち腰を落とし半身になり構えを取る。眩き銀光が次第に収縮していき、纏っていた全ての光が大盾に吸収された瞬間、その突きは放たれた。
―――打撃系技能樹第七階悌<波砕>
骨折系状態異常に掛かっている敵に対して、固定ダメージを与える。
対人技能 技能冷却三〇〇〇秒
技能の説明はこれだけである。
この世界では敵の体力を知る術が無い故に、この技能が使えるのか否か、結論は保留とされていた。
しかし、長い検証期間を経て明かされた効果は驚異的なものであった。
『相手の残り体力が半分以上の場合、最大体力の四分の一の固定ダメージ。そして、相手の残り体力が半分未満の場合、最大体力の十分の一の固定ダメージ。この技能はあらゆるダメージ減算及び除算効果を無視する。但し技能の発動は技能宣言後の初撃にて骨折患部に打撃が命中した場合に限る』
要約すると『○○までのダメージを軽減する効果も○○%のダメージをカットする効果も無視して決められたダメージを与えますよ、当たればね』である。
ロマン砲であった。
そんな技能が、墜落して動きに精細を欠いた血塗れの大狼を襲った―――かに見えた。
「悪いがソレは見逃せんのぅ」
今まさに大狼を打ち砕かんとしていた大盾は、何かに阻まれていた。
槍の様な見た目だが、矛にあたる部分は大剣の剣先の様に幅広かつ肉厚であり、石突きに関しては柄の部分を頂点にして肉抜きされた三角形、その底辺部分は握れるように丸みを帯びている。
つまりは――
「でけぇスコップだな、オイ。つーか、どういう腕力してやがる……」
大盾を止めた巨大なスコップは伸ばした華奢な腕に持たれていた。
体格もその細腕に相応しいもので、一二〇メートル程の身長の美少女だ。
そう、美少女だ。
膝裏にまで届く長い金髪をツインテールにしており、深い碧色の瞳は大きく、つり上がった目尻と見事な調和を保たれている。
何より特徴的なのは少女然とした顔には不釣り合いなほど豊満な身体が、飾り気の無い実用的なツナギに収まっていた。
一見幼い少女に見えるが蠱惑的な肉体に老練な言葉遣いが背徳感を増している。
「ま、強いて言うなら……『お前さんとは桁が違う』のぅ」
ニヤリと、誰もが一瞬言葉を無くしてしまうような笑みを浮かべて少女は言う。
「てめぇ、何者だ……」
「異な事を、どう見ても器人と契約した獣人「違う」…………何?」
「俺の勘が言ってる。てめぇは俺らの同郷、この世界を現実にさせられた人間だってな」
「器人の外見がヒューマンベースなのは周知の事実じゃなかったかのぅ?」
「そうなんだがな、実は以前から気になってた事がこの勘を裏付けする可能性があんだよ」
「ほぅ……」
「キャラメイクの時『オプション』ってタブがあったんだが、その内容は男の場合刺青と髭だけで女の場合は髭がネイルに変わっただけなんだよ」
「それが?」
「あまりにも少なすぎる。髪型、顔、身体、いじれる箇所のタブはオプションを除けばこの三つだった。だが、その内容はとんでもない量なんだわ。色、骨格、肉付き、各パーツの位置、それ以外にも山ほど有る。そりゃそうだ、世界の設定的に器人は物だ。五感は有るが痛覚は無いし、便所も行かねぇ。傷は出来るし、髪も切れるが、簡単に直る。何でか汗はかくし、子供も作れるみてぇだが、ヤったら出来るってモンでもねぇらしい」
「……明け透けと美少女に向かって話す事がそれかのぅ?」
「うるせぇよ……話が逸れたが、物として成長も変化もしない外見をあれだけ事細かにいじれんのに、『オプション』だけは何であんなにも雑だったのか? その答えは恐らく日本でのゲームとしての名残だ。βテストの最終日に飛ばされた俺達は、日本でこの世界が本稼働してるかどうかなんて分からんが、仮にただのゲームとしてリリースされていたら予想出来る事が一つある。キャラメイク時にベース種族も変更出来るようになってるんじゃないか、ベース種族を変更した場合『オプション』のタブの所に種族の特徴をいじれる項目が増えるんじゃないかってな」
「お前さん……粗野な見た目や喋り方とは裏腹に中々目敏いのぅ……」
「誉め言葉として受け取っとくぜ。でだ、ここでもう二つ仮説が生まれる。てめぇの外見は本稼働後にキャラメイクされたものか、もしくは……βテストのキャラメイクの時に有効化されてなかったベース種族を何らかの方法で表示させてキャラメイクしたものか、だ」
「…………時間稼ぎはこれで終わりかのぅ?」
「……ッチ! ああ、済んだよ。答え合わせをしてくれる気もねぇみてぇだしな。……名前ぐらいは教えてくれんのか?」
少女は溜め息と共に『やれやれ……』と言わんばかりに首を振るが、大盾の男に視線を戻し澄んだ声で名を名乗る。
「男なら紳士として先に名乗るべきじゃろうに…………まぁ、いい。儂は『スミルコ・パミルナー』。なぁに、ただの【墓荒し】じゃよ」
「うっせぇな……これはこれは紳士的な対応、誠に痛み入る。我が名は『インリョウス』。【攻性防壁】としての役目を果たさせて頂く」
「……お前さん『清涼飲料酢』じゃろ、しれっとネタ名を隠すのはどうかと思うがのぅ……」
「何で知ってんだよ!? 時間稼ぎとか止めだ! とっちめて、ぜってぇ聞き出してやる……!」
「エロ同人みたいに?」
「やかましいわ!!!」
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静寂の戻った<器人墳墓>には新たな墓標が加わっていた。
刀、杖、斧槍、弓、大盾、等々……
それらの中心に一人と一匹は居た。
「配置した儂が言うのも何じゃが、こっぴどくやられたのぅ……」
「油断した? まぁ、確かに初見殺し的なものじゃったが……」
「いや、よい。二度も同じポカはせんじゃろ?」
「その意気じゃ。しかし、<器人墳墓>を攻略しに来るとは……最前線はそんなに詰んだ状況じゃったかの?」
「ああ、すまぬ。御主に問い掛けたつもりでは無かったんじゃが……なぬ? 真か? ふむ……現状だと儂が出るしかあるまいな」
「は? マジで言っておるのか? いや、出来ぬことでは無いのじゃが……うーむ…………ま、良いじゃろ。但し、いざと言うときは替わるからの?」
「分かった、分かったから落ち着くんじゃ……」
「―――貴様の思惑通りにはさせんよ……」
少女は墳墓の最奥に目を向けて独りごちた。
誤字などありましたら教えてくださいませ