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雨が降ってしまえばいいのに。
そんな昭子の願いとは裏腹に、その日の天気は憎らしいくらいの快晴だった。
「気持ちいい。私、実幸様からお話を聞いたとき、迷っていたんです。外に出て悪化させてしまったら、どうしようって。ただでさえ甘えたいざかりの夏彦に構ってあげられていないのに。でも、来てよかったです。昭子様が誘ってくださったおかげです」
隣を歩く小春が屈託なく笑う。
相変わらず相手が喜ぶような綺麗な言葉を並べるのが上手い。
思わず顔をしかめそうになったが、小春の側には侍女や体格のいい使用人が昭子の行動を見張っている。
「そうですね」
わざとらしいほど明るく応えた。
紅葉狩り用に作られた道は、山道ながら整備されている。
山と言えないくらいの小高い丘の斜面を彩るのは、橙、茶、黄、緑、赤。
濃淡をつけながら複数の色が組み合わさり、この時期ならではの風合いを見せている。
遠くから聞こえるごうごうという音は川の音だろうか。
いつもならば文字として書きとめようと思考をめぐらすところだ。
けれど隣から聞こえるはしゃいだ声が感に障り、集中することが出来ない。
こっそりと溜め息をつきながら、家を出る前に道明に言われたことを思い出す。
「もし、おまえが離縁されたら俺が拾ってやる。もし勘当されたり、解雇されたとしても、野垂れ死にはさせないから。きちんと小春様と話をしてこい」
前を行く道明と実幸は、鷹狩りの計画など立てている。楽しそうでよいことだ。
小春にしてもそうだ。
だから、楽しいふりをしなくては。
彼女の話に興味を持つふりをして、話を膨らませて、肯定的な反応を示して、ああここは肯定してはいけないところだったのか。
小春のように相手の望む反応を上手く返すことが出来ない。
昼食を食べ終え、しばらくした頃に気持ちが疲れてしまった。
「ごめんなさい。あとで追いかけるから先に行ってくださる?」
「ご気分が優れませんか? 大丈夫ですか?」
「大丈夫よ。いつものことなの。少し一人で座っていれば治るから」
「でも……」
おろおろする小春が後ろ向きに歩き、木にぶつかる。
「あっ」
とっさに踏みしめようとした右足をかばい、身体の重心が崩れる。
何かに捕まろうとした指が空をかき、その身体は斜面へと投げ出される。
反射的に手を伸ばしたのが先だったのか、小春がここで死んだら自分の噂が本当になってしまうと思ったのが先だったのか。
わからないまま昭子は駆け寄り腕を掴むも、その勢いのまま二人の体は斜面を転がっていった。