13-5
(…ずっと…?朝霧の、傍に…?)
真面目な表情をしてはいるが朝霧の瞳はいつも学校で見せているような冷たいものではなく、眼差しはどこか柔らかいものだった。
その逸らすことなく向けられる瞳からは、冗談で言っている訳ではないのだという想いが伝わってくるようで…。
実琴は、ただ呆然と。
まるで時が止まってしまったかのように暫くその場に立ち尽くしていた。
絡み合った視線さえ外せないまま、一筋の風が二人の間を通り抜けてゆく。
まさか朝霧がそんなこと言うなんて思ってもみなかった。
でも、その穏やかな瞳に子猫ではない自分の姿を映してくれていることが何より嬉しかった。
『ずっと…俺の傍にいろ』
その言葉だって素直に嬉しい。
嬉しいのだけど…。
「それって…。何か体の良い退屈しのぎだって言われてるみたいで複雑なんですけど…」
可愛くないとは思いつつも、つい言わずにはいられなかった。
だって、もっと言い方ってものがあると思うのだ。
『退屈しない』
そんな言葉を嬉々として自分にとって都合の良いように受け取って鵜呑みに出来る程、自分には自信がないから…。
顔を真っ赤に染めながらも、そんな言葉を返してきた実琴に朝霧は一瞬僅かに目を見開いていたが、不意に俯くとクスッ…と抑え気味に笑みをこぼした。
「お前のそういうとこも、嫌いじゃない」
朝霧は、そう呟くと。
再び真っ直ぐに視線を合わせてきた。
「お前のことが好きだって言ってるんだよ」
今度はハッキリと。朝霧は、そう口にした。
「う…そ…。本当に…?」
そんな朝霧の思わぬ告白も簡単には信じられなくて。
実琴は呆然と聞き返していた。
「お前な…。これだけ簡潔に言っても、まだ解らないのか?」
朝霧は呆れたように左手を腰に当てて首を傾げると、小さく溜息を吐いた。
「だって…」
だって、信じられない。
あの朝霧が自分のことを好き…だなんて…。
学校で見る朝霧は明らかに人との付き合いそのものが面倒臭そうに見えたし。
勿論、学校で見せている部分だけが朝霧の全てじゃないことは今回のことで良く分かったつもりだけれど。でも、朝霧が私の前で見せてくれた優しい笑顔は、私が子猫だったからに違いないのだ。
優しく抱き締めてくれたその腕も、全て可愛い子猫だった故の…。
不意に切なくなって、実琴はそれを振り払うように頭を横に振ると言葉を続けた。
「だ…だって、朝霧は猫が好きなんでしょう?ミコに優しくしてくれたのだって可愛い子猫が好きだったからでっ…」
後半は何故だか泣きそうになりながら、何とかそれだけをやっとで言うと。
朝霧は再び溜息を吐いた。
「確かに俺は猫は嫌いじゃないが…」
そこまで言うと、不意に実琴の腕を掴んで引き寄せた。
「だが、それとこれとは別の話だ。俺はちゃんと伝えたからな、辻原。俺にここまで言わせた以上は、お前も責任とって素直になれよ」
「……っ…」
引き寄せられた実琴は気付けば屋上の縁を背に、そこに片手を付いている朝霧の腕の中に囲われるような形で立っていた。
掴まれた右手首はそのままに、朝霧の整った顔が間近に自分を見下ろしている。
(ち…近いっ!)
半ばパニックになりつつも、何だか大変なことになっているということだけは解る。
「あっ…あの、離してっ」
このままでは心臓に悪い。そう思って真っ赤になりながらも懇願するが「駄目だ」と即却下された。
「返事をするまで離さない」
そう呟くと「嫌なら直ぐに断ればいい」なんて勝手なことを言っている。
(ホントに勝手だ。勝手だけど…っ…)
この角度から見上げる朝霧の顔は、ミコとして一緒にいた時の目線とあまり変わらなくて。昨日まで一緒にいた筈なのに、どこか懐かしい感じがして切なくなる。
実琴は耐えられなくなって朝霧から視線を外すと俯いた。
胸が締め付けられる思いがした。
「本当は、私だって…。もっと一緒にいたかった。朝霧の傍に…いたかったよ…」
知らず声が震えてしまう。
頬に熱が集中して、何だか頭がクラクラする。
そんな実琴の頭上から、思いのほか優しい声が降りてきた。
「なら、ずっと傍にいれば良い」
「本当に…子猫じゃなくても、いいの…?」
「俺はお前が良い」
「朝霧…」
再び、そっと見上げると。
朝霧が柔らかい眼差しで微笑みを浮かべていたから。
実琴もつられるように笑顔を浮かべるのだった。




