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一枚のガラスのむこうがわ  作者: 緋水月人
3/3

後悔の仕方

 よく出入りしているような場所でも死角は存在する。そうと意識しないと気づけない。

 そのことを司はつい最近知った。

「……これ、かな。11桁の英数字」

「読み上げて」

「……97……」

 司の言葉を翼は目を閉じて聞き、彼の部下だという男はメモに残している。用がすめば廃棄されると彼女はもう知っている。

 翼に脅迫され、秘密裡に公安に協力するはめになった司。幸か不幸かその方法は普段と変わらない。彼らが持ってくるものに触れ、サイコメトリーで彼らが求める情報を探すだけ。

 捜査対象の問題なのか、多少なりとも気を使われているのか。目を覆いたくなるほど惨いものはまだ見ていない。

「……よし。高橋、俺は明日そっちに行く。それまでにこのコードで探れるものを探り、まとめておいてくれ」

「わかりました」

 いかにもエリート商社マンっぽい外見の男が翼の指示に答え、立ち去る。司にも一礼するあたり、律儀な人なのだろうと思う。

 秘密主義にも関わらず高橋という男と面識を持たせたのは、「不測の事態に備えての保険」らしい。何に対して、どこまでの保険なのかは不明だが。

 早く立ち去ってくれないかと足元を見ていると、少女の前に封筒が出された。

「はい、ギフトカード」

「…………どーも」

 脅迫された協力。しかし一方的に搾取する気もないらしく、報酬はきちんと払われている。経費がどのように処理されているか知らないけれど。

 ちなみにギフトカードを希望したのは司である。残るものなどもらってたまるかという反発心がそこにはある。ある程度まとまった額のほうが買い物に助かることも伝えている。

 余談だが、ギフトカードを希望したとき翼はなんとも言えない表情をしていた。「いっそ高価なものを求めてくれたほうが分かりやすいのに」とか。知ったことか。

「……お米があと少しでなくなるし、洗剤も……」

 さらに言うと、その報酬で買うのは食料や消耗品だけにしている。洋服や本、アクセサリーなど嗜好品に近いものは買いたくない。

 報酬をカバンにしまって顔を上げると、男はまだ目の前にいる。なぜ。

「偶然とはいえここで会ったわけだし、対策課まで一緒させてもらってもいいかな」

「………………拒否権あるの?」

 しらじらしい言葉に半眼なっただけの自分を誰か褒めるべきだ。誰も褒めようがないけれど。ちなみに敬語は8割ほどログアウトしている。公共の場など、口調に気を付けないと自分が責められるような場でのみ用いると開き直った。

 望んでもいないからって距離を開けて歩くのもあからさますぎる。仮にした場合、きっと腹の内側で笑われる。不快感と屈辱を天秤にかけ、彼女は彼と並んで歩くことを選んでいる。対策課の仕事でもこの男とバディを組んでいることもあり、行動を共にする時間が増えて嫌になる。この前、ついにストレス解消のために一人でカラオケに行ったほどだ。実を言うとその数日前に友人とも行っている。

「あれ? 蒲生じゃん!」

「あ? ……マジだ。お前、生きてたのな」

「──大きな声で人の名前を叫ぶな、稲生(いのう)。ついでに物騒な感想をドウモ」

「いいじゃん。久しぶりに同期を見つけて気持ちが高ぶったってことでさ」

「お互いこまめに連絡取るタチじゃないとはいえ、ほとんど音信不通状態なんだから言いたくもなるだろ」

 タイミングよくと言うべきか、死角からだいぶ離れたところで声をかけられた。そのときの翼の表情にうかんだのは「面倒くささ」だった。能力がなくてもきっとわかる。しかし嫌悪はない。

 友人、と言っていい間柄なのだろう。

 声をかけてきた二人も翼同様に背が高い。170センチは超えているだろう。制服ではなくスーツ姿だが警察だろう。稲生と呼ばれた男が司に気づく。

「あ、どーも、お嬢さん? ……え、なによ蒲生、お前職場に彼女つれてきてんの」

「誰が彼女ですか冗談でもやめてください」

「ぶっは! すっげぇ早い反応、なに蒲生、お嬢さんに嫌われてるわけ?」

「好きも嫌いもありませんけど」

「……いや、な? 言っていい冗談と悪い冗談があるって話だろ。仮にも同期をセクハラで送検したくはないからな」

「まあ、確かに。初対面かつ年頃のお嬢さんを巻き込んでいい冗談じゃないよな。というわけだ、稲生。ちょうどそこにあるからお嬢さんにジュースの一本でもおごってお詫びしとけ」

「いえ、いりませんけど。……というか、もう行ってもいいですか?」

弓削(ゆげ)ひっで。お嬢さんもしんらつー」

 何がおかしいのかケラケラと笑う稲生。その場を盛り上げるタイプなのだろうか。だからと言ってもう一人の弓削なる人物も翼もいじられるキャラではないらしい。ツッコミというほどつっこんでもいないが。

 正直なところ深入りはしたくない。なので翼の同期がどんな人物で、どんな付き合いをしていようと興味ない。言葉通りに早くこの場を離れたい。

 面倒な思いでため息をついたとき、弓削が確かめるように口を開く。表情の変化が少ない人だと、抱いた感想は一瞬で吹っ飛ぶ。

「お嬢さんはもしかして超能力対策課所属のエスパーなのかな」

「……は」

「──相変わらず、とんでもない速さで展開する推理だな」

「となると、蒲生は今、対策課に配属されているのか」

「正確には出向中」

「いや……あの、え……?」

 混乱している司に稲生が説明する。

「いっやー、驚かせてごめんな。こいつ弓削って言うんだけど、俺らの代のトップクラスでな? まあ蒲生もなんだけど。いろんな情報の抽出・整理がすっごい速いのよ。それこそエスパーかってくらい」

「ただの観察と洞察なんだけどな」

「周りにしてみればエスパーと言われたほうが納得できる速さと正確さなんだよ」

「……ほとんどチートですよね」

「だよなー。そう思うよな」

 いったいどんな情報があったと言うのか。司は翼とともに歩いていただけなのに。

 超能力のためにマイノリティに追いやられる司は、言葉や表情だけではなく声音や話す速さなどでも相手の機微を測る自分を自覚している。このような言語以外の情報をキャッチする力に長けている人を、敏感と呼ぶのだろう。あるいは過敏。目の前の男もそういうタイプということか。

 それくらい優秀なら翼と同じく公安に所属しそうだが、反応をみるに違うらしい。

「そういうお前だって身体能力はおかしいだろ」

「いやー、それほどでも」

「……チートグループってわけですか」

 類は友を呼ぶとか、そういうものだろう。なんとなく。この三人の同期がかわいそうになった。

 そのあと、必要かはわからないが自己紹介を行う。丁寧なことに爆発物処理班に所属することまで教えられてしまった。


 下手をすれば身内にも所属を教えられない翼。そんな彼にも一応交友関係が残っていることを知った日から一週間。その事件は起きた。

「うわ、爆破事件だって」

 仕事の片手間に電子の海から様々な情報を探っていた浩司。彼が漏らした言葉はなぜか、司の心に不安の墨を落とした。

「民間人の被害は? 処理班は動いたのか?」

 捜査一課のころを思わせる口調で賢介が詳細を問う。タイピングの音がリズミカルに響く。

「動いてる動いてる。っていうか予告があったみたいだね。民間人の被害はないけど、むしろ処理班が負傷。なにかトラップがあったのかねー。冷却できなかったみたい。対爆スーツでどれくらい守れたのかはわからないけど、重体が少なくとも一人いる。もう病院に運ばれてるね。……あ、『看護師』さんの病院だ」

「……一度じゃ終わらなさそうだな」

「終わらないだろうね。どうも次の予告出ているみたいだよ。この厳重なプロテクト──公安も動いてるかもねー」

「ならハッキングはやめておきなさい。藪をつついて鬼が出てこられても困るわぁ」

「面白そうなんだけどねぇ。まあ、司ちゃんや莉子ちゃんが巻き込まれるのは僕も不本意だし、りょーかい」

 浩司は好みで軽やかなタイピング音が鳴るキーボードを使用している。それが一度、カタッと鳴った。おそらくその音を最後に、彼のその事件を思考の外に置いたのだろう。触らぬ神に祟りなし、それが賢明なことはわかっている。

 片足を公安の領域に踏み入れてしまった司とて、深みにはまりたくはない。はまりたくはないのだが──。

「……ちょっと気分転換してくる。レポートにつまった」

「いってらっしゃーい。覚えてたらチョコレート買ってきてねー」

「覚えてたらっていうか、散歩の道筋にあったらね」

 浩司は何かを察しているのかいないのか。賢介は。推し量れないまま、直接は止められなかったことを理由に彼女は動いた。

 とりあえず一度外に出てコンビニに行き、リクエストされたチョコレートを買う。気付かれていないならよし。気付いていたとしても明らかにしないで済むよう、表面上の体裁を整えるためだ。

 すぐに警察庁に戻る。さりげなくメガネをずらしてクリアボヤンスを使う。無差別に見て余計なものはみたくない。したがってまずは庁舎内にある死角を探す。こんなところで翼との密談が役に立つとは思わなかった。

(……いた)

 メガネを戻して歩き出す。目的地は奇しくも彼の正体を告げられた場所。

 能力ではなく自分の視力で見た男は、無表情で手の中の携帯端末を見下ろしていた。触れたら斬ると言わんばかりの、硬質な空気が彼を包む。危険な空気は声を奪う。けれど、それで引くくらいな最初からこんなバカな真似しない。

 知らないふりをしていればよかったのに、なぜか動いてしまった。理由は──わかっているような、いないような。

「ねぇ」

「特に見てほしいものはないよ、烏丸さん」

「……」

 言葉とともに笑みが向けられた。けれどもその目はいつも以上に冷たい。

 あいにく、それで傷つくようなかわいい神経はしていない。

「弓削さん? 稲生さん? 重体の人」

「君には関係ないことだと思うよ」

「使えるものは使うんじゃないの?」

「──君は確かにエスパーだが警察じゃない。ただの、とは言えないが民間人である君が踏み込んでいい領域じゃない」

「……『まだこどもだから』って言ったり『もうこどもじゃないんだから』って言ったりするオトナに比べれば、まあマシな言葉選びかな」

 挑発的な言葉を選んだ自覚はある。翼の顔から笑みが消えた。それでもこちらを観察する色があるあたり、本当に理性的だと思う。

 理性的だからこそ、動けないのだろうが。

「爆破事件、公安が動くんでしょ? 公安でエスパーとの連携を考えてるんでしょ? いいチャンスじゃん。使えるものはなんでも使うって、こういうときこそじゃないの?」

「……自虐趣味があるとは思わなかったな。それとも正義の味方にでも目覚めた?」

「まっさかぁ。だって世間でいう正義って過半数のためのものじゃん。しかも自分を守るので精一杯のやつが、何言ってんのって感じだし」

 言葉が上滑りしている。のらりくらりと交わされているのがわかる。

 理性的で、冷静さと冷徹さが求められる職務を全うする人間に、言葉で挑むほうが間違っているのかもしれない。

 だから、思いっきり地雷を踏み抜くことにした。

「ならなんのために?」

「自分のために動けない人をかわいそうに思ったのかもね。動く理由をあげて恩を売ってやろうと思って」

「──調子に乗るなよ」

 結果は明白。メガネをかけていてよかったと、司は心から思う。

 読心(リーディング)を使わなくても冷たい炎に灼かれるような錯覚を覚えるのだ。今の翼の心を確認して耐えられる自信がない。

 ──裏を返すと淡白かつ冷静なようで、本質的には激情家なのかもしれない、とも思う。

「……って、感情的になると思った?」

「……」

 あまりにもすばやい変わり身。冷たい目はそのままに笑みを浮かべられてしまうと、どこまでが演技でどこまでが素なのかわからなくなる。

 自分に素を見せるとも思っていないけれど。

「……っと、失礼」

 それでもと口を開きかけたとき、司の携帯端末が着信を告げる。コンビニへ行くまでの間にある人物へメッセージを送っていたのだが、それに気づいてくれたらしい。

 壁に背中を預け、わざとスピーカーにしてその電話を受ける。理解しがたい行動に翼の眉が顰められた。

「もしもし。連絡ありがとう、『看護師』さん」

『この忙しいタイミングになんなのよ。一応あんたの質問に答えると、オペそのものは成功よ。あとは本人次第だけど』

「それなんだけどさ、ヒールをその人に使ってもらえないかな」

「──っ!?」

『はあ? なんで? あんたの知り合いなの?』

 翼の顔色が変わったのを小気味よく思う。人命がかかっている状況で不謹慎かもしれないが、これまでさんざん踊らされてきたのだ。一矢報いてやりたくもなる。

「知り合いってほどでもないね。少しすれ違って話しただけの人」

『じゃあなんで。知ってるでしょ、私のヒールなんてスズメの涙程度の効果しかないって。大事な人で、少しでも可能性を上げたいってんならまあわかるけど』

「うーん……あたしの大事な人じゃないけど、その人が命を落としたらどうしようもなく落ち込みそうな誰かがいるっていうのを知っちゃったからね」

『……いや、あんたそこまでボランティア精神ないでしょ』

「うん、ないね。でも──」

 端末の画面ではなく、まっすぐに翼を見つめる。

 どうしようもないことなんていくらでもある。がんばればどうにかなると思えるほど、夢を見ていられない。

 でも。

「偶然とはいえ知っている相手で、人を頼る必要はあるけど打てる手があることも分かってる。そうしたらなんか、動いちゃおうかなって思っちゃったんだよね」

 ほんの少しでも「どうにかできる」可能性があるなら。

 たとえ求めた結果が来なくて泣くことになろうとも。

『……誰に向けての言葉か知らないけど。結果は保証しないわよ』

「わかってる。責めたりしないよ」

『貸し一つよ』

 礼をもう一度述べて通話を切る。あらためて男を見ると、思ったより近くに彼はいて。

 一呼吸かそこらで距離を詰めた翼は、少女が背中を預ける壁に左手を叩きつけた。役者や場面設定次第では喜ぶ人もいそうなシチュエーションだが、司と翼ではミスキャストだ。

 無表情で見下ろし、翼が口を開く。

「公安に目を付けられることの意味をわかってる?」

「……」

「今はまだ、見てもらった情報の提供者は秘匿している」

 公安が自分だけの情報網を持っているのは公然の秘密。だから秘匿を責められることはない。秘匿にする理由は、まだ超能力対策課を探っている段階だから。

 使うのをためらっているわけではない。急いてはことを仕損じるから。ピンからキリまでいるとはいえ、下手を打って敵に回すことは避けたい。エスパーが集団としてまとまった場合、それこそ国体を揺るがしかねない。

「俺が言うのもどうかとは思うけど、必要と判断すればなんでもするよ、公安は。誰もが気づかないうちにやっている違反をまとめて拘束するとか。これまでの協力で君の力は非常に有効であり、危険であることも確認できた」

 翼が所持する能力妨害装置。実は国内でもトップクラスのスペックを誇る。持てるのは国の中枢がほとんどであり、公安でもほんの一握り。制御装置を外した司の能力は、それでなければ防げない可能性が出てきた。

 制御装置の効果を──正式な手続きで──消せるものも限られてる。しかしなんの手立てもなく危険人物を野に放つか。答えはNO。

「よくてプライバシーなんてない監視された生活。悪ければどこかに監禁された、協力とは名ばかりの隷属生活だ。そんなのに」

「──なんだ、知らないんだ」

 ふっ──と、吐息をこぼすように少女がわらう。諦めと皮肉、儚さと虚無が入り混じった、初めて見る微笑み。

 絶望と失望が見えないことがいっそ不思議に思える、硝子の微笑み。


「それ、九割確定の未来だよ」


 司が超能力対策課を出ていた時間はおよそ十五分ほど。散歩と言う名分を押し通しても問題ない時間だった。

 浩司にリクエストのチョコレートを渡し、自分の席に戻る。

「散歩の効果があったみたいだね。ちょっとすっきりした顔してるよ」

「まあ、おかげさまで?」

 軽く首を傾げて答え、スリープにしておいたパソコンを動かし始める。

 数分して賢介のデスク上で電話が鳴る。同時に翼が入ってきた。

「今日はちょっと遅いね、蒲生君」

「ええ、まあ。途中でちょっとややこしいことに巻き込まれてしまって」

 苦笑とともに答える横顔は、いつもと同じ。ほんの数分で立て直したのはさすがと言うべきか。

 明らかに何かを匂わせる翼の言葉に、あえて浩司が乗る。

「ちょっとー、ややこしいことってなにさ。僕たちも巻き込まれるんじゃ」

「どんぴしゃよ、浩司。公安に目を付けられるなんて、将来有望な人材も大変ね、蒲生クン?」

「……ああ、もしかしてもう連絡来ました?」

「たったいま、この電話でね」

 忌々しそうに受話器を下ろす賢介。そして痛ましそうな視線を司に向けてきた。とっくの昔にパソコンから注意がそれていたため、ばっちり目が合った。

 司が口を開くより先にその視線はそらされる。次に視界に納めたのは苦笑しながら佇む優男。

「先に聞くけど、なんて言われたの?」

「爆破事件のことは耳に入ってますか? あれが設置されていた場所と、予告から推測される次の場所からテロの疑いがあるそうなんです。それで不必要な被害を防ぐためにも、公安が捜査権を握り、エスパーとの連携に踏み切る、と。俺は協力を要請するエスパー……まあ、烏丸さんですけど、烏丸さんの警護ということで同行が許されました」

「……はぁー……あー、いやだいやだ。前々からウチの課に対して何かしらアクションを起こすつもりだったに決まってるわ。いつの間に目を付けられたのかしら」

「うーわー……めんどくさいことになっちゃったねー。え、司ちゃんに爆弾探しさせるつもりなのかな?」

「おそらく、ですけど」

「ちょっと待ってよ。まさか闇雲にさせるつもり? それはだめでしょ。なんだったら今から僕がハッキングして」

「落ち着きなさい、浩司。どうも重要参考人が一人確保されているみたいなのよ。そいつの持ち物から当たっていくつもりでしょ」

 さすがに飄々とした空気が崩れた浩司。しかし賢介が彼を制した。

 能力の連続使用は五十分でとどめたい司にすれば手がかりがあるのはありがたい。そういう意味で彼の言葉はいい知らせでもある。だがその内容は驚きだった。

「え? もう? だって事件が起きてからまだ一時間経ってないよね?」

「あくまでも重要参考人よ、今は。予想だけど現場近くで成果を見に来てたんじゃない? 予告もあったみたいだし」

 もしかすると一度目は試験としての意味合いのあったのかもしれない。そんな風にぼやく賢介。彼は嫌そうに司と翼に声をかける。

「自分の命を第一に考えなさいよ、司。それと蒲生クン? 公安と接触っていうのはあんたも厄介だろうけど、司のこと頼むわよ」

「もちろんです」

 苦笑を崩さないまま、翼は頷いた。


     *     *


「……警察じゃなくて俳優になったほうがいいんじゃない?」

「誉め言葉として受け取ることにするよ」

 公安側の窓口として顔を見せたのは高橋だった。彼は眉一つ動かさず、慇懃な態度で協力への感謝を述べた。翼の部下だと知っている少女にも二人の上下関係を感じさせない、完璧な振る舞いだった。

 重要参考人の家に向かうため車に乗せられた。運転するのは高橋。助手席に座ってもいいのかもしれない翼はというと、表向きは超能力対策課に出向中のため、司とともに後部座席に収まった。

 流れていく風景を眺める。向かうのは重要参考人の家。そこでサイコメトリーを使ってほしいと説明された。

「前科と呼ばれるものはありません。電子工学を学んでいたそうです」

「まあ、その気になれば爆弾の作り方なんていくらでも調べられるけどな」

「所持していた端末からは数人と密に連絡を取っているのが分かりました。証拠になりそうなログなどは見つからなかったので、端末ではやりとりしないように気を付けていたのかもしれませんね」

「……実際のところテロと愉快犯、どちらの可能性が高い?」

 公安が捜査権を握る根拠としたもの。しかし国という大きな組織を揺るがす意思があると、この場の誰も思っていなかった。

 事実、高橋は静かに後者と答える。

「作ったものを試したい、注目されたい。この二つが大きな理由でしょう。注目されるには大きなことをやる必要がある。まあ、そこでいきなり首都高を狙うあたり、もともと理性の脆い人間なのでしょうが」

「知識欲に多くのステータスを割り振ったマッドサイエンティストの可能性は?」

「ないでしょう。それにしては爆弾にも予告の暗号にも独創性がありません」

(……あってもどうなの?)

 危うくこぼれかけた言葉を必死の思いで飲み込む。空気を読むと、ここでツッコミを入れるわけにはいかない。

「まもなく目的地です」

「ああ。……あらためて頼むよ、烏丸さん」

「わかってる」

 煽ったのはこちら。断る気もぼやく気もない。

 今回の行動を公安がどう評価するか、気にならないと言えば嘘になる。またエスパーを管理したがる『上』がどう評価するかも。

 両者の判断は一致するのか、しないのか。一致しない場合は『上』がごり押しするだろう。

 その場合は確定した未来が早まるかもしれない。

(……大学卒業とか、形だけでも就活とか……やってみたいんだけどな……)

 学祭にエントリーシート、あとはインターンシップ。今の司が思い浮かぶ大学生らしいこと。ノーマルやレベルCのエスパーならばきっと当たり前のこと。

 そこにいたる道はあるのかないのか。

 それでも少女は選ぶのだろう。何もしないことの後悔より、翼を煽ったことによる後悔を。

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