7
歩いた距離は遅々として進まず、時間だけが過ぎていく。
何度目かの休憩のために立ち止まったとき、昭子は決意した。
「このままじゃ日暮れ前に森を抜けることが出来ないわ。私が助けを呼んでくるから、心細いかもしれないけれど、小春様はここで待っていてください」
「わかりました」
こんな時でも穏やかな笑みを浮かべてくる小春を、昭子はしばし見つめる。
「……何か?」
「私に殺されるって噂が流れていたのに、戻ってこないとか不安じゃないのかしらと思っただけよ」
「昭子様と同じです。私は、昭子様を見て、そういうことをするお方だとは思わないから信じているだけです」
「そう」
この子はこうやって相手の喜ぶことをいい、いろんな人を味方につけてきたのだろう。
けれど、この子はうっかりボロを出して慌てふためいてしまうような子だ。
だから、きっとその言葉は表面的なものではない。
そう信じられた。
身をひるがえすと昭子は駆けだした。
足元の石が邪魔をし、気持ちばかりが先へ進む。
そんな焦る昭子をあざ笑うかのように日は傾いていった。
あたりは暗くなり、遠くまで見渡すことが出来ない。
「道明ー実幸様ー」
声を張り上げるが、川の水のごうごうという音ばかりが耳に届く。
足元を確かめながら、何度も呼び続ける。
遠くで動物が吠える声がする。
心がすくみ、声が止まる。
深呼吸をして気持ちを落ち着け、声を張り上げる。
「道明ー実幸様ーきゃっ」
足元の石に躓き、地に手をつく。
「もぅ。どこにいるのよ」
悪態をつきながら痛みをやり過ごし、裾の土埃を払って立ち上がる。
疲れか焦りか、何も考えられない。
ただひたすら兄と夫の名を呼び続ける。
不意に、揺らいだ視界を光がかすめた。
「……え?」
光は急速に近づいてくる。
「昭子!」
馬上の人物は馬を下り昭子に駆け寄ると、その身を抱きしめた。
「……実幸様?」
足の力が抜け、昭子はへなへなとその場に座り込む。
「無事でよかった」
「それより、向こうに小春様が」
「実幸様、私が」
遅れてやってきた道明に実幸が「頼む」と告げると、道明が幾人かの使用人を引き連れてかけていく。
遠くにかけていく明かりが歪む。
こぼれた涙を周りに知られぬよう、昭子は実幸の胸に顔をうずめた。