2-3
急にどうしたというのだろう。
(私、何か不自然なことした…?かな?)
実琴は内心で慌てながらも、その鋭い視線を目の前に硬直した。
何を考えているのか読めない瞳。
すると、朝霧がぽつり…と、表情を変えずに呟いた。
「お前…」
(…えっ…?)
何を言うつもりなんだろう?
実琴は、思わず目を丸くした。
だが…。
「メスか…」
『はあっ!?』
瞬時にカチン!と来て。
実琴は、すぐ傍にあったその手にガリッ…っと噛みついてやった。
(最っ低ッ!!)
「つっ…」
突然牙を剥き出した子猫をうっかり取り落としそうになり、慌ててその身体を再び手の中に収める。
「危ないだろっ。落とすとこだぞっ」
一瞬だけ必死さを見せた朝霧に。
『いーーだ!!デリカシーのないアンタが悪いっ!』
実琴は心の中で、あかんべーをした。
小さな子猫の身を心配して慌てて抱えてくれたのは有り難いが、実琴的にはそれどころではない。
(ホント信じらんないっ!!)
朝霧は目を大きくしてこちらを見下ろしていた。
「みーっ!にゃあにゃあみゃあっ!」
「危ないだろっ」と言ったことに反論するように、突然鳴きだした手の中の子猫を物珍しそうに見つめている。
『…なによ。文句ある?』
内心で頬を膨らませながら、実琴は朝霧を睨み上げた。
すると、朝霧は不意にフッと、小さく笑った。
(…え…?)
「一丁前に怒ってるのか?面白いな、お前」
普段、学校では殆ど笑顔など見せない朝霧。
見せても口の端を僅かに上げて不敵な笑みを浮かべている程度なのに。
こんな顔を見たのは、初めてだった。
(何なの、その顔…)
可笑しいのを堪えているような、その控えめな笑顔に実琴の目は釘付けになる。
先程の怒りなんて驚きで何処かへ吹き飛んでしまった。
だが…。
「…そんな訳ないか」
そう、すぐに己の言葉を打ち消すと小さく肩をすくめた。
その顔はもう、いつもの仏頂面に戻っていた。
(もう。ホント、かわいくないんだから…)
いつだって朝霧が可愛いかったことなんかないし、そんなことを言う奇特な人なんか何処を探してもいないとは思うけど。
さっきの笑顔を見て、ちょっとだけ…。本当に少しだけだけれど、ドキッ…っとしてしまっただなんてことは、誰にも言えない秘密だと思った。
その後、実琴は朝霧に抱えられたまま別の部屋へと移動した。
先程リビングに置いておいた鞄を手にすると、一般的な家屋とは比べ物にならない程に広々とした階段を上り、二階へと向かう。
奥へと続く広い廊下をゆっくりと歩き、二つ目のドアの前まで行くと朝霧は足を止めた。
慣れた様子でドアノブに手を掛ける。
(ここが朝霧の部屋…なのかな?)
そこは、やはり朝霧の部屋のようだった。
ドアから正面に面した窓際には机。そして横には本棚やベッドなど一通りの家具が揃えられている。
だが、やはり広さは半端ない。
(うわ…。私の部屋の三倍はあるんじゃ…?)
実琴は目を丸くして室内を見渡した。
奥にはオーディオやテレビ、ソファーまで置かれていて、下手したらこの部屋だけで家族で生活できるのでは?と、思ってしまうほどの充実さだ。
朝霧は部屋のドアを閉めると、同時に実琴を床へと下ろして解放した。
(えーと…。自由にしてて良い…ってことなのかな?)
実琴は暫く下ろされたドアの前できょろきょろしていたが、部屋の奥へと行ってしまった朝霧の後を追うように、ゆっくりと部屋の中へと足を進めた。
(わぁ…本当に広い…)
目線がかなり低くなってしまった分、余計に部屋の広さを実感する。
子猫であるこの身なら思いっきり走り回れそうだ。
(広いからっていうのも勿論あるんだろうけど、綺麗に片付いてるなぁ。流石、朝霧って感じだよ…。武瑠の部屋とは大違いだわ)
いつも恐ろしいほどに散らかっている弟の部屋を思い出し、実琴は苦笑を浮かべた。
実琴には、三つ年下の弟がいるのだ。
(ま、武瑠と朝霧じゃタイプが全然違うか…)
そんなことを考えながら何気なく朝霧のいる方へと視線を向けた実琴だったが。次の瞬間、飛び上がった。




