13-9
『うぅ…』
うっかり眩んだ目をゆっくりと開けていく。
(…今の光は何だったんだろう?)
そう思ったところで、はた…と動きを止めた。
その、目の前の光景に一瞬頭が真っ白になる。
実琴の前には朝霧がいた。それは良かったのだが…。
「大丈夫かっ?いったい、今のは…っ…」
座っていたソファに倒れ込むようにぐったりしている自分を、朝霧が抱きかかえるように支えている。
(え…?これって、何か…おかしくない…?)
「おい、辻原っ。…急にどうしたっていうんだ…」
目を覚まさない実琴の頬を軽くペチペチ叩いていた朝霧が、ふと…何かに気付いたように動きを止めた。
そして、今度は周囲をキョロキョロと何かを探すような素振りを見せる。
(ど…どうしよう…。これって…やっぱり…アレだよね…?)
…嫌な予感しかしない。
だが、それは自らの身体を確認してみれば、ハッキリと分かることだ。
(いやいやいや…、既に予感とかそんな可愛いものじゃないから!)
分かってはいても、まるで金縛りにあってしまったかのように身体が上手く動かなかった。
自分自身の深層心理がそれを拒否しているのかも知れない。
実琴が己の内で葛藤していたその時、何かを探していたらしい朝霧が、こちらを振り返った。
そこで、お互いの視線がバッチリと合う。
「お…まえ…」
朝霧は抱えていた実琴の身体をそっとそのままソファに横たえると、身体ごとこちらに向き直った。
『あ…あの、あさぎり…?』
実琴が咄嗟に口にした彼の名は、やはり自分が言おうとしていた発音とは違うものになっていた。
(あああああッ…決定的じゃんっ!!)
ある意味懐かしい、その感覚。
(いやいや、ホントに嬉しくないからっ!)
己の中でツッコミ入れまくりの実琴を、朝霧はじっ…と見つめながら傍まで来ると、その身を両手にすくって取り上げた。
朝霧の手のぬくもりが伝わって来て、実琴は泣きそうになる。
「お前…もしかして、辻原…?」
朝霧は手の中の子猫に躊躇なく話し掛けた。
『あさぎりー…』
問い掛けに応えるように「みー」と鳴くそれ。
途端に朝霧は脱力した。見るからに、がっくりと肩を落としている。
「お前…何で…」
『分からないよ…。ルナちゃんにチュッって触れただけなのに…』
そんなことで、また中身が入れ替わってしまうなんて思ってもみなかったのだ。
うるうるしながら説明するも、朝霧は「何言ってるのか分かんねぇし」と呟いた。
「だが、お前が辻原だっていうのは俺には判る。…ったく、また猫に戻るなんてどうなってるんだ…」
『朝霧…』
すぐに自分の異変に気付いてくれた。それが何より嬉しい。
じーーん…としている実琴を他所に、だが朝霧は容赦なく言った。
「もう、お前このままでいろ」
『ふぇっ?』
(今、何て…?)
実琴は我が耳を疑った。
固まっている子猫の様子に、朝霧はフッ…と満足げに笑みを浮かべた。
「お前、やっぱり可愛いな…」
『…へっ?』
クスッ…と抑えきれずに零れるその笑顔を至近距離で見てしまい、実琴はカーーーッと頬を染めた。(見た目には分からなかったが…)
「猫になっても見てて面白いし。もう俺は、この際どっちでも良い」
肩を竦めて、まるでお手上げだと言わんばかりに朝霧が溜息を吐いた。
『ちょっ…ちょっと待ってよ朝霧っ!そんなこと言わないでっ』
(朝霧に開き直られちゃったら、私は誰に救いを求めれば良いの?)
実琴はわたわたと朝霧の手の中で慌てた。
『朝霧だけが頼りなんだよっ?私は朝霧の隣にミコではなく、辻原実琴としていたいよっ』
必死に訴える。
だが、そんな猫の言葉が通じる筈もなく。
朝霧はじっ…とその様子を見つめているだけだった。
『朝霧…』
泣きそうになりながらも、必死に名を呼ぶ。
『あさぎり…』
手を伸ばせば届きそうな位置に朝霧の顔がある。
実琴はその身を僅かに伸ばして顔を寄せると、朝霧の唇へとそっとキスをした。
朝霧は思わぬ実琴の行動に驚き固まっていた。
本当は少しだけ揶揄ってやるだけのつもりだった。
実琴の慌てた様子が面白くて、可愛くて。
だが、哀しげな瞳を見せた実琴に流石にやり過ぎたか…と思ったその時だった。
こいつが思わぬ行動に出たのは。
「お前…。何プレイだよ、これは…」
子猫の姿でされても複雑なところだ。
だが、彼女に置き換えて考えてみれば悪くない。
朝霧は必死に見上げて来る子猫の頭を優しく撫でると、笑顔を浮かべた。
「それ…元に戻った時にも、やって貰うからな?覚悟しておけよ」
その後…。
朝霧の協力もあり、実琴は何とか元に戻ることが出来たのであった。




