13-3
昨夜のことを振り返れば、どうしたって思い浮かぶのは朝霧のことばかりで。
(気付いたら眠っちゃってたからなぁ…)
あの後、朝霧と守護霊さんがどうしたのか。部屋を出て行ったことさえ自分は知らない。
子猫も病室にはいなかったし、多分朝霧が一緒に連れ帰ってくれたんだろうとは思うけれど。
『ちゃんと連れて行くから心配するな』
そう言ってくれた朝霧の顔を微かに…ぼんやりとだが覚えている。
普段のクールな雰囲気とは少し違う、どこか心配気な優しい顔。
(その顔を見たら、どこか安心しちゃって…。眠気が一気に襲って来ちゃったんだよね…)
どちらかというと、眠気というよりは極度の脱力感といった感じで、僅かに顔を動かすことさえ儘ならなかったのだけれど。
(まぁ、ネコちゃんのことは朝霧に任せておけば大丈夫だよね。あんなに猫好きなんだもん。きっと、ネコちゃんのことをずっと可愛がってくれるよ)
そこら辺は全然心配していない。
だけど…。
(私…ちゃんと、お礼言えてないよ)
こうして無事に戻れたのは二人の協力があってのことだ。
せめて感謝の気持ち位は、ちゃんと伝えたかった。
本当は、ここに来てみれば守護霊さんには会えるかな?と僅かな期待をしていたのだけど。
でも、今の自分は子猫ではないし、果たして幽霊である守護霊さんの姿が自分に視えるのかどうかは微妙なところだ。
(実際、見えない…んだろうなぁ…)
自分には霊感なんてものは、これっぽっちも存在しないのだから。
(分かってはいるんだけど。それって何か寂しいな…)
決して他の幽霊たちが見えるようになりたいという訳ではないけれど。
(そこんとこ重要だよね。取り憑かれるのも勿論御免こうむりたい!)
でも、守護霊さんには本当にお世話になったから。
(それに守護霊さんは朝霧のお祖母さん…なんだもん。ちゃんとお別れの挨拶くらいしたかったよ)
実琴は屋上の縁に前のめりに寄りかかるようにすると、そこからの景色に視線を流しながら小さく溜息を吐いた。
朝霧とは、学校へ行けば会えるだろうけど。
(それでも、きっと…ミコに見せていたような笑顔はもう見られないんだろうなぁ…)
普通に学校で会う朝霧の、何処か冷めた無表情を思い出して再び溜息を吐いた。
(なんか…勿体ないことした気分…)
元に戻れて嬉しいのに。これでは、ただの無いものねだりだ。
風に吹かれて僅かに乱れた髪を右手でかき上げた。
そこで不意に、ある言葉が頭に浮かんで来る。
『…このまま俺の猫に、ならないか?』
昨日、朝霧が口にした言葉。
(そう言えば…。あれはどういう意味で言った言葉なんだろう…)
『お前…。どうしても元に戻りたいか?』
真っ直ぐに見下ろしてくる視線に、その意図をはかりながらもドキリとしたのを覚えている。
(あの時は、ネコちゃんを救いたい一心だったから…)
流石に人であったことを捨てて子猫として生きていきたいなんて思ったことはない。
今までの人生を簡単にここで投げてしまえる程、生を受けてからの約十七年間は自分にとって嫌なものではなかった。
だけど…。
子猫になって朝霧に拾われてからの数日は、色々な意味でドキドキの連続で。こうして無事元に戻れた今だから言えることだとは分かっているけれど、正直楽しかったのは確かだ。
どちらかというと苦手だった朝霧の、学校では見えなかった部分を知れば知る程、心惹かれていくのを感じていた。
(でも、それは私が『猫』だったからだ…)
猫好きな朝霧が、猫にだけ見せる優しい顔。
でも、それなら何で子猫の中身が私だと分かった後で、あんなことを言ったんだろう。
(でも冗談だって言ってたしね。結局はからかわれただけかな…)
そう思ったところで不意に、その後朝霧が口にした言葉が頭の中に蘇って来た。
『お前がいないと学校もつまらないしな』
え…?
あれ…?
ちょっと待って?
何か、何気に凄いこと言ってない??
急にその時のことが思い出されて、今更ながらに心臓がドキドキと高鳴り始めてくる。
(あの時は朝霧がすぐに話を切り替えちゃったから、何気なく流されてしまったんだけど…)
よくよく考えたら、朝霧がそんなことを言うなんて。
カーーーーッ…と、思わず音が聞こえそうな程に頬へと熱が集中していくのが自分でも分かった。




