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 バーベキュー大会が第三日曜日に決まった時、よりによってどんな嫌がらせかと思った。いつもより一週間遅い。会場が押さえられなかったらしいけど、父の日に会社の集まりなんて、従業員にも迷惑じゃないか。自分たちが人の集まるのが好きだからといって、みんなが同じ思考と思うのは頂けない。

 千冬は当然、そっちに参加するだろう。オレと二人で会うより、母やまどかといた方が断然楽しいのは明白だ。まどかは、オレと同じような境遇なのに、ずっと千冬を独り占めだ。女の子に生まれれば良かったというのが、どこまでも付きまとう。

 大体、まどかは千冬にべったりしすぎだ。同じクラスでもないくせに、やたらと会いに行ったりする。(オレも同じクラスになったことがないから、会えないのに)せっかく千冬が家に来ても、まどかがいるとすぐに二人で遊びに行ってしまう。千冬に何かするんじゃないか、いつまでも警戒してくる。前科があるから、否定もできない、嫌われていることが露呈されて苦しくなる。

 千冬が、まどかにオレに付きまとわれて困っていると相談しなかったのは、大事にしたくなかったのだろうと思った。家の人間に知られたくないというのが第一なのだ。別に、誰かに自慢したいわけじゃない。秘密にしていることで、付き合ってくれるなら、一切口外する気なんてない。

 千冬とはパソコンのメールで、連絡を取り合っている。といっても、緊急の用事なんてないし、毎月第三日曜日の前日に「明日よろしく」とくるだけだ。

 前に一度、風邪を引いて学校を休んでいると、渡さんに聞き、大丈夫かとメールを送ったが、返信が届いたのは、送信日から二週間経ったいつもの日曜日の前日だった。

「メールくれていたの? 有難う。明日は大丈夫です。よろしく」だ。

 用事があればメールをするように言うくせに、チェックを全然しない。

 返事が来るまで、毎日ずっと待っているのが、嫌で、迂闊に送れない。スマホなんて持って、簡単にメールが出来るのに、全く返信が来なかったら、日々陰鬱と暮らさなければならない。メール一つで一喜一憂するのは避けたい。リスクヘッジは重要だ。

 バーベキュー大会に、遅れて来るとメールが来たのも、やはり前日だった。最近スマホを買ったらしく、そっちのアドレスから送られてきた。


「渡千冬です。スマホの方から送ります。登録よろしく。明日はクッキング部の野外活動があるので、そっちに着くのは一時過ぎになると思います。では、明日、よろしく」


 よろしくの後ろに長方形の四角いマークが付いていた。何かの絵文字が文字化けしているらしい。なんだろう、凄く気になる。たぶん、笑顔のマークとかそんなのだろう。謝っているマークなら、嬉しい。バーベキューには、みんなが来るし、別に自分が行っても行かなくても同じくらいに思っているのだ。こっちが、どんな思いで、この日を待っているかなんて、露程にも考えていない。

 本当に、こちらの気持ちに気づいていないのだろうか。それともオレが好きだと知っていて、今までの嫌がらせの仕返しに、復讐しているのか。千冬に限ってそれはないな。潔癖だから、陰湿なことは嫌がる。


「わかった」


 わざと短くメールを送る。返信は絶対にない。




 バーベキュー大会は、あまり好きではない。親の会社の集まりなんて、楽しいはずもない。

 兄三人のうち二人が系列会社で働いているが、地方に出向中だから、来なくて助かった。

 とにかく余計なことばかり言う。オレを揶揄うのを生き甲斐にしている。

「愛想なし、根暗、引きこもり、青春をもっと謳歌しろよ」と鬱陶しいことばかり言ってくるのだ。


「春紀、ぼさっとしてないで、これ運んできなさい」


 父が、バーベキューコンロで、やたらと肉を焼きまくり、それを配り回らされる。みんな欲しければ、自分で取りにくるだろう。そもそも、そういう方式なのだ。逆に、見知らぬ男がテーブルに来て、勝手に肉を置いて行ったら、おかしい。意味不明だ。有無を言わせぬ状況で、トレイを渡されるので、仕方なく各テーブルをまわる。


「よかったら、どうぞ」

「春紀くんか、大きくなったな。高校生だっけ?」 「あぁ、はい。二年です」


 見たことのあるようなないような人だ。多分、去年は「一年です」と答えたのだろうなと思う。

 何往復かコンロとテーブルを行き来して戻ると「ほら、うろうろしてないで、お前も、肉食べろ」と五人前くらいあるステーキが盛られた皿を渡された。


「無理だろ、これ」

「あっちに、渡君達がいるから、一緒に食べるといい」


 なんだっていうのか。父は、こういった集まりになると、やたらにこき使いたがる。逆らうと更に口うるさくなるから黙って従う。それが悪循環なのだろうか。 渡さんがいるテーブルまで近づいて行く。


「これ、父が持っていくようにって」

「おお、有難う。待ってたよ」


 渡さんが、静かに微笑んで言った。千冬は、結構父親似だ。顔というか、雰囲気が、同じだ。がやがやしていないけど、とても明るい。

 向かいの席に座るように勧められた。

 待っていたのは肉ではなくて、オレのことで、父に一緒に食事をさせてやってくれと、頼まれていたようだ。子供じゃないのだから、そんなこといちいち言ってもらわなくてもいい。座ってしまったからには、食べざるをえない。千冬が来るまで待っているつもりだったのに、本当に、要らないことばかりする。


「千冬は、今日はクラブの集まりで、遅れて参加させてもらうよ」

「あ、はい」


 知ってますとも言えず、微妙な返事になる。テーブルには、既にいろいろ料理が取り揃えられ、渡さん、まどか、桝井夫妻、花田さんというよく知った顔ぶれと、見知らぬ若い男女二人が座っていた。


「社長のとこの、末っ子。社長に似ず男前だろ?」


 花田さんが、オレを指して二人に簡単すぎる紹介をするので、小さく頭を下げる。父の腹心だけあって、同様に余計な一言が多い。


「うちの娘と同じ年なんですよ。うちのと違ってしっかりしてて。昔は、まどかちゃんと三人でしょっちゅう遊んでいたんですけどね」

「今でもしょっちゅう遊んでるよ」


 まどかが、渡さんに言った。一瞬目が合った。どうせオレはのけ者だろう。


「じゃあ、まどかちゃんとは従姉弟ですよね」


 若い女性の言葉に、まどかが恐ろしいくらいの愛想笑いをする。


「娘さん、クラブって、何してらっしゃるんですか?」


 若い男性の方が、渡さんに尋ねた。


「クッキング部なんですよ」

「へぇ、料理得意なんですか?」

「いやいや、からっきしダメで。友達に誘われて入ったらしいんですけどね。家じゃ全くしませんよ。文句ばっかり言ってる」


 渡さんから、千冬の話を聞くのが好きだ。オレの知っている千冬の印象とはまるで違う。渡さんは、千冬をとても可愛がっていて、話の中の千冬もまた、とても可愛い。


「うちの娘も似たようなものよ、結婚したのにしょっちゅう家に来て、ご飯食べて帰るんだから」


 桝井さんの奥さんが横から口をはさんだ。


「うちは、クッキング部の友達のところへ嫁ぐ予定だから心配いらないそうです」

「へぇ、ちぃちゃんそんな彼氏がいるの? やるなぁ」

「花田さん、それ、ちぃの冗談だから。彼氏じゃないよ。おじさんも、そんなこと言って、ちぃに怒られるよ」

「そうか。ごめんごめん」


 まどかが、慌てた感じで二人の会話に割ってはいり、静止した。笑っているけど、焦っている。まどかに、気を使われるなんて、つまり、最悪だということだ。




「単なる言葉遊びというか、洒落だから、まぁ、そこまで落ち込むことないでしょう」

「別に、落ち込んでない」


 昼食を食べ終えて、まどかに無理矢理バンド演奏が行われているブースに連れて来られた。

 知らないバンドが、知らない曲のカバー演奏をしている。ギターは下手だけれど、歌はうまい。

 クッキング部に千秋という名字の男がいて、千秋千冬になったら面白いから、千冬を嫁にするのだと言われているそうだ。まどかが淡々と話した。下らないし、笑えない。


「別にそれだけで、彼氏とかじゃないけど、あんた、冗談通じないから」

「それ、何か面白い?」


 まどかが、大きくため息をつく。


「あのね、ちぃにはちぃの付き合いがあるんだから、あんたがとやかく言う権利はないの」


 別に何も言っていない。

 まどかは、千冬のことを協力しないかわりに、邪魔もしないといった。確かにその通りで、千冬にも周りにも何も言わない。本心は早く振られればいいと思っているが、一方で、従姉弟だから、あまりに憐れなのは見るに堪えないといった感じだった。事実のみを誇張せずに言う。そこに嘘はない。


「友達なんだろ」


 まどかは、一度頷いたあと「友達から、なんてよくあるパターンだからね」と付け足した。


「オレと、千冬は友達じゃないの?」

「やめてよ。ホラーだわ」

「あっそう」


 これ以上まどかと話しても、落ち込むだけなので、その場を離れた。まどかが言っていることが、正しいことは、自分でもわかっている。

 千冬は今も、恋愛に興味がなさそうだけれど、ある日突然急に来たりするのだろうか。

 よりによって、千秋なんて、どんな嫌がらせだよ。千冬に直接聞きたいけれど、それで変に意識するようになったら困る。気づかないうちに好きになっているなんて、それこそよくあるパターンだ。




 好きだと言わないけれど、少しはこっちの気持ちに気づいてくれないか、なんてまた勝手なことを考えてしまう。

 月に一度会って、二人で話す機会ができて、嫌われてはいないのかもしれないと、思えるようになった。幼馴染として、仲良くやっていけるような気がしていた。彼女になってと言ったものの、恋人同士のようなことは何もない。もしかして、忘れられているのじゃないかと、不安になる。じゃあ、このままずっと、この関係性が続けばと思うけれど、男女の友情なんて、相手に恋人ができれば、終わりだ。

 思考回路は堂々巡りで、結局、千冬に好きな男ができるまで、首の皮一枚で繋がっている状態であると認めざるを得ない。千冬が現時点で、千秋高虎を好きである可能性は低い。オレに味方しないまどかが、言い切ったことと、千冬に変わった様子が見受けられないからだ。今から会って態度が急変していたら、もう笑うしかない。




 一時を回って、千冬がもう来るかとずっと待っていたけれど、姿が見えない。主催者席にいれば、父や母に会いに来るだろうけれど、あまり近寄ると、父に、またいろいろ言いつけられそうだ。

 結局、食事のブースで、見つけた。ピークの時間を過ぎていて、一人でポツンと座っているので、割と目立った。(千冬を探すのは得意だから、そう思うだけかもしれないけど)なぜ、呑気に一人で昼食をとるのか、いくらなんでも酷い。

 乱雑に目の前の席に座る。すぐに視線が合った。


「これ、凄く美味しい」

「だろうね」


 白い深皿に入った薄いオレンジの茶碗蒸しのようなものを食べている。なんでも美味しそうに食べるけれど、好きな物だと、ことさらわかりやすい。


「食べたの?」

「いや、そういう顔してるから」


 千冬のこの顔に、弱い。自分がにやついていないか気になるから、しかめ面になってしまう。それはそれで良くないのは判るけれど、長年の癖がとれない。


「ご飯はもう、食べたんでしょう?」

「勧められたから、食べないわけにはいかなかったんだよ」


 オレが先に食べていると思ったから、一人で食べていたのだろうか。

 千冬は昔から、少しこういう残酷なところがあった。オレと別れて何かをすることを何とも思わない。「ハル君は、サイダーがいいよね。わたしはコーヒーにする」とか「ハル君は、歩いて行くでしょう。わたしは自転車で行くから」とか、平気で言う。

 でも、これがまどか相手なら「まどかが紅茶を飲むなら、わたしもそれにする」や「まどかが歩いて行くなら、わたしもそうする」になる。

 確かにオレは、炭酸飲料が好きだし、自転車にも巧く乗れないから、それを汲んでくれているのだけど、じゃあ、なんでまどかには合わせるのだと、思ってしまう。嫌われているから、仕方ない。合わせてくれとは思っていない。ただ、千冬がコーヒーを飲むならそれを飲むし、自転車で行くなら、そうしたいのに、その気持ちが微塵を伝わっていないのが、辛い。お互い好きな方を選べば効率的でしょう、とそれだけしか思っていない。

 たまたま偶然方向が同じだから、一緒に行くだけで、わざわざ足並みをそろえる気はない。二人で何かすることを楽しいとは考えていない。自分がそうであるから、こっちもそうだと思っている。嫌われているよりなにより、こちらの気持ちが一つも伝えられていないことが苦しい。

 千冬が、惚れた弱みに付け込んでくれるタイプだったら、今すぐ告白するのに。きっと、好きになれないことに、凄く罪悪感を抱いたりするのだろうと思うと、何も言えない。


「クッキング部って、そんなに楽しいの?」

「楽しいというか、人数少ないのに、休んじゃ、一人の負担が大きくなるでしょ」

「ふうん」


 千冬らしい。小学校の道徳で習うような考えを、そのまま持っている。義理人情を重んじるなら、名目でも彼氏がいるのに、他に好きな男を作ったりもしないはずだろう。まどかが知ったら、また、ホラーだというような理屈だ。


「それってさ、つまり不義理なことはしないってこと?」

「は?」


 千冬は、茶碗蒸しの最後の一口を名残惜しそうに食べていて、こちらに意識がない。


「だから、裏切ったりしないってことでしょ」

「そうそう」


 いつものことだけど、こっちの意図は伝わっていない。好きだって言ったらどうするだろう。

 振られるのが怖くて言えないのか、困らせたくなくて言えないのか、自分でも、よくわからない。現状が続いてくれれば、もうそれで充分なんだ。誰も、何も、邪魔してほしくない。このままで、ずっといたい。


「もうすぐ、まどかが戻ってくるよ」


 千冬はそう言って、テーブルの上に置かれたパーカーを見た。

 なるほど、まどかと会って、食事をとることになったのか。まどかなら、千冬に、当然そうさせるだろう。まどかが来たら、またのけ者だ。

 まどかなんて、いつでも千冬に会えるのだから、今日くらい譲ってくれてもいいだろう。

 仕方がないから、せめて千冬の隣に座りなおす。 もっとゆっくり来ればいいのに、すぐにまどかが戻って来た。


「ちぃが好きそうなやつあったから、一緒に取ってきたよ」


 さっき、話の途中で席を立ったことへの当てつけなのだろう。目が合ったけど、完全に空気扱いだ。まどかが、トレイをテーブルに置くと、後ろから、佐木さんが飲み物を持って来た。


「こないだは、有難うございました」


 オレに対して頭を下げる。


「あ、いえ」


 まどかのストラップを渡したことを言っているのだろう。千冬と佐木さんが繋がっているなんて思っていなかった。あの話を突っ込んでされると、まずい。千冬のクッキーを他人に渡すのが嫌で、まどかのストラップを買い占めたとか、自分で考えても気味悪い。


「飲み物、千賀君の分もとってきましょうか?」

「いい、いい、いい、いい。何も飲まないから」


 佐木さんを強引に席に座らせながら、まどかが言った。


「大丈夫なんで」


 飲み物なんてどうでもいいから、ストラップの話を蒸し返さないでもらいたい。


「ちぃは、ショートケーキでしょ」

「千冬ちゃんは、生クリームが好きなんだね。あたしは駄目なんだ」


 佐木さんが、千冬に言ったあと、親切にこっちにも何か食べるよう勧めてくれるのを「この人、甘い物好きじゃないからいいのよ」とまどかが制する。


「えっ、でも、クッキーとかなら」


 まどかの言葉に、佐木さんが少し不思議がっている。この間は、クッキーを欲しがっていたのに、今日はどうして食べないのか、なんて聞かれたら、完全にアウトだ。千冬が隣でこっちを見ている。体温が急激に上昇するのが、自分でわかった。


「いえ、大丈夫なんで」

「そういえば、ストラップをどうとかって、何かあったの?」


 千冬がぽつりと言った。今の場面で、ストラップという単語は出て来ていない。オレが来る前に、この話題が上がっていたということだろうけれど、千冬はその経緯を知らない口ぶりだ。


「バザーで売れ残っていたまどかのビーズのストラップを無理矢理買わされたから、あげただけ」


 簡潔に説明して、もうこの話題は終わらせたい。


「無理矢理?」


 まどかは、こっちの心情を完全に把握しているくせに、意地悪く言う。あの日の仕返しのつもりだ。


「この話はもういいよ」


 なんとも居心地の悪い空気になった。


「二人は仲がいいねぇ」


 佐木さんが、とんちんかんなことを言い出す。悪気がないのはわかっているけれど、こっちにとっては由々しき事態だ。オレがここにいるから、この話題になっているのだから、もう退散した方が身の為だ。

 一ヶ月に一度しか会えないのに、酷い。バーベキューの日と第三日曜日が重なったから、別の日にしようと提案すればよかった。バーベキューで会うからいいじゃない、と言われるだけだろうけれど。




「マンネリはよくないよ」


 高橋が、さめざめといい、青葉が隣で頷く。


「別に、本人の希望だから問題ないだろ」


 千冬のことをあれやこれや聞いてくるので話してしまうのは、本当は話したいせいだろうな、馬鹿だと思う。

 毎月同じカレー屋に行くのは何故かと言われても、千冬がそういうのだから、こっちに理由なんてない。


「デートプランを彼女任せにするのは、破局の原因だからね」


 デートって、あれはそういうものじゃない。しつこく付きまとったから、それを制止するのがそもそもで、今はたぶん義務だと思っている。彼女を引き受けたからには、の義務だ。それを呑気に、デートプランとか、気持ち悪く思われるのが落ちだ。


「あのね、毎月毎月同じ店でカレー食べて何が楽しいの? 千賀君が付き合ってて言ったなら、千賀君が盛り上げないでどうするの。恋はねフィフティフィフティじゃないのよ。惚れた方が弱いの」


 だから、千冬の望む辺鄙なカレー屋に行っているのだ。青葉に目を向けると、黙って笑っている。青葉は高橋に感化されすぎじゃないだろうか。


「じゃあ、何、映画にでも誘えばいいの?」


 高橋の意見に従う気はなかったけれど、逆らっても引き下がらないので、適当に話を合わせる。


「ありきたりね。渡さん、趣味とかないの?」

「最近は、部活にはまっているみたいだけど」


 千秋高虎のいるクッキング部だ。考えないようにしているのに、なぜこんなところで思い出さねばならないのだ。


「クッキング部だっけ? 甘い物好きなんじゃなかったか? なんか行きたがっている店とかないの?」


 青葉が、横から口を出す。そんな細かい情報をよく覚えているな。聞いていないようで、割としっかり聞いてるから、侮れない。


「そういえば、パンケーキの店がどうとか言ってた」


 この間家に遊びに来ていたのを、送っていく帰り道で、まどかと話していたのが頭に浮かんだ。


「え? なんて店?」

「さぁ、なんか長い名前だったけど。一年前にできたとか。大阪で有名で、ビジネス街の真ん中の入り口がやたら狭い店とか言ってたな」

「そんな小情報じゃなく、店名覚えてろよ」


 青葉が半笑いで言った。そんなこと言われても知らん。まどかに邪魔者扱いされて、二人の後ろを黙って歩いていただけだ。


「プティボヌール?」

「あぁ、多分それ。よくわかったな」

「全然長くないじゃん。有名なの?」


 オレと青葉が、感心して言うと「超有名だから!」と高橋が、非常識を諭すように答えた。


「よし、じゃあ、試験が終わったらみんなで下見に行こう」

「え? 下見? なんの? いいよそんなの。行きたいなら二人で行けよ」

「いいじゃんか。友達と行って美味しかったから、一緒に行こうとか言えば、誘いやすいだろ」


 また青葉がいい加減なことを言う。オレが友達と、なんでパンケーキ屋に行くのだ。どんな友達だよ。変な誤解されたらどうするんだ。


「決定、決定。予約入れとくから」


高橋が、問答無用で言った。反抗しても、多数決とか言われて、負けるのは目に見えている。絶対自分達が行きたいだけだ。何故、人のデートに付き合わなければならないのか。二人も、オレがいない方がいいだろうに、意味がわからない。




「運命じゃない? よかったじゃん」


 青葉が、にやにや笑うので苛ついてしまう。

 全くよくない。まるでストーカーじゃないか。

 結局青葉と高橋に連れられて、プティボヌールに来たはいいが、まさか千冬に遭遇するとは思っていなかった。行きたいと言っていたから、居ても不思議ではない。まどかも一緒にいたし、うちの学校の試験が終わった翌日だったから、その辺で日程を合わせて来たのだろう。二人の会話を聞いていて、ここへ来たと思われたら(実際そうなのだけど)相当に気味が悪いだろう。まどかはいつも通りだったけど、千冬はなんとなく余所余所しい感じで明らかにぎくしゃくしていた。

 大体下見と称して来たのに、千冬が既に来店している時点で、もう意味がない。いろいろ傷を負っただけだ。


「いいじゃないか、あの店美味かったから、また行こうぜとか言えば」


 だから、そんなに簡単に誘えるなら、初めからそうしている。何度同じことを言えば理解するのだろう。青葉は、オレの心中は全く無視して、気楽な様子でメニューを見ている。高橋が、珍しく黙ったままスマホをいじっていた。


「あのさ、ストラップって何?」

「は?」


 スマホをテーブルの上に置いて、明らかに不機嫌な声を出す。周りのざわざわした雰囲気と、高橋の苛々した感じが混ざり合って、こっちに迫ってくる。


「ポニーテールの女の子に、ストラップあげたんでしょう? 誰?」


 なんで浮気を問つめられる男みたいな状況なのか、怒りの原因が不明だ。

 青葉は構わずメニューを見ている。

 佐木さんの友達と言っても、わからないだろう。なんて言えばいいのか、要は赤の他人なのだ。


「まどかの、友達の友達だよ」

「なんでそんな子にプレゼントするのよ。彼女がいるのに他の女の子にプレゼントするなんて、最低だよ」

「プレゼントって」


 クッキーのことは伏せて、まどかのバザーの売れ残りをその友達二人にあげた云々の説明をすると、高橋は腕を組んで言った。


「そもそもなんで、千賀さんの売れ残りを買うの? 自分が千賀さんと散々噂になってるの知ってるでしょ。誤解されるよ?」

「まどかのことで千冬に誤解されることは、ないよ」

「あのね、渡さんが誤解しなくても、他の子は誤解するよ」

「別にいい」


 まどかは怒りまくるが、まどかと噂になっている間は、他に告白されることがないから、むしろ願ったりだ。


「原因がわかったわ」

「原因? なんの?」

「どうせ千賀くんに言ってもわからないからいいわ」


 高橋はオレを完全に見下して言った。


「なんだよ。気になるだろ」


 青葉に目をやると、メニュー越しに視線が合ったが、小さく首を左右に振っただけで、加勢してくれる様子はない。


「もう、それはこっちでやるから。それよりストラップのこと渡さんには説明してるんでしょうね?」

「千冬も知ってるって」


 まるで先生のような口ぶりだ。

 高橋は、まどかほど気が強い感じはないが、有無を言わせない独特の圧力がある。自分のすることは全て正しいとは思っていないが、間違っててもいいのでこっちで行くという風だ。つまり、こっちが何を言っても暖簾に腕押しという、やっかいな性格なのだけれど。


「まぁ、それならいいけど。千賀君はもっと自覚をもたなきゃ。ねぇ、武ちゃん、何頼む?」


 言いたいことを言い終えると、急にいちゃいちゃし始めた。本当のカップルってこんなものなのだろうか。千冬とべたべたしたいとは、あまり思わない。(したくないことはないけれど)

 青葉は高橋のどこを好きになったのだろう。オレに協力してくれと言ってきた時点で、話したこともない様子だった。しゃべったこともない相手を好きになるとか、ちょっとわからない。つまり顔が好みってことだろう。あるいは声とか、話し方、親切にしてもらった、助けてくれたとか、運命を感じるなんて実際あるのか。千冬の何が好きか言われたら、参る。聞かれたことがないから、考えたことがない。どこ、というのが特にない。オレは本当に千冬を好きなのだろうか。執着しているのはわかる。気づいたら好きだった。なんで気づかなかったのか。昔のことを思い出して、あの時は既に好きだったと結論付けるのは、過去を美化しているだけじゃないか。

 本当にオレは千冬を好きか。ずっと傍にいたのが、なくなることを恐れているだけじゃないか。独りぼっちを連れ出してくれたのが千冬だったから、いなくなるとまた独りになると思っているだけなのではないか。

 もう子供じゃない。友達もいるし(青葉には言わないが)好きだと告白してくれる子だっている。もっと外へ目を向けたらいいのではないか。相手にされていないのを無理にこじ開けていく必要があるのか。違和感を覚える。ざわざわする。

 千冬でなくてもいい。

 そういう思考回路にシフトさせれば、うまくすり替えられる。それが出来れば、どんなに楽だろう。頭ごなしに否定せず、他に好きな相手をつくる。オレにとっても、千冬にとっても、それがベストな結末だ。

 何故今まで、そう考えなかったのか、急に、心眼したように思った。


「春紀は、コーヒーだよな? なんか食べる?」


 メニューを逆さまにして、青葉が、差し出す。


「いや、いい」


 オレは甘い物は好きじゃない。千冬とは、合わない。それが、現実なのだから、受け入れて次に進むだけだ。

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