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 終業式の後、高橋珠杏に呼び止められたので、何事かと思った。

 彼女は元々春紀を好きで、わたしに協力して欲しいと頼んできた事があった。他の子にするのと同じように、春紀の好みや知りたいことを教えてあげると「わたしと、千賀君がうまくいくわけないって思っているでしょ」と怒っているわけでもなく(怒られる筋合いもないけど)言った。

 質問にもちゃんと答えてあげているし、春紀を呼び出したいなら手紙でもなんでも渡してあげると協力姿勢で接しているのに、どうしてそんな発言をするのか。ネガティブなのかポジティブなのか、よくわからない子だなという印象だった。(千冬とも知り合いで、千冬の感想は「カオスな人」だった。)

 その後どういうわけか春紀の友達の青葉武司と付き合い初めて、三人でよく連んでいた。春紀に近づくために青葉武司と付き合っているとかいう噂を聞いたことがある。

 わたしは自分が噂をたてられやすい質だから、そういうのは信じないけど、彼女は前から恋愛関係が派手で、女友達の少ないタイプだったから、特にそういった悪意ある噂が広まりやすいのだろうと思っていた。


「千賀さんって、千賀君が渡さんを好きなこと知ってるんでしょう?」

「知ってたら何?」


 知っているのにどうしてわたしに協力したの、とか今更責めに来たのだろうか。聞かれたことに答えただけだし、本当に春紀に千冬以外の彼女ができることを望んできたから、普通に応援したまでだ。 


「あたし、千賀君と渡さんがうまくいかないのって、千賀さんがいるからだと思うの」


 高橋珠杏は、悪意とか敵意とかじゃなく、公平に厳選した結果を発表するみたいに言った。

 ここのところ、わたしが春紀の悪口ばかり言うせいで、千冬が春紀を好きだと言いだしにくくなっているのではないか、という懸念が頭を離れなかったから、すぐに否定できなかった。


「千賀君のこと好きな女の子って、大概、千賀さんとの仲を疑うけど、それっていわいるヒロインポジションじゃない?」

「は?」


 わたしが春紀を邪険にすることに対する警告ではないらしい。ヒロインポジションとは何なのか。斜め上から過ぎて、思考が追いつかない。


「地味女子と王子様の格差恋愛の萌えポイントは、他のライバル女子に意地悪され、馬鹿にされ、妨害されようとも、いざというときに王子様がやって来て、守ってくれるところなのよ。どんな女より、君がいいよと言って、他の女共の鼻を明かしてくれるところなわけ」


 何の話をしているのか。大丈夫なのか。カオスな人、と千冬の言っていた言葉が骨身に染みてわかってきた。


「でも実際は、みんなが、千賀君は、千賀さんが好きだって思ってて、羨望のまなざしや嫉妬の渦は、千賀さんにあるわけよ」

 

 要領を得ない話の上、千賀千賀でややこしい。


「まどかでいいから」


 わたしが言うと「そう?」と言って「じゃあ」と続けた。


「つまり、千賀君はまどかを好きで、みんながそれを妬み嫉みに思っているの」

「あのね、他の女子は知らないけど、千冬は絶対にそんなこと思ってないよ。実際違うしね」

「そこが問題なの!」


 高橋珠杏が興奮して言うので、なんだか怖くて黙った。


「千賀君がはっきりしないから、渡さんは、千賀君は本当はわたしのことを好きなのよ、とは言えないし、周りは、千賀君とまどかが、お似合いで羨ましいとか言ってくるし、フラストレーションが溜まるわけ。自分は蚊帳の外で、ヒロインの旨みがゼロなんだから。その上、月に一回こっそり会って秘密の彼女みたいな扱いされたら、もういいよってなるでしょうよ」


 言っていることは、わからないことはないけれど、千冬がそんなことを考えているとは思えない。


「思ってなくても、感じるからにはストレスはかかるのよ。そういうものなの」


 彼女は一体何者なのだ。しかし、妙な説得力があるから恐ろしい。


「でも、それってわたしがいるから上手くいかないんじゃなく、春紀のせいなんじゃないの? その理屈なら、春紀が、千冬に好きで好きでしかたないですって言えばいいだけでしょ」

「それを頑なに拒否するから厄介なんじゃない。シンデレラの王子様がガラスの靴を持って‘裸足で逃げ出すくらい嫌われてる。もう無理。もう諦める’って言っているのと同じなのに、本人全然わかってない。なんなのあれ? どういう性格?」


 高橋珠杏は本当に残念な感じでいった。上手いこと言うなと思ったけれど、自分の従姉弟だと笑えない。


「さあね。わたし、春紀の面倒はみないことに決めてるから」

「そう。でも、あたしは、応援してるわよ。だから、渡さんをちゃんとヒロインポジションにするつもり」

「何する気?」


 春紀のことはどうでもいいけど、千冬に変なことをする気なら止めないと、千冬は人がいいから、断れなくなると困る。


「今度、物理同好会で遊園地に行くことになったから、そこでみんなに付き合っていることを言って、羨ましがらせるっていう作戦」

「は? わけわかんない。千冬を巻き込むのは止めてよ」


 春紀と同じくらい意味不明だ。同病相憐れむってこのことだろう。


「だから、まどかには同好会の集まりには、参加しないでねって言いに来たの。折角の作戦が台無しになるから」


 だったら最初から言いに来なければいいのに。春紀が、怪しげな同好会に入っていることは知っていたけれど、わたしがそれに参加するわけがない。千冬と春紀の家に行くのに、春紀が確実にいない日を知るために、同好会の日程をこっそり聞いたことがあった。それを懸念したのだろうか。


「あのね、二人のことは二人に任せなよ。周りがどうこうすべきじゃないでしょ。大体、付き合ってるとか、勝手に言うのってどうなの?」

「任せてたら、進展しないよ。付き合ってるのは本当なんだし、いいじゃない」

「は?」


 そんなこと、聞いていない。




 夏休みに入って、千冬と久々にお茶をすることになった。

 メールをしたら、いつでもいいと言うから、じゃあ明日で、とすぐに決まった。

 世間では平日だからか、そんなに混んでいなかった。サロンの方で、順番を待っていると、千冬もすぐに来て、席に通された。

 千冬はいつも通り、ホワイトマカダミアチーズケーキとアイスコーヒーを、わたしはマンゴータルトとアイスティーを頼んだ。千冬はこのケーキが本当に好きで、毎日でも食べたいと言う。結構単調な味で、物凄く甘い。一つ食べると胸やけを起こす。千冬は、大食いな方ではないのに、甘い物だけはいくらでも平気だった。

 高橋珠杏が言っていた、千冬と春紀が付き合っているのは本当なのだろうか。凄く聞きたかったけど、言い出せないでいた。責めたい気持ちと申し訳ない気持ちがぐるぐる胸を締め付けて、身動きできなくさせていた。高橋珠杏の言うことは話半分に聞いておいた方がいい気がするし、もし、本当だったら、千冬がそのことを言わなかったのは、わたしのせいだ。千冬は、自分の彼氏を貶しまくるわたしを疎ましく思っているのじゃないか、もう嫌われてしまったのではないかと心配になった。


「まどかって好きな人いないの?」


 ケーキを待っている間、急に言い出すので驚いた。わたしがあまりにびっくりするから、千冬は「え? なんでなんで?」と不思議な顔で尋ねた。


「いや、急に言うから」

「急に言わないと、永遠にそんな話にならないじゃない」


 千冬は、恋愛に興味がないのだと思っていた。彼氏が欲しいとか言ったことはなかったし、アイドルや俳優にキャーキャー騒ぐことはあっても、長く続かなかった。だけど、言わないから違うというのは、何の根拠にもならない。春紀が千冬を好きなことにだって、全然気付かなかったのだから、それと同じことが千冬にあったって不思議じゃない。


「ちぃこそ、いるんじゃないの? だから、そんな話を急にしだしたんでしょ」

「いや、好きな人募集中なの」

「なにそれ」


 春紀と付き合っているんじゃないのかな。やっぱり高橋珠杏の思い込みなのだろうか。好きな人が欲しい。つまり、好きな人はいない。じゃあ、付き合ってるなら、好きではないのに付き合っているということになる。千冬なら、春紀に強引に言われれば、断れなさそうだ。ありえそうで、怖い。


「そういや、高橋さんと遊園地どうだった?」

「え? なんで知ってるの? 高橋さんから聞いた? 仲良かったっけ?」

「全く仲良くないよ。高橋さんが勝手に言いに来ただけ」

「まどかも、遊園地に来るように?」

「わたしに、来るなって言いに来たのよ」

「え? わざわざ?」


 千冬をヒロインポジションにするために、わたしを牽制しに来たと言ったら、千冬はわたしに春紀とのことを話してくれるだろうか。なんだか追い込むみたいで嫌だ。千冬にも千冬の事情があるのだろう。もし、本当に春紀とのことを隠したいなら、月に一度会ってる事自体、教えてくれなかったはずだ。


「ちぃと、仲良くなりたかったんでしょ」

「いや。そんな感じじゃなかったよ」

「じゃあ、どんな感じだった? 何かあったの?」


 あまり踏み込むべきではないのかもしれないけれど、どうにも抑えられない。


「いろいろ、ありまくりだよ。哀しい気分になった」

「悲しい? 春紀も行ってたんでしょう? 何かされたの?」


 やっぱり、あんなろくでもない計画は止めるべきだったのかもしれない。わたしは、千冬がわたしに秘密にしていることばかり気にしているけれど、春紀のことを千冬に隠しているのも、友達としてどうなのだろうと思った。わたしが、春紀のことを話せば、高橋珠杏の言うように、千冬も春紀の彼女ということを堂々と名乗れたりするんじゃないか。


「いや。ハル君は、凄くまともで、いい人だったよ。かなしいって、哀れの方ね。哀愁の方。ものの哀れの方。わたし、いろいろ悔い改めないと駄目だ。従姉弟のまどかに言うのもなんだけど、わたしハル君のこと、あまり好きじゃなかったのよ。昔から、ずっとあんまり、感じ良くなかったし」


 そりゃそうだろう。千冬が悔い改めることなんて、何もない。嫌いで当然だ。

 やっぱりわたしが血縁者であるから、言えないのか。わたしに春紀のことを悪く言うのは、例えば、わたしが千冬のおじさんを悪く言うことに等しいという認識なのだろうか。はっきり言って全然違う。わたしだって、父親を自分で悪く言っても、人には言われたくはない。でも、春紀はそんなんじゃない。


「わたしもそうだから、別にいいよ。それで、春紀がいい人だから、好きになっちゃったの? だから切ないってこと?」


 もう、ずばっと本心を言ってくれればいい。そしたらわたしだって、春紀のことを言える。千冬が春紀を好きじゃないと思ってきたから、春紀の気持ちを暴露しなかっただけだ。好きだというなら、両思いだと教えてあげる。


「いや、逆。わたし、ハル君のしょうがないところが、好きだったんだなと、色々考えてわかったんだよ。なんかこう、ダメな子ほど可愛い的な。だから、わたしの好きなハル君は、いなくなってしまって、哀しいのよ。うら悲しい。だから、好きな人が欲しいなと。そう思ったの」


 ずっと嫌いで、好きだった。間がない。抜け落ちている。気付かず好きで、気付いたら嫌いだった。

 そんなことあるかな。気付かなかったけど好きか、好きだと思っていたけれどとっくに冷めていた、のどっちかだろう。スタートからゴールまで瞬間移動みたいなことはない。

 好きなことを認めたくないみたいな気がする。なかったことにしたい感じがする。だって、春紀は今でもずっとしょうもないままだ。


「なんか、ちぃも意外に屈折してるね」


 千冬は、真面目な顔をしていた。笑っていないときの千冬は、怒られた後の子供みたいに見える。今しゃべったら、泣いてしまうのじゃないかなと思うときの顔だ。笑顔が通常運転すぎて、そうじゃないと不安になる。別に、千冬が認めたくないなら、それでいいと思った。


「ねぇ、まどかって実はハル君を好きなんじゃないの?」

「ないでしょ。なんで?」

「ごめん。わたしも屈折してる、とか言うから、まどかもそうなのかなって思ったの」


 屈折しているのは春紀のことだ。千冬はわたしが、春紀の気持ちを分かっていると知らないから、そうなるのか。千冬は、春紀が自分を好きだとは感じていないだろうなと思う。

 高橋珠杏も、春紀が好きだと告げないことに苛々していた。

 だから、二人が付き合っているとか、信じられない。春紀がしつこく迫って、千冬が折れたとかならわかるけれど、そうでないなら、なんなんだろう。やっぱり現在進行形の好きがあったということなのだろうか。「嫌い」と「好きだった」の間の時間は存在して、千冬から告白した。いくらなんでも、それはないだろう。


「じゃあ、春紀がダメな子のままなら、春紀を好きなわけ?」

「いや、わたしダメな子とは言ってないよ」

「まぁ、それはどうでもいいから、しょうもない奴だっけ?」

「しょうがない人」

「うん、それだったら?」

「多分、何も気付かず嫌いなままだったと思うよ」


 千冬は一瞬だったけど、全ての回路が急停止したように無表情になった。でもすぐ笑って言った。余計な事を聞いた。いずれにせよ、二人は思いが通じ合って付き合っているわけではない。

 高橋珠杏がどう言おうと関係なかった。

 春紀を嫌いで、好きだった。今は好きな人が欲しい。千冬がそう言っているんだから、詮索するのは、ただの好奇心だ。


「お待たせしました」


 ケーキセットがテーブルに運ばれてきた。

 千冬が目に見えて元気になった。ホワイトマカダミアチーズケーキは、きっと誰にも勝てない。


「じゃあ、千秋君とかどう?」


 千冬は、ケーキのセロファンを慎重に剥がしている。意気揚々で万事順調な笑顔だ。半分冗談だったけど、千秋君はいいと思う。


「あの人、超いい人じゃない? こないだ町で変な男に絡まれた時、偶然助けてくれたのよ」

「何それ、大丈夫だったの? ナンパ?」

「うん。千秋君が、追い払ってくれたの。格好良かったんだから」

「まどかが、男の子褒めるなんて珍しい」


 千冬が、物凄く驚くので、解せない。別にわたしは男嫌いではないから、普通に褒めたりすると思う。


「そんなことないよ。褒めるような相手がいなかっただけ」

「じゃあ、まどかが、行けばいいじゃん。仲とりもつよ?」

「いや、そういうんじゃないから。ちぃの旦那くんでしょ。好きな人欲しいなら、近くにいるじゃないと思ったの」


 薔薇型に盛り付られたマンゴーにフォークを入れると、不格好に崩れてしまった。「汚ないけど」と一口千冬のお皿に載せる。千冬も自分の大切なケーキをくれようとするので、遠慮する。遠慮というと語弊がある、わたしはそのケーキがあまり好きではないので、もらうのはもったいない。


「千秋君、まどかの写メ見せたとき、美人だ美人だって騒いでたから、チャンスだよ」

「わたしの話聞きなさいよ」


 いきなり千秋君の名前を出したのは、まずかったかもしれない。これでは確かにわたしが千秋君に興味があって、探りをいれた風にとられてもしかたない。


「まぁ、でも千秋君は、友達だからね」


千冬はそう言ったあと、タルトを食べて「マンゴー甘い。美味しい」と付け加えた。


「友達だったら、駄目なの?」

「駄目でしょ。友情に亀裂が生じるよ」


 千冬は、良識であるかのように言った。


「そんなこと言ってたら、彼氏なんてできないよ。好きだから友達なんでしょ?」

「まどかって、意外と肉食なんだね」


 千冬は、友達から恋人はないのか。「あんたは友達じゃないでしょ」と春紀に告げたことが、脳裏に浮かんだ。じゃあやっぱり春紀は「あり」の部類なのか。よかったじゃないの、と魔が差して思った。


「ちぃって、本当に彼氏欲しいの?」

「彼氏ねぇ」


 千冬は大きく息を吐きながらいった。とても面倒くさそうだった。

 それから、いつものように生きててよかったと言わんばかりのご機嫌な様子でケーキを食べ始めた。結局何もわからないままだった。千冬自身も、わかっていないし、決めかねている気がした。ゆらゆらしていて、わたしに何か言うまでのことがないのだろう。

 それでも、別にわたしと千冬は変わらないのでいいかと思う。仮に、千冬が春紀を好きで悩んでいるとしても、時間なんていくらでもある。どうせ春紀はいつまでも千冬を好きなままだから、待たせておけばいい。


「まぁ、相手を選ばないなら彼氏くらいいつでもできるよ」


 結局春紀の思い通りというのは、つまらないけれど。





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