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今年のバーベキュー大会は、いろいろ想定外だった。
「うちは、クッキング部の友達のところへ嫁ぐ予定だから心配いらないそうです」
千冬のおじさんが、急に言うので、春紀は死ぬのじゃないかと思った。本人は否定していたけど、目に見えて青い顔になった。異様すぎて放っておけず、千秋君が単に友達であることを説明した。牽制のために、友達から恋人になるなんて、よくある話だと付け加えたら、自分も友達だと言い張っていたので、危うい。
今まで、千冬に恋愛話が持ち上がったことがなかったので、免疫ができていないのだろうけど、千冬に彼氏ができたらどうなるのだろう。ストーカーとか本当に止めてほしい。話の途中でぶち切れてどこかへ行ってしまったから、告白する気はあるのか、聞けなかった。
春紀がいなくなって、スマホに千冬からの着信があったのに気づいた。掛けなおすけど、出ない。春紀に捕まって、何かされているのではないかと不安になる。まぁ、いくらなんでもそれは考えすぎか。春紀がキレてる状態であることだけは教えておこうとメールする。
春紀なんて、恵まれた人生のはずなのに、どうしてそう無理なところ無理なところへ行こうとするのか、馬鹿だなと思う。
「まどか! 電話したんだよ?」
背後から、声をかけられて立ち上がる。千冬が彩歌ちゃんと一緒にいる。二人は知り合いではないはずなのに、どういう経緯だろう。
「うん。だから、何度も掛け直して、メールもしてるんだけど」
「えー、ごめーん」
千冬はそう言うと、自分のスマホの画面を確認した。春紀ぶち切れメールに気づくはずだけど、こっちと先に合流できたので、もういい。
「彩歌ちゃん、久しぶり!」
彩歌ちゃんは、千冬に、わたしの所へ行くから一緒に行かないか、と誘われたらしい。安定の笑顔で言った。
「こないだ、ストラップ有難う。本当に、貰ってよかったの? 千賀君がせっかく買ったのに」
「全然、全然。本人が、あげるって言ったんだし。使ってくれる人に貰ってもらった方が、わたしも嬉しいし」
何回もお礼を言われると、恐縮してしまう。あれは、善意からの行為ではない。千冬は、わたし達の会話を隣で聞いているけれど、特に踏み込んでくる様子はなく、周囲を気にしている。
「パン作り、どうだったの?」
声を掛けると、千冬はこっちを向いて言った。
「二〇組来てて、めっちゃ盛況」
「へぇ、すごーい」
春紀は無視していい、という意図は伝わっているようだった。
千冬が昼食を食べて、わたしと彩歌ちゃんはデザートを取りに行くことにした。
デザートコーナーには、グラスデザートやスクエアケーキが並べられている。混雑していて、どれを取るか迷いながら順番を待った。
彩歌ちゃんとは、二人でお茶を飲んだり映画を観に行ったりしたけれど、千冬を誘ったことはない。たぶん、誘えば来るし、二人はすぐに仲良くなるだろうなとは思ったけれど、はっきりいってそれが嫌だった。
昔から、千冬は誰とでもすぐに仲良くなる。
学校でも、わたしが自分のクラスで出来た友達と千冬は仲良くなるけれど、千冬のクラスの友達とわたしは仲良くなかった。千冬は物凄く女の子受けするタイプで、わたしは千冬を取られたくないという思いが働いてしまう。
自分が一部の女子に嫌われていて、いろいろ悪口を言われているのも知っているから(こっちもやり返すけど)千冬がそっち側に行ってしまうのではないかと心配になる。友達なのに焼きもちなんて、わたしは異常かもしれないと、母に相談したことがあった。
「女の子同士は、そういうのあるわね。ちぃちゃんは、まどかのこと親友だと思ってくれているわよ」と言われて勝手にほっとしたりしていた。
わたしが男だったら、春紀より酷いことになっていたかもしれない。
わたしは、イチゴのパンナコッタを、彩歌ちゃんは薄い水色のサイダーゼリーにフルーツが入ったグラスデザートを選んだ。千冬が好きそうな生クリームたっぷりのケーキもトレイに載せる。千冬は、ゼリーやムースよりこってりしたスポンジケーキを好む。
彩歌ちゃんが、飲み物を取ってきてくれると言うので、アイスティーと千冬用にアイスコーヒーを頼んだ。彩歌ちゃんが、飲み物コーナーへ行っている間に、焼き菓子を適当にお皿に盛ってトレイに載せた。
テーブルに戻ると、千冬の隣に春紀が座っている。千冬が春紀の方をちらちら見ながら話しかけていて、春紀は肘をついて前を向いたまま高圧的な態度を取っている。実際の力関係は真逆なのだけど、誰も気づかない。千冬もわかっていないだろう。
「ちぃが好きそうなやつあったから、一緒にとってきたよ」
春紀と一瞬目が合った。邪魔者が来たとでも思っているのだろう。無視して、トレイをテーブルに置く。彩歌ちゃんが、後ろから飲み物を運んで来てくれていた。春紀の姿を見て「こないだは、有難うございました」とにこやかに言う。
「あ、いえ」
春紀は、彩歌ちゃんが一緒だとは全く予測していなかったようだ。ちょっと面白い展開になったなと、意地悪く見てしまう。
「飲み物、千賀君の分もとってきましょうか?」
「いい、いい、いい、いい。何も飲まないから」
春紀のために何かしてやることなどないし、むしろ、本人は、それを口実にここから逃げ出したいくらいだろう。彩歌ちゃんを半ば強引に席に座らせた。
「大丈夫なんで」
春紀が、彩歌ちゃんに短く言った。基本的に無表情だから、何を考えているかわからないけれど、クッキーのことを千冬に知られたくないのは確実だ。
「ちぃは、ショートケーキでしょ」
ショートケーキが一つしかないのを気にして、千冬は「これ、貰っていいの? 本当?」と言い、嬉しそうにお皿を手にした。
「千冬ちゃんは、生クリームが好きなんだね。あたしは駄目なんだ」
彩歌ちゃんは、そう言って、春紀にも、何か選ぶように勧める。
「この人、甘い物好きじゃないからいいのよ」
サイダーゼリーを彩歌ちゃんに、パンナコッタを自分の前に置きながらわたしが言うと、彩歌ちゃんが 「えっ、でも、クッキーとかなら」と春紀を見て言うので、笑いそうになった。
「いえ、大丈夫なんで」
春紀の顔が若干赤い。もう早くどこかに退散すればいいのに、そんなに千冬の傍がいいのか。どの道馬鹿だと思う。
「そういえば、ストラップをどうとかって、何かあったの?」
千冬がふいに、そう言った。さっきは、全然気にしていなかったのに、なんで今更その話題を持ち出したのかちょっと違和感があった。春紀がすぐに「バザーで売れ残ってたまどかのビーズのストラップを無理矢理買わされたから、あげただけ」と説明した。
「無理矢理?」
よく言う。どっちがだ。わたしが、睨んで言うと「この話はもういいよ」と春紀が小さく言った。
「二人は仲がいいねぇ」
彩歌ちゃんが、にっこり笑って言った。彩歌ちゃんの平和な発言と、春紀の心情が相反しすぎていて笑えた。わたしと春紀が、微塵も仲良くない事実を知っている千冬は、苦笑いだろうなと思ったけれど、その視線は不思議な物を見るように、春紀に向けられていた。クッキーのことで、何か気づいたのだろうか。いくらなんでも、あのヒントではバレることはないと思うけれど。
結局春紀は、その場から逃げた。始めからそうしておけば火傷しなくて済んだのに、全て自業自得だ。
二時過ぎまで、三人でしゃべって「また今度遊ぼう」と千冬と彩歌ちゃんはメールアドレスを交換した。
「それ? まどかが作ったやつ」
彩歌ちゃんのスマホに付いたストラップを見て、千冬が尋ねた。
「うん。めっちゃうまく出来てるよね。あたしには、無理」
彩歌ちゃんが笑って答えた。いつもの千冬なら「わたしも、無理。まどかは手先が器用なんだよね」とか言うはずなのに、少し笑っただけだった。千冬にはキーホルダーをあげたけど、ストラップはあげていないので(そのときスマホを持っていなかったから)面白くないのだろうか。
「ちぃにも、ストラップ作ってあげるよ」
「もうキーホルダー貰ってるじゃない。充分だよ
」
千冬がいつもの感じに戻って言った。千冬はわたしみたいに焼きもち焼きではないか。大体、ストラップはわたしから直接あげたわけではなく、事実上、春紀からのプレゼントだ。春紀からだから、気にしているわけでもないだろう。
「それは、それ」
でも、気にしてないとも言い切れないことに、今更気づいてしまった。
「春紀のことは、放っておいていいよ。ちぃが気にすることなんてないんだから」
「まどか、ごめんね。でも、やっぱり呼んで来るよ」
千冬は、いつもわたしにそう言った。春紀が、自分勝手で、わがままで、どれだけ理不尽に千冬に当り散らしているかを、いくらこんこんと説得しても、千冬はいつも必ず、春紀を呼びに行く。千冬が謝るので、わたしはそれ以上何も言えなくなって、結局、春紀の思い通りだ。
「春紀って最悪じゃん」
「あんなのどうしようもないよ」
「千冬が、構いすぎるから甘えているんだよ」
わたしは、春紀の悪口をことあるたびに千冬に言った。千冬が、春紀を構うのは、自分の父親の上司の息子であるからかなと思っていた。そんなの関係ないし、もしそれで伯父さんがなにか言うなら、わたしは全面的に千冬を守ってあげるつもりでいた。(そんなこという伯父さんではないけど)でも、わたしがいくら言っても、千冬は困った顔をするだけで、春紀を見放さなかった。
中学になって、二人の関係性が薄れたので、良かったなと思っていた。代わりに、春紀に告白したい女子がわたしにあれやこれや言ってくるから、その度、千冬に愚痴っていた。
「春紀、告白されたらしいよ、見る目ないよね。信じられない」
「わたしと春紀がまた、変な噂流されてる。死んでもない。無理でしょ」
千冬は、そんな時でも「まぁまぁ、ハル君にも、いいところあるから」と苦笑いだった。
流石に春紀に腹を立てて、言い返すこともあったけれど、結局折れるのは千冬だった。
小さい頃からずっとそうで、洗脳レベルに近い。どうしてそんなに弱気なのだと憤慨してきた。でももし、千冬が春紀を好きだったのなら、それは惚れた弱みというやつなのではないか。
急に不安になった。自分が春紀なんてありえないから、千冬も当然そうだろうと決めつけていた。疑うという発想もなかった。
今更そんなこと、判明してしまったら、わたしはどうしたらいいのか、何も思いつかない。いつから、どこで、何のタイミングでそんなことが起こったのだろう。千冬が、そんなことを言ったことはない。ただ、千冬が、春紀を好きなら、あれだけ悪口を言いまくるわたしに対して、打ち明けられるわけがない。わたしは、友達の好きな人を貶しまくり、その思いに蓋をさせてきたのじゃないか。
もしそうなら、謝るべきか。でも、それはそれで違う気がする。わたしはわたしの思っていることを、そのまま話して来ただけだ。むしろ、千冬こそ、わたしに言うべきだったのではないか。
わたしは、いつだって千冬の味方でいたつもりだ。言ってくれないなんて、泣きたくなる。わたしが、嫌がると思って言わなかったのかもしれないけど、わたしは、千冬がいいなら、相手が春紀でもちゃんと応援してあげる度量はあるつもりだ。わたしのことを気にして、何も言わないまま、好きであることを止めてしまうとかは流石にないだろうけど、好きという気持ちをセーブさせる一因にはなっていた気がする。
どうしよう。何から手をつければいいか、焦りが襲ってくる。冷静になる必要がある。大体、本当に春紀を好きかどうかもはっきりしていない。聞いたら教えてくれるだろうか。だけど、あまり聞きたくなかった。




