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窓の外を見れば紅葉がはらはらと落ちてゆく。
遠くから響く時を知らせる鐘の音。日差しの下ではまだ暖かな昼さがりの空気。
移り変わる季節のほんの一時しか見られない光景。
それら全部をどうしたら伝えられるだろう。
昭子が縁側で目を閉じ短冊を手に思考にふけっていると、雰囲気をぶち壊すかのような足音が聞こえた。侍女の困ったような声が足音を追う。
「何事ですか」
騒がしさの元凶を叱ろうとした昭子の目に飛び込んできたのは、兄の姿だった。
近衛大尉、清峰道明。
昭子の兄にあたるその人物は、ここに来るまでに攻防を繰り広げたのだろう。身にまとう直衣も体の線からみっともなくずれている。
「お兄様、お久しぶり」
「おまえ何してるんだ」
道明は挨拶を返すでもなくどすんと腰をおとし、昭子を正面から睨みつけた。どこから話したらよいのかと、苛立たしげに指で膝を叩く。
「小春様が宮参りの途中、階段から足を滑らせた。乳母に抱かれていたため夏彦様は無事であったが、小春様はお怪我をされた。命に別状はないというが」
「そうね」
少し前にそんなことを聞いた気もする。
「さすがにそれくらいは知っているか」
「実幸様から見舞いに行くように言われたから。見舞金渡して、使用人も増やしておいたわ」
そうか、と彼は額に手を当て、ため息をついた。
「今、宮中では、それが昭子の呪いだということになっている」
「……何言ってるの」
昭子があきれ顔でため息をつくと、「だよなぁ」と道明は足を崩した。
「お前、そこまで他人に興味ないもんな。でも周りは子供に恵まれなかった正妻が子供の生まれた側室に嫉妬してると思ってる」
「人のことを知らずに好き勝手、いいご身分ですこと」
「お前、誕生祝いの茶会で始終無愛想で、出されたものに口もつけず、おまけに途中退席したそうだな」
「そうだったかしら」
「お前がそういう人間だっていうのはよくわかっているけれども、そういう態度が人の誤解を招くんだよ。親戚の集まりにも、宮中の行事にも参加していないんだろう」
「べつにいいじゃない」
どうせ行われるのは、子供がいるとかいないとか、誰かの噂話とか、自慢ばかりなのだ。
得られるものはなにもない。
それどころか、意味の分からない思考を押しつけられて不愉快になるだけだ。
「挙句の果てに、なぜか昭子は俺と浮気していることになっている。俺は実幸様の口利きで今の職に就いているようなものだから、このままだと解雇されるかもな。実家からも勘当されてもおかしくない」
「実の妹じゃない」
「そうなんだけどな。そういう話が最近流行ってるんじゃないのか?」
「理解できないわ」
「それには同感だ」
いろいろなことについていけず、ずきずきと痛み始めた額に昭子が手をあてると、「とにかく」と道明が背筋を正した。
「実幸様も小春様も、その噂を否定していらっしゃる。でも、お前がお二人に好意的な姿勢を見せないとすぐに不信感に変わる。最後には離縁されるぞ」
「それならそれで構わないわ」
「それでどうするんだ。言っとくけど、泰子様はもういらっしゃらないからな」
「え……」
中宮泰子はもういない。
その言葉を理解出来ずにいる昭子に、道明は少しためらった後、言葉を選びながら口を開いた。
「泰子様のお父君が……右大臣が亡くなられた。大きな後ろ盾をなくした泰子様は心労がたたって、せっかくできたお子は生まれる前に亡くなった。度重なる不幸を嘆いて、今は出家なされてる」
「なんて……こと」
昭子は震える口元に指先をあてがった。
「もう少し小春様や実幸様との距離を縮めないと、最悪の場合、俺もお前も野垂れ死にだ。わかったか?」
「……ええ」
肯定の返事をしたが、昭子の耳にはその言葉は届いていなかった。