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一枚のガラスのむこうがわ  作者: 緋水月人
1/3

エスパーとノーマル

初めまして。以前から気になっていましたが、思い切って登録してみました。

普段はmixiの日記とpixivで小説を書いています。

pixivの規約次第ではそちらに挙げている連載も投稿したいなと思います。

ただ、あらすじが苦手なので、それがネックですね。


今回の話は近未来と超能力を絡めた恋愛ものです。

この時点でその要素はかけらもありませんが。一応、主人公二人がくっつくまでがんばりたいです。

遅筆ですが。


マニュアルなどを見ながら手探りで書いているので、変なところなどもあるかもしれませんが、少しでもお目に留まれば幸いです。

1.エスパーとノーマル


 頭の中でいくつものパターンをシミュレーションしながら廊下を歩く。これから向かうは、存在の認知こそされていても実情は不明な部署。所属する人数だって正式には不明。数名の人物が明らかになっているのみ。

 そんな場所に彼――蒲生翼は本日付けで配属される。出向という形ではあるけれど。

 目的地のドアが見える。IDカードをかざし、パスコードを入力。

 ドアは問題なく開いた。

「本日付けで超能力対策課に配属となりました蒲生翼です。外国研修期間が長く、日本の捜査に不慣れなところもありますがよろしくお願いいたします」

「あらー、あなたがうわさも出世頭ちゃん? 写真で見るよりもずっとイケメンじゃないやったわ~」

 野太い声に似合わない口調で思考が凍結。自分はどの選択肢を間違えた?

「かちょー。おまわりさんが固まってるよ。せめて一言目だけでもまじめにしてあげたほうがよかったんじゃん?」

「あらいやだ。最初だけ取り繕ったって意味ないじゃない。それにアタシ、自分を偽るのって好きじゃないのよねー」

 その結果、UMA認識しそうだがいいのだろうか。ほんの少し冷静になった頭がツッコミを入れる。実際に声にするほどの度胸はなかった。

 深呼吸をしてから本日の朝ごはんを思い出す。よし、冷静になった。

 気を取り直して翼は部屋の中を見回す。課長用の少し大きいデスク。そこに座ってニコニコを笑っているのがこの超能力対策課の責任者・大道寺賢介だろう。かつて捜査一課では右に出るものはいない実力を持っていたが、なぜか四年前より現部署に異動している。超能力を持っているという話は聞いていない。端正な顔にうまく年齢を重ねた重みを感じさせる。

 ……それなのに先ほどのオネエ口調なのか。聞き間違いじゃなかろうか。

 課長用とは別のデスクが十。使用されている形跡があるものもないものもある。他に休憩スペースと思しきローテーブルやソファー。この課に所属するものは警視庁内を動き回ることを嫌がられる。だからこそ、ある程度のことが賄えるように部屋が広いのはわかる。

 わかるのだが……。

「なんでこども用の学習机?」

「え、君ってどこまでこの課のことを知ってるの?」

 思わずもれたつぶやきに反応したのは賢介ではない。先ほど賢介にツッコミを入れていた青年だった。

 糸目が特徴的な彼は素早いタイピングを続けながら翼に確認する。態度はともかく、教えるつもりはあるらしい。

 なので翼も素直に答えた。

 この課が超能力ならびに超能力者――エスパーが関連した事件に対応する部署であること。所属するものの多くはエスパーであり、警察という身分に所属しないものも多いこと。構成員の多くが謎に包まれていること。

「俺が知っているというより、ほぼすべての警察官はこの程度の知識ですが」

「ふーん。あのね、その構成員というか、協力するエスパーの最年少ってね、小学一年生だよ」

「……はい?」

「うちのかわいいアイドルよー」

 とりあえず課長は黙ってくれないだろうか。なんというか「かつての敏腕刑事」という幻想がぼろぼろに崩れていくので。

「それにしてもあなた、ツバサって言うのよね?」

「は、あ、はい。蒲生翼です。それが、なにか……」

「うーん、誰にバディ組んでもらおうかと悩んでいたのよ。でもそうねー」

 賢介の顔が楽しそうに歪んだとき、翼の後ろでドアが開いた。入口に立ちつくしたままであり、通行の邪魔だと思って横にずれた。

「しつれいしまーす」

「ただいま。ちゃんとお仕事できたよ」

 入ってきたのは二人の少女。

 一人はまだ幼い、それこそ小学校低学年ぐらいの背丈しかなかった。茶色い髪はいわゆるねこっ毛でハーフアップにまとめられ、水色のリボンを飾られている。白のブラウスと紺のスカートの組み合わせに見えるワンピースというチョイスもあり、おとなしい印象を受ける。お人形さんのようにかわいらしい少女はパタパタと音がしそうな足取りで部屋の奥に進み、賢介に飛びついた。

「あのね、司ちゃんが迎えにきてくれたの。ちゃんとお仕事できたよ」

「あらそー、だから司といっしょなのね。お仕事できてえらかったわ。けがはなーい?」

「うん!」

 幼子が自分の行動を自慢げに報告する様はとてもかわいらしい。全然似ていないけれど二人の年齢差もあり、親子のほのぼの場面にだって見える。見えるけれどなぜだろう、言いたくて仕方ない。

「……おまわりさんこの人です」

「いや、課長もおまわりさんだけど。ついでに言うなら莉子ちゃんの親代わりだから。今後もここに出入りするなら慣れるしかないよ」

 ぼそりと漏らした言葉に的確なツッコミと解説が降ってきた。

 できれば誰かに拾ってもらえないかと思って意図的に漏らしたので驚きはない。むしろスルーされなくてよかった。そんなことを考えながらツッコミの主であるもう一人の少女を見た。

 シャギーが入ったセミロングの黒髪。わざと選んでいるのか少し大きいサイズのメガネが印象的だと思う。襟にレースをあしらったカットソーにジーンズ生地のジャケット、クリーム色のスカートはミモレ丈でいわゆる甘辛ファッションと呼ばれるもの。一見するとどこにでもいる妙齢の少女だが、左腕にあるブレスレットが印象を裏切る。。

 見るものが見ればわかるそれは超能力制御装置。つまり目の前の少女はエスパーということになる。

「……えーと、こんにちは?」

「……どーも。今日から来るって言うおまわりさん?」

「あ、うん。蒲生翼です。今まで海外研修ばかりでこっちに知り合いはほとんどいないし、日本の捜査環境にも慣れていないけど」

「ふーん。――烏丸司です、まあよろしく?」

 興味なさそうな、適当な相槌。判断を下しかけるも、続いた小さい呟きに保留する。

「日本に戻ってすぐこことかご愁傷様」

「……え、と」

 皮肉めいた笑みは、自嘲の色を宿している。

 翼の困惑にあえて触れず、少女は一つのデスクまで移動した。そこに自分のカバンを置くと、ちょうど電話がなる。慣れた手つきで応答する。

「はい、超能力対策課。――ああ、中原警部」

 電話の相手は生活安全課の総務課長だった。よくあるやりとりなのか、 司は「いつものですね。じゃあ三十分後にはいけると思います」と簡潔にやり取りを終えている。

 電話を切るとまだパソコンをいじっている糸目の青年を呼ぶ。

「浩司さん。今回はあたしだけじゃなくて浩司さんもお呼びだよ。なんか厄介な動きがあるみたい」

「んー。これがあと五分で終わるからそのあとね」

「了解。課長、そういうわけであたしと浩司さん、生活安全課に少し行ってくる」

「はいはい。じゃあ、顔見せも兼ねて蒲生くんも連れていってちょうだい?」

「――は、俺も、ですか?」

 莉子というらしい少女を膝の上に乗せたなんとも言えない状態で賢介は意図を説明する。曰く、出向とはいえ超能力対策課に所属する以上、関係部署との顔見世は必要だと。

「司は一番他課よそと関わるからね。司と行動を共にするのが一番早いと思うのよね。それにツカサとツバサで名前も似てるし、バディ組んじゃえば?」

「そんな理由でバディ組ませる人いませんよね!?」

「後半は完全な冗談だからまじめに反応する必要ないですよ、蒲生サン。――それより、妨害装置持ってます?」

 呆れを隠さないまま口をはさむ司。彼女は慣れた手つきでコーヒーを用意すると賢介、浩司の机に運ぶ。さらにブラックを用意すると「砂糖、ミルクはご自分で」と翼の近くのデスクに置いた。冷蔵庫を開けてりんごジュースを用意するとそれは莉子の傍に置き、最後に自分用の飲み物を用意する。ミルクたっぷりのカフェオレだった。斜に構えた言動のわりに面倒見がいいらしい。

 気遣いに感謝してから翼も問いに答え、ポケットから一枚のカードを見せた。

 妨害装置――その名が示す通り、超能力を妨害するものだ。超能力の研究が重要視されておよそ二百年。さまざまな形状、用途の妨害装置も開発されてきた。残念ながら攻撃や物理に働きかけるタイプの超能力を妨害する研究は停滞している。翼が持っているのも千里眼クリアボヤンス読心リーディングなど読み取るタイプの超能力を対象としており、持主――この場合は翼だ――の内心が読まれるのを防ぐことを目的としている。

 超能力対策課への出向を命じられた際に上司から渡されたものだ。

「それ、起動させといてくださいね」

「……つまり君の能力は」

「透視も可能な千里眼、リーディング、サイコメトリーの三つ。だもんで、遺失物捜査だの行方不明者の捜索などでよく協力するんですよ」

「今やうちの働き頭だよね、いい悪いは別として」

 パソコン作業に一区切りついたらしい浩司がコーヒーを飲みながらケラケラと笑う。一口目はブラックなのに、そのあと立て続けに角砂糖を五個も入れた。見ているほうが胸やけを起こしかける。

 ふと口を閉ざした司が無言で翼の胸元を見る。思わず体に緊張が走って身構える。その反応を見て、少女がまた皮肉めいた笑みを浮かべる。

(――失敗した)

「あたしの能力を聞いたあと、あたしが無言で見てると身構えるでしょう? あたしに触られたくないって思うでしょう?」

「――」

「ああ、そこに罪悪感を覚える必要はないですよ。それは当たり前のことだから。でもじゃあ、あたしが『別に何もしていませんよ』って言って信じられます?」

「それ、は」

「勘違いしないでくださいね? それは無理もないことなんですよ。出会ったばかりの人間を信じることは難しいし、それがエスパーならなおさらのこと」

 今から二百年ほど前、エスパーによる最初の殺人事件が起きた。科学的捜査を積み重ねても説明しがたいその事件。自己顕示欲の強い犯人による犯行予告と実行。その被害は待機していた警察官にまで及んだ。

 どんなに規制しても人の口に戸を立てられないのが世の常。エスパーの存在が世の中に広がるのはあっという間だった。

 打つ手がないと思われていたその事件に終止符を打ったのもまたエスパーだった。犯人と別種の力を持った複数のエスパーが警察に協力を申し出たところ、捜査は瞬く間に進んで犯人逮捕へといたった。プライドを捨てて藁にもすがる思いで協力を受け入れた警察も、無差別であるがゆえに不安に襲われていた市民も安堵し――次の疑念を抱いた。

 他にもエスパーがいるのではないか。

 今回は警察に協力したエスパーたちだっていつ態度を翻すか分かったものではない。

 そんなときに超能力の暴走による事故が起きてしまった。人々の不安は一気に爆発した。その後のエスパーが置かれた環境は悲惨というより他にない。近い表現を探すならば魔女狩りか。

 現在、エスパーと判明したものは政府で届け出ることが義務付けられている。また科学者たちは超能力の研究を進め、能力を制御・妨害する機械の開発に勤しんでいる。そんな中で設立されたのがここ、超能力対策課だ。

 目には目を、エスパーにはエスパーを。

 そのような対策が必要とされるということは当然、エスパーによる犯罪はあるわけで。人々に植え付けられたエスパーへの恐怖、嫌悪も根強い。

「得体の知れないものが怖いのなんて当たり前なんで、それをどうこう言うつもりはありませんよ」

 ただ――と、視線を伏せて司は続ける。

「読まれたんじゃないか、読んでいないと言ったが本当か――なんて疑念を持たれ続けるのも疑われ続けるのも面倒なんです。だったらはじめっから装置を起動させておいて、読みようがない状態にしておいてもらったほうが楽でしょ、お互いに」

「……そう、だ」

「ってーか、自分の能力の性質上仕方ないと思ってるけど、それでもやってもいないことを疑われるのってむかつくし」

「うん、そうだね」

 間髪いれず頷いていた。別に司に同情したわけではないけれど。

 無駄なストレスを増やしたくないのは事実なので装置のスイッチを入れる。そしてあらためて烏丸司を見る。

 身長187cmの翼よりも小柄な少女。おそらく160cm前半か。

「バディ組むかはともかくとして、あらためてよろしく。烏丸さん」

「…………ヨロシクオネガイシマス」

 あえて握手は求めない。いくらなんでもわざとらしすぎるから。

 そんな翼の意図に気付いたのか、皮肉めいた笑みで少女も答える。

「よーし、話もすんだところでいこうか。お仕事の時間ですよー」

 角砂糖五個いりのコーヒーを飲みほした浩司が二人を促した。 

 生活安全課へ一緒に行くよう命じられてしまった翼は今、司と浩司の少し後ろを歩く。歩きつつ気になっていたことを問う。

「えーと、こうじ、さん?」

「うん、どうしたー?」

「浩司さんは、ハッカーなんですか?」

「昔はクラッカーだったよ。今は一応、警察の協力者ってことで、まあギリギリラインを漂っているんじゃないかな」

「……どういう反応をしろと」

 さすがに笑い飛ばせない。

 世間的にハッキング技術を持つものをハッカーでくくりやすいが、実は線引きがされている。意図的に攻撃・破壊行為を行うものがクラッカーなのだ。もちろん、犯罪者であり、取り締まりの対象だ。目の前の男はかつてそうだったと。

「僕さ、共感覚シナスタジアなんだよね。プログラミング言語特化なんだけど。単語ごとに色分けされて見えるし、重要ポイントは大きく浮かび上がって見える」

「それでハッキング技術を?」

「まあそんなところ。シナスタジアを超能力って言っていいのかわからないけどさ、強いシナスタジアって結構生きにくいんだよね。少数派っていう意味では同じくくりだと思うんだよね」

「……なるほど」

 奇妙な間を開けて頷いた翼に何を思ったのか、浩司は謎めいた笑みを浮かべる。

「蒲生君はさ、大学行ってから警察学校行ったの?」

「はい」

「海外研修が多いって言ってたけど、日本での経験は?」

「一応ありますよ。それこそ一年目のときとか」

「今いくつ?」

「28です」

「おお、これからが男盛りだね。それにしてもあれだね。一年目ぐらいしか日本にいられなかった挙句、戻ったら戻ったでウチに出向なんて災難だね。同期が恋しいでしょ」

「――どうでしょう」

 苦笑を返したときにちょうど目的地についた。大きな声に出迎えられる。

「遅いぞ対策課! 早速だが頼むぞ、嬢ちゃん。糸目はあっちだ」

「はいはーい」

「蒲生さん、こっちにきてください。中原警部、ちょっといいですか」

「あん? その色男は誰だよ、嬢ちゃん」

「……」

「嬢ちゃん?」

「烏丸さん?」

 中原の言葉の何がひっかったのか、司は数秒ほど翼を凝視した、青年は知らないことだが、誤解を避けるために直視や凝視を避けるようにしている少女にとって珍しい行動である。

 司はというと、あらためて翼の容姿を確認していた。色素の薄い髪、端整と言える顔立ちにさわやかさを感じさせる表情。少なくとも不快感を覚える人はいないだろう。したがって「色男」という表現は間違っていない。好きか嫌いかは好みによるだろうが。

 思考を完結させ、司は翼を中原に紹介する。

「中原警部、こちら蒲生――さん。すみません、階級知らないです、聞いてないので。とりあえず今日からうちの課に出向させられている人。顔合わせしておけって、うちの課長が」

「あー……蒲生です。よろしくお願いします」

「そういやそんな話あったな。中原だ。詳しい話はあとでいいか? とっとと仕事をしちまいてぇんだ」

「あ、どうぞどうぞ。むしろお時間をとらせて申し訳ありません。――見学はさせていただきますが」

「おう、好きにしろ。嬢ちゃん頼むぞ」

 浩司と違い、様々なものが並べられている机の前に司は座った。ふと思い出して翼は浩司の位置を探る。すぐに見つかったが、その異様な姿にひきつった。先ほど見たとき以上のスピードでタイピングしている。画面のスクロールも早い。あれを認識しているのか。

「指紋は大丈夫ですか」

「毎回丁寧な確認ありがとよ。心配すんな。全部チェック済みだ。――これから頼む。1週間前から行方不明になってる60代男性の写真。こっちが簡単なプロフィールや外出範囲のメモだ」

「はい」

 再び視線を少女に戻した。イスに座った司は渡された資料を読んでいる。その顔にメガネがない。机の空いたスペースに置かれていた。。

「メガネなくても読めるの?」

「伊達メガネです、これ。――スイッチなんで」

 超能力を使うための。

 A4用紙一枚にまとめられた資料を読み終えた司は男性の写真に右手で触れ、目を閉じた。

「……川……桜の花が浮かんでる…… 」

 よくドラマやマンガでは電流を流すといった演出がある。しかし現実はとても静かだった。目を閉じたまま司は次々と単語を並べていく。中原と別の刑事がその言葉を次々とタブレットに入力している。決定的な言葉が出た時、すぐに検索をかけるつもりなのだろう。

「――橋」

「ありました! すぐに動かします」

 今までに何度も同じ手続きを踏んできたのだろう。決定的な名前が出た瞬間の反応は早かった。中原の指示を待たずに行動している。中原もそれを咎めない。

 優先順位を気にするものがもうないと言われ、司は手近なものに手を伸ばいた。保管用の袋から中身を取り出す。目を閉じるのはイメージを捉えやすくするため。

「――これは緑のブレザーに赤紫色のリボン、黒のボックスプリーツが制服の女子高生の落とし物。最寄駅は――」

 サイコメトリーでそれが落とされた時の様子を視る。そこで得たヒントを基に千里眼も使いながら持ち主の手がかりを探す。それが司の協力方法だった。彼女のこの力のおかげで持ち主不明の遺失物は減り――届けられていない犯罪が明らかになることも増えた。

 サイコメトリーも千里眼も司だけが持つ能力ではない。過去に何人もこの能力を持つ者がいて、警察に協力してきた。そんな彼らの地道な行動が、一部の警察関係者が持つエスパーへの嫌悪を和らげるのに寄与している。

 翼の目の前で次から次へと明らかになる落とし主たち。彼は司を視界の中心に置いたまま周囲を探り始めた。明らかになる情報を基に行動するもの、気にしていながらも無関心を装うものとさまざまな態度が見られる。その中で半数近くを占めるのはやはりと言うか、嫌悪に近い不信の色を宿すものだった。

「あー……これは犯罪がらみ。女の人からとって、中身だけとって捨ててる」

「犯人見えるか」

「今見ます」

 かつて悲惨な事件を引き起こした超能力者。その存在が認知されて短くない年月が経ったけれど、刻まれた恐怖はなかなか消えない。まして人間というものは己と違う存在を忌避しやすい。協力してもらうことで片付く案件があるのも事実だが、領域を侵されたとも感じてしまうのだろう。

 よく言えば客観的、悪く言えば他人事として分析する翼とて、エスパーに対する警戒は強い。そして己の職務にプライドもある。そのため彼らの葛藤は了解できだ。

 長丁場になるからと、空いているイスを進められたために遠慮なく座らせてもらう。浩司の作業もまだ続いている。

 初めの行方不明者を探す千里眼からおよそ50分経過したとき、司の手が止まった。

「中原警部、ストップです。新たに急ぐものやどうしても見つけたいものがあるなら10分休憩をください」

「ああ、もうそんな時間か。そうだな……おい、ハッカーのほうはどうだ?」

「もう終わりますよー。捜査二課案件が二つほどあるから、そっちの連絡はよろしくね」

「かー、厄介な奴らが紛れ込んでいやがったな。しょうがねえ、これ以上手がかりをもらってもすぐには取り掛かれねぇ。嬢ちゃん、今日は終わっていいぞ。助かった」

「はーい」

 気の抜けた返事をした司は伊達メガネをかけてから左右のこめかみを揉み始めた。その顔色がいささか悪く見えるのは気のせいだろうか。

 翼は立ち上がり、少女に近づいた。

「お疲れ様です?」

「んー……どーも」

「やっぱり無限に使えるわけじゃないんだ」

「そりゃね。一時間もぶっ通しで使うとちょっと困る」

「それって制御装置のせいで?」

「――……」

 こめかみを押さえる手の隙間から見上げられた。その目には警戒の色が宿っている。

 分かりやすい色に苦笑し、意味もなく手を振りながら言葉をつなぐ。

「気に障ったかな。職業柄っていうのもあるけど、これから行動を共にするんだって思うとつい、ね。気になって」

「……その説明は次の機会でいーですか。今、考えるの面倒なんです」

「了解。個人的にはその機会が少しでも早くくると助かるのかな」

「いや、こなくても困らないと思うけど」

「うわー、すっごいぎすぎすだね! じゃあお仕事も終わったし、帰ろうか」

 漂った緊張感は浩司がぶち壊した。もちろん、あえて空気を読まなかったに決まっている。

 浩司はこれでもかというくらいの笑顔で翼の背中を叩いた。

「だめだよー、蒲生クン。そりゃこんなおっさんの仕事を観察したっておもしろくないだろうけど、司ちゃんは花の女子大生。ついこの間までは制服に身を包んでいた、今が一番楽しい時期なんだよ? 節度をもって接しないと」

「そうですね、肝に命じます」

「あれ、いろいろとスルーされてる? 蒲生クンって結構適応力とか順応性とか高い?」

「低くはないかと。海外研修中もさほどナーバスにならなかったですし。――今回の出向もなんとかなるかなとは思っています」

「…………なんだこれ」

 初対面のわりにコントを繰り広げる成人男性二人。少女が呆れるのも無理はない、だろう。

 こめかみのマッサージをやめて立ち上がる。そのとき、なんとなく司は自分の左腕のブレスレットを見た。アクセサリーを模した能力制御装置。

 微弱な電磁波を常に発生しており、それが超能力の放出を五割に制限している。常に身に付けていることが義務とされており、公認されているエスパーはだいたいい二、三種類ずつ所持している。付け替えるだけならなんの障害もない。

 電磁波のオフ――すなわち超能力を完全に解放したいときは外部から特殊コードの入力が必要となる。現時点でそれを把握しているのは対策課課長の大道寺賢介だけだ。

「つーかーさーちゃん」

「わはいっ」

「あ、ごめん、驚かせちゃった。戻ろう? 甘いものでも食べようよ。歩けないならおっさんがおんぶしてあげるよー」

「……や、大丈夫です。別にいつもどおりです、ごめんなさい。――ってか、歩けなくてもおんぶはごめんだけど」

「だよねー」

 カラカラと笑う浩司のあとに続きつつ、斜め前の翼を見上げた。こっそり見たつもりがばっちり目が合って焦る。相手からは爽やかあ笑顔が返ってきて思わず顔をしかめた。いかにも慣れた対応が妙にうさんくさいと感じる。

 とはいえ先ほど認識した通りに整った顔。きっといろいろとあっただろう。自覚してない振る舞いと言われても嘘くさい。

(ああ、そっか。道化を演じられる浩司さんと、やっぱりわかってるだろうこの人)

「二人って相性いいんじゃないですか。それこそ二人がバディ組めば」

「どういう思考回路でその結論に至ったか聞かないけどね。完全にインドア支援の僕がバディ組む可能性は低いと思うよ。いろいろと動き回る司ちゃんじゃない、やっぱり」

「――ちっ」

「舌打ち」

「目の前で押し付け合いされている俺はつまるところ面倒ごとですか」

 当然だと返さなかったのは優しさなのかもしれない。



 翌日。超能力対策課に登庁した翼は、とりあえず過去の資料を読むことにした。決まった仕事がなく、出向の受け入れそのものが初めてだからマニュアルすら存在しない。だから翼は自分でできそうなことを探し、賢介に許可を取った。

 どこから見るか悩み、とりあえず賢介が課長になる一年前のデータを探す。選択に深い意味はなく、単純に五年前というキリの良さが理由だ。

 パソコンで記録媒体を読み込み、データを呼び出して読み始める。いくつかは覚えのある事件もあった。

「蒲生くん、急で悪いけれどこれからある公園に行ってちょうだい。他殺体が発見されたの」

「……超能力がらみであることを前提でおうかがいしますが、なぜ俺が?」

「エスパーが絡んでいるかどうかを確かめるために司が行くからよ。あの子は大学から行くから、向こうで合流してね。――あまりにも猟奇的で、エスパーとノーマルのどちらによる犯罪なのか分からないときの協力の仕方、実際に見てくるといいわ」

 にっこり笑顔で宣う賢介。言葉以外の何かが含まれていることは明白だが、それを聞いたところで答えは得られないだろう。

 媒体を抜き取り、パソコンをシャットダウンする。立ち上がって己の春用コートを手に取る。

「……一つよろしいですか」

「なにかしら」

「ただの感情ですが。現時点ではどちらの仕業かわからないとはいえ、犯罪を犯している可能性があるものを『ノーマル』と称するのも奇妙な話ですね。エスパーとの区別だと、重々承知していますが」

「……奇遇ね」

 俺も同じような感覚を持っているよ、と。見た目相応の口調で話した大道寺賢介からは、敏腕刑事という呼び名に相応しい空気が出ていた。

 向かう場所を確認すると、翼はすぐに出て行った。現場経験をどれほど詰めているのかさすがに知らないが、堂々とした振る舞いだと思う。新人と違って現場で浮足立つこともないだろう。

 対策課のドアが閉まると同時に賢介の携帯が鳴る。相手の名前を確認し、賢介はためらいなく応答した。

『新人くんは行ったの?』

「行ったわよ。でも新人とは違うねぇ。出向でうちに来ているし、海外で研修と実践を積んでいるみたいよ」

『どうでもいいわよ、そんなの。さて、私の予知は外れるのかしらね』

 電話の相手は女性。年は翼と同じくらいで、一応協力者として名前を載せている予知能力者。的中率は80%の通称『占い師』。

 前日、今と同様に賢介の携帯に電話が来た。

『私の大嫌いな烏ちゃんについて予知が出たけど』

 烏ちゃんとは、占い師だけが呼ぶ司の愛称だ。もっとも本人は認めておらず、反応しないように努めているけれど。

 この予知に基づいた選択の結果次第で、賢介は本当に司と翼をバディとして組ませようと考えている。



 現場の公園はさほど遠くなかった。周囲を確認してから公園の敷地に足を踏み入れると、見覚えのある背中を見つけた。

「烏丸さん」

「…………なんでいるの?」

「ご挨拶だな。課長命令。君と合流して、こういう事件での協力方法を見て来いって」

「…………あ、そ、ですか」

 少し歩調を速めればすぐに追いついた。彼女の足取りがゆっくりなのかもしれないが、付き合いの浅い翼にはわからない。

 少女の隣を歩きつつ、横目で観察する。ピンクベージュのスプリングコートからはパステルカラーのブラウスとそれより濃い色のカーディガン、そしてスキニージーンズがのぞいている。そして何かしらの気持ちを抑えていることが明白な横顔。

 もっとも明白だと思うのは刑事だからかもしれないが。

「どういう事件か聞いてる?」

「きいてな、聞いていません」

「……別に、無理に敬語を使わなくてもいいけど」

「そういうわけにもいかないでしょう。蒲生さんは年上で、おまわりさんなんですから。……説得力皆無だと思いますけど、一応普段は大丈夫なんですよ」

「うーん……タイミングが悪いのかな?」

「……そーかもしれませんね」

 そんな会話をしているうちに現場についた。場所を区切るKEEPOUTのテープ。その前に立つ制服警官が怪訝な目で二人を見た。無理もないと思いつつ、それぞれ超能力対策課の人間とそこに出向中の刑事であることを伝える。すると疑いの色がさらに濃くなるからなんだか釈然としない。

 制服警官が確認を取ろうとするが、ちょうどやりとりに気付いたらしい私服刑事が荒く声をかけてきた。

「遅いぞ対策課! とっとと来て仕事をしろっ」

「……そういうことらしいので、入らせていただいてよろしいですか」

「は、あ、は……」

 明らかに年下である司にどんな口調を使うか悩んだらしい制服警官。しどろもどろな様子で二人を通す。

「なんだかな……」

 ぼそりと呟いた声は誰にも拾われない。気にすることなく翼は思考を続ける。

 先日の生活安全課では気にならなかったが、今日の現場では呆れが次から次へと生まれてくる。制服警官も視線の先にいる私服刑事も、司への態度は褒められたものではない。確かに司は年下で警察でもないが、超能力対策課に所属する協力者ではないのか。翼とて、口調こそ改めていないが威圧的にふるまうつもりもない。

 それでなくともこれから事件現場を見るというのに――。

「――ちょっと待った」

 ようやく思い至ったそれに思考が止まる。なぜそれに気づかなかったのかと自分を殴りたくなる。

 礼儀も何もとっさに投げて少女の肩をつかんだ。当然ながら司も驚く。

「がもうさ」

「ちょっと待ってごめん、気づくのが遅れた。この先は他殺死体が発見された場所で」

「――そうですけど」

「そうですけどじゃなくて。警察でもない子が見ていいものじゃない」

「……え?」

「だか」

「おいこら何やってんだ! 早くしろっ」

「――あのなぁ……!」

「だめですよ、蒲生さん」

 伝わらないもどかしさ、この状況のおかしさを考慮しない広い意味での同僚にいら立った翼を止めたのは、なぜか司だった。諫める言葉だけれど、なぜか今までで一番やわらかさを感じる。横目ではなくしっかりと相手を見ると、なぜか彼女は苦笑を浮かべていて。

 男の手からするりと逃れて歩き出す。

「あたしはね、超能力対策課所属のエスパーだから。協力する理由は置いとくけど、要請されたら応じなくちゃいけないんですよ。だから、見ろって言われたら見ます。落とし物も、事件現場も、必要があれば死体だって」

「……」

「サイコメトリーしたらそれこそえげつない場面とかも見てます。それがあたしお仕事なんです、自分で決めたんです。だからだいじょーぶだって言い切りますよ」

「…………」

 顔は見えない。見えたとしても頷くことが難しい言葉。

 疑問とか、不満とか、そういうものがいろいろとこみあげてはきたけれど。納得なんてできないけれども、それを議論する時間もないとわかったから。だから翼はひとまずそれらを飲み込んだ。

「――言いたくないけどわかった」

「……だめでしょ、蒲生さん。おまわりさんなんだからそこはしっかり頷かないと。国民の安全を守れませんよ」

「君だって国民だろ。エスパーというどうしようもない事実を背負っていても」

「……」

 司の表情は見えず、気持ちもわからない。

 一方の司も、翼がどんな考えで先の言葉を投げかけてきたのかわかるはずもなく。ただ漠然と、少数派よりの思考を持つノーマルなのだろうと結論づけた。力を使えば男の内面も読み取れるかもしれないが、使う気はない。

 力を使ってまで知りたいと思うほどの興味もないのが一つ。もう一つはそれによって生じるかもしれない無用な軋轢を避けたいのが一つ。妨害装置を起動させておくように伝えたのも同様の理由から。

 厄介者を見る刑事たちの視線にさらされながら死体発見現場に立つ。さすがにいきなり死体を見せるほどの非常識は存在しない。というよりも、そうさせないように賢介が手を回してくれている。

 超能力対策課として協力はする。しかしエスパーの人権や心を無視するような行為は許さない、と。

 したがって司はまず現場や遺留品の記憶を読み取る。それで犯人がエスパーかノーマルか絞れればよし。しかし手がかりが足りないようなら死体に触れることになる。

「血痕が少ないからな。もしもノーマルの仕業なら殺害実行現場は別の場所ということになる」

「……もしも、ね」

 エスパーの存在が明らかになる前だって悲しいから似たような事件はあったはず。分かりやすいスケープゴートの存在で認識が偏るいい実例だろう。賢介のような偏りの少ない刑事やエスパーに対して嫌悪は抱いていても公平な目線を心掛ける刑事を知る司にとっては呆れる事例でもある。

 少女はメガネを外してスイッチを入れる。しゃがんで手を伸ばした。死体の形に貼られているテープの内側へ。

 物や人の記憶を読み取るサイコメトリー。司の場合、最近から過去へと映像が逆再生されていく。したがって過去に遡ろうと思うと時間がかかる。その場面に関連するアイテムでもあれば話は別だが。

 ただし今回は死体発見からさほど時間も経っていないため、時間もかからないだろう。そう踏んで彼女は目を閉じた。

『――も、もしもし? ひ、人が死んで……!』

(これだ)

『――ここからが山場だな』

(……え?)

 非常に動揺した声が急に落ち着いて映像が止まる。本来の時系列で考えると、落ち着いていた人物が急に動揺して通報したことになる。

 そんなことがありえるのか。司の疑問に応えるように映像が過去へ進む。

 一人の男が死体を運んできて置く。テープと同じ形に。男――すなわち犯人の顔を見たところで少女は手を離した。手を離す寸前、男の声が耳に届いた。

『これくらいすればバケモノの一人や二人くるだろ』

 エスパーかノーマルかの鑑別――そういう問題ではない。

 立ち上がる。近くの刑事に向かって口を開いた。

「――先輩、第一発見者が落ち着いたようです。こっちに来てくれました」

「そうか。――本当ならすぐにでも離れたいでしょうが、申し訳ありません。お話を聞かせてください」

「い、いえ……でも、話って」

「――っ」

 面識なんてない。だけどその顔も声も覚えがある。さっき見た、この力で。

 物的証拠にはならない。けれども司は己の力を信じると決めたから。

 だから叫んだ。

「――その人、犯人っ!」

 死体を運んできた男が通報して第一発見者と装う。ドラマや小説でとっくの昔に使い古された手段。それが司の見た過去。

 なぜそんな手段をとったのか、何が目的なのかわからないけれど。

 誰も知らない事実を叫んだ少女に対する反応は、残念ながら芳しくない。怪訝に表情を歪めたり呆れたり――つまり、誰もがまず疑った。

 真っ先に動いたのは皮肉にも第一発見者。つまり犯人と司に断じられた男だった。

「バケモノ、みーっけた」

 ニタリと笑ってナイフを取り出す。すぐそばの刑事の体を力いっぱい押して倒し、駆けだした。目的は――司。

「っ……!」

 ようやく理解が追いついた公僕は野次馬となっている周囲の民間人の安全を図る。彼らの頭からは超能力対策課に所属するエスパーの安全は抜け落ちた。

 結果、男と司の間に障害はなくなる。

 それでもかろうじてあった距離と、残念ながら積み重ねた経験が少女を動かす。コートのポケットに手を突っ込んで目的のものを取り出す。反対の手で右手の中の機械の紐をひっぱった。

 ビィイイイイイイイイ!

 突然の音に意表を突かれた男の足が止まった。その隙に下がりたかったが膝の力が抜けた。しりもちをつく。防犯ブザーで虚をつけただけでも上出来だが、いかんせん相手は凶器と明確な害意を持っている。

 民間人を優先した刑事たちの手は届かない。

(……くそったれ)

 悪態は声にならない。これまでで最悪の事態に目を閉じたくても閉じられない。

 犯人と司の距離が3mを切ったときだった。翼が動いた。

 半身の姿勢で男の懐に入る。危なげなくナイフを持つ腕と胸元を掴んでさらに相手の重心に入る。腕を引きながら素早く己の腰を回した。いわゆる背負い投げ。

 慣れた様子で背負い投げを披露した翼はそのまま男の手首をひねってナイフを落とさせる。隙を見せぬまま周囲をうかがい、誰も事態を飲み込めていないと悟ると呆れた表情を浮かべた。やむを得ず凶器を足蹴にしてから男のとらえたままの男の腕を背中側に回す。

 悲鳴が上がるが知ったことではない。

「いつまで呆けているんですか。銃刀法違反、障害未遂の現行犯でしょう。それに彼女の証言からすれば殺人事件の犯人ですよ。前二つで押さえたあと、この事件の証拠集めをする必要しなきゃいけないんじゃないんですか」

 所属がどうあれ支給されている手錠で男の両手を拘束する。背面で行ってしまったのはうっかりということにしておこう。他の刑事たちの失態に比べれば彼のミスなどかわいいものだ。

 犯人に手錠がかかるのを見てようやく硬直が溶ける。慌てて必要な行動――犯人の身柄確保、凶器の回収、動揺している民間人の収集、各所への連絡など――を取り始める刑事たち。落第点としか言えないそれらから冷ややかに視線を外し、青年は呆然としている少女の横に膝をついた。防犯ブザーを鳴らした司のほうがよっぽど適切な判断力を持っている。

「どこか痛めてる?」

「……あー、えっと、うん、大丈夫、です?」

「動揺しているみたいだけど」

「……しょーじき、あのタイミングで誰かが犯人を抑えられると思っていなかったから。結果的に無傷です、ありがとうございました」

「確かに。驚くほどの判断力だよね」

(……『犯人を抑えられる』、ね……)

 無意識でこぼされたそれは、司が「守られる」ことを想定していないと明確に示している。捜査への協力を依頼していながら薄情なものだ。

 背中を支えながら手を差し出す。わずかな逡巡ののちにその手を取った少女は、プライドや警戒心と異なるものをとったのだろう。男の手を借りて立ち上がるその体は細く、鍛えられた様子は皆無だ。

 エスパーだからといって、すべての能力が分かりやすい破壊力をもっているわけではない。司の場合、読み取る能力は高そうだが自衛手段や攻撃手段は皆無に等しいだろう。ならばそれを踏まえて適切な対応をする必要がある。必要な対処を怠って司ならび超能力対策課の協力が失われるほうがばかげている。

 利用するにしても協力体制をとるにしても、適材適所を見極めて配置するのが当然だろう。

「……蒲生さん。ただでえうちにきたことで厄介者扱いされるんだから、発言には気をつけたほうがいいと思いますよ」

「――あははー、そうだね。うっかりしてたよ」

 あっさり笑う翼に口をへの字に曲げる司。その目がガラスで遮られていないことに気付く。力を使うために外したのだろうと、遅ればせながら気づく。初対面時の助言に従って妨害装置を起動させているので特に慌てることもない。

「海外研修行き過ぎて、オブラート忘れてるんじゃないんですか? ――と、そうだそうだ」

 おもむろに携帯を取り出すとどこかに架電する。相手はすぐにわかった。

「浩司さん? 司です。ちょっと現場でひと悶着ありまして――はい、うん、、無傷です。犯人がその場にいて……そう、たぶん拡散されてる」

『りょーかい。いつも通り消しておくから任せて。蒲生君にも伝えておいてね』

「おねがいします」

 二百年ほど前から続くつながりやすさ。今も人々は簡単にインターネット上に写真を挙げて広める。一度ネットの海に浮かんだ写真を完全に消すことなど一般的には不可能だ。しかし強いシナスタジアと驚異のハッキング能力を持つ浩司はその不可能を可能にしうる。さすがに時間経過が長いと苦戦するが。

 彼はその技術を駆使し、超能力対策課の人間の個人情報が流出するのを防いでいる。ある意味それこそが彼の最大の仕事とも言える。

 司にそう言われた翼は思わず噴き出した。

「あのさ、烏丸さん。それってわりと犯罪すれすれの技術じゃない? 俺、一応おまわりさんなんだけど」

「必要な措置ですよ。小説でもよく、顔を知られちゃいけない部署所属の人が監視カメラの映像とかいじってるじゃないですか」

「小説と現実を一緒にしてどうするのかな」

エスパーを前に何言ってるんですか」

 なるほど。二世紀前までは確かに空想上の存在だった。だがそういう問題でもないだろう。

 とはいえこだわる理由も特にないため、翼もそれ以上は追及しない。

 そして事件についてはそれこど捜査一課の管轄であり、司の役目もとっくに終わっている。とどまり続ける理由もないため、二人は超能力対策課に戻ることにした。

 超能力対策課に戻った二人は賢介と浩司、そして翼にとっては初対面の女性に出迎えられた。賢介と浩司は基本的に常駐しているのかもしれない。

「おかえりー、司。ケガがないみたいでなによりよー」

「まあ、蒲生さんが犯人を捕まえてくれたので。……課長、蒲生さんが来たのって占い師がここにいるのとかんけ――」

「私がここにいる理由なんてアンタになんの関係があるのかしら、烏ちゃん?」

 言葉と同じくらいきつい視線に射抜かれ、司は肩を竦めた。残念ながら慣れてしまったけれど。

 しかし占い師の言葉を訂正する声が賢介から出てこない。このことからすると、本当に自分がいても都合が悪いのかもしれない。

「……課長、報告書とかって明日でもいいんですか? いいなら明日の登録前に単位数の確認があるから帰りたいんですけど」

「あっらー、さすが花の女子大生ね。充実した学校生活のほうが大事ですもの、もちろんいいわよー」

「いつでも相談に乗るからね」

「浩司さん理系じゃん」

 10分と満たない滞在時間で司は立ち去った。

 成人を迎えて久しい者だけが残された瞬間、部屋の空気が重くなる。しかし誰も表情を変えないままで。

 食えない二人ということはとっくに理解していたため、翼は横目で初対面の女性を観察した。

 ボブくらいの長さの髪は赤茶に染められたソバージュ。年齢は翼と同じか少し下だろう、気の強さを強調するようなメイクをしている。確か司は「占い師」と称していたが。

「ねー、蒲生くん。どうして今日の捜査協力に同行させたか、わかってもらえたかしら?」

「捜査一課からどういう扱いを受けているかを見せるため、ということでしょうか」

「50点」

「……烏丸さんの護衛の意味もあったんですかね」

「せいかーい。そこの子、アタシたちは占い師って呼んでいるんだけどね? 予知能力者なのよ。でね、今日のことを予知したみたいで連絡をくれたのよ。かわいくてまじめな司が傷つくって」

「私の言葉に余計な装飾をつけないでくれる?」

 ぎろりと賢介を睨む女。しかし賢介はまったく意に介さない。

「捜査一課の全員じゃないけどねー。どうもあそこのやつらって司が非力な女の子ってことを忘れてくれちゃってねー。協力を依頼してくるくせにこっちの言葉もまず聞き流すことから始めるんだから。いい加減にしろよこの無能って感じよね」

 ある言葉のところだけドスのきいた声に変わったことは気づかないふりをする。

 こちらはあいかわらずの軽い口調でハッカーが後をつなぐ。

「占い師の予知によるとさ、今日の事件で司ちゃん、ケガをしちゃってたんだよね。うちのアイドルは莉子ちゃんだけど、司ちゃんも大事な仲間。まして年頃の女の子がケガするなんて冗談じゃない。と、いうわけで。どんな風に協力をしてるか見せるっていうタテマエのもと、蒲生君に盾になってもらおうと思って。いやー、予想以上の大活躍だったみたいじゃん?」

「いろいろととんでもない言葉を言ってるのはわざとですよね」

 別にどんな言い方をされたところで傷つくような繊細さは持ち合わせていない。試されたことについても当然だろうと思うだけだ。

 横目ではなくきちんと視界の真ん中に納めるつもりで占い師を見たら、すさまじい形相で睨まれた。かわいがっている仲間に変な虫がついたから、その虫を威嚇している――という視線ではない。

「どいつもこいつも……烏ちゃんだって、とっととこりればいいのに……!」

 はて、懲りるとは。

 翼が眉を顰めると、見越していたかのように浩司が耳打ちをしてきた。

「簡単に言えば嫉妬だよ。占い師はね、自分こそがうちの看板になりたかったんだ。そうすることで自分を確立したかったんだよね」

「……は?」

 占い師の予知能力とて、もちろん使い方次第では貴重な力になる。彼女の予知で救える命もあるから。的中率が登録されているエスパーの中ではトップクラスだからなおさらに。事実、占い師が適任として依頼される協力もある。

 だがジレンマも生じる。未然に防がれたことで事件は存在せず、犯人も不在となる。多くは厳重注意で留まり、結果として別の事件を起こすことも少なくなかった。社会を揺るがすような事件の計画であれば拘束することも不可能ではないが。

 対して司の能力では事件を防ぐことは難しい。できても「現在起きている犯罪の発見」だ。それだって一度に見られる範囲は決まっている。そしてほぼ確実に被害者は存在する。だが管轄やらプライドやらにさえ目を瞑ってしまえば証拠や凶器を見つけることはたやすく、犯人逮捕までのスピードも上がるだろう。

 まさに一長一短。能力の種類ならびにメリットデメリットを正しく理解すれば歯がゆさも減らせる問題だろう。

「……つまるところ、現状は占い師さんの能力をうまく活用できる機会が少ない、と」

「そんなところ。話が早いねー、蒲生君。遺失物がらみが多いとはいえ、司ちゃんはガンガン動いているから、余計にイライラするんだよね。だからって、彼女の危険を予知したのに知らんぷりするのはプライドが許さない、と」

「でもそれだけじゃないのよね。アタシが司を動かす理由って」

「課長!」

「はいはい、大きい声出さないでねー。ねえ、蒲生くん? 司は本当に無傷なの?」

「……身体的な傷は。しりもちつきましたけど、すり傷も捻挫もありませんでした」

 警戒と嫌悪、バケモノという言葉に向けられた害意。それらに対して無関心を貫けるほど開き直っているようにも、傷つかないでいられるほどの逞しさも司には感じない。まして、気づかないでいられるほど鈍感でもあるまい。

 それらのどれか一つでもあるのなら、翼の態度にあんな反応は示さない。

「エスパーの大半っがそうであるように、司も絶望を知っているのよねー」

「……」

「でもね、あの子には蜘蛛の糸が下りてきて、あの子もそれを下ろした側も途切れないように努力を続けている」

 どうしようもないことがあると知っている。

 だけど、どうにかできるものもあると、彼女は知ることができた。

「サイコメトリー、リーディング、千里眼クリアボヤンス。それぞれに限れば司以上のエスパーはいるのよねー、これでも。でもねー、一定以上の水準で複数の能力を保持し、誰かの力を借りながら絶望から立ち上がれているのは司くらいなのよ。向けられる警戒、嫌悪、侮蔑に対して少なくともその場では背筋を伸ばしてやるって意地が一番強いのも。ものすごーく警戒心が強いけど、信用なり信頼なりした相手を頼ることも知ってるのよ、あの子」

 社会的にマイノリティであることもスケープゴートになりやすいことも知っている。それらを受け入れて、でも諦めることなくできることをしてもがく。

 それが烏丸司という少女らしい。

「……もしかしなくても。さきほどの『盾』というのは単発じゃないみたいですね」

「いやねー、バディよ、バディ。それにあっちこっち呼ばれる司と組めば、あなたも仕事がなくて困るーなんてことはないと思うわよ。あ、司だっていつも動き回るわけじゃないからそこは安心してね? 過去の資料を読む時間とかはちゃーんとあげるから」

「それは別にいいんですけど……烏丸さんの意志は?」

「けっこー嫌がるだろーね、司ちゃん」

 笑って言わないでほしい。

 傷つくほどの繊細さは持ち合わせていないが――年頃の女の子がいきなり成人男性とコンビを組むことになって嫌がるのは当たり前だと思うので――面白くもないので。

 超能力対策課に出向して二日目、とりあえずの方向性が決まり、翼はため息をついた。



 さて。明日からの自分の状況など知るはずもない司はと言うと、妹と電話で話していた。大学進学を期に彼女は一人暮らしを始めている。

 マシンガンのごとく話す妹のペースに、なるほどメッセージを打つよりも話したほうが早いと納得。

『……っていうわけで、粘ったけ結局アルバイト開始は一学期中間の結果次第だってー』

「まあ、そうだろうね。期末じゃないだけお父さん相手にがんばったじゃん。でもあれでしょ、お父さんのことだから成績が下がったら」

『アルバイトは中止だって。お父さんの堅物ー! お姉ちゃんは?』

「フル単とは言わないけどあんまり単位落とすなら考えるって、お母さん経由で聞いた」

『こわっ。って、授業ってどうなるの?』

「明日単位登録。とりあえず一年次で取れる必修科目はだいたい入れたと思う」

 司と妹――恵美めぐみの年の差は三つ。恵美は――というよりも司の家族では司だけがエスパーだ。

 携帯をはさみながら冷蔵庫の中を確認。作り置きなどをチェック今晩、明朝、明日の昼食のメニューを考える。

『ねーねー。ゴールデンウイークあたりに会おうよー。一緒に洋服買って、甘いもの食べようよー、店探すからー』

「試験の心配はいいの? まあいいや、あとで予定確認する。一応大学生らしい服ってやつも考えたいし」

『オッケー。お姉ちゃんだいすき!』

「おごらないから」

『何も言ってない!』

 姉妹らしい軽口をたたいて通話を終える。そのまま携帯は充電器につなぐと、横に置いてある万華鏡を手に取った。

 気づいたら集めるようになっていた、自分でもよくわからない趣味。嘘、本当は気付いている。伊達メガネを外して万華鏡を目に当てる。

 くるくると、きらきらと。

 めぐりめぐる一枚の隔たりがあるからこそ展開されるきれいな世界。

 メガネを外してもためらいなく見つめられるもの。

「……ごはん、何作ろうかな」

 こうして司の一日が終わりを迎える。

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