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暫く自転車を走らせると、前方に病院の明かりが見えてきた。
病院の建物自体は温かみのある黄色い明かりがガラス越しに数多く灯っていて、まるでホテルやマンションのように綺麗だったが、敷地内に入っても周囲に人は見当たらず、植えられた多くの木々が僅かな風に揺られているだけで、駐車場もガランとしていて何処か寂しい。
朝霧は薄暗い中、昼間と同様駐車場の奥にある駐輪場へと向かった。
駐輪場へ行ってみても、自転車がまばらに並んでいるだけで他に人の気配はない。
「着いたぞ」
朝霧は実琴をポケットに入れたまま自転車を降りると鍵を掛けた。
「みゃあ」
返って来た返事に小さく頷くと、ゆっくりと関係者用の通用口へと向かう。
子猫の傍へ行く…と簡単には言っても時刻は既に午後八時を回っており、普通に考えて病室へ向かうには遅い時刻だ。
だが、幸いにもこの病院は特に面会時間を決められてはいない。
夜間の面会をするにあたり、相部屋の場合は他の同室者に迷惑が掛かるので面会室等への移動は当然のことながら必要になるが、入る際に記名などをきちんとすれば、それ以外はわりと自由なのである。
だが、父親の話では辻原は昼間の騒ぎにより個室へ移ったと聞く。きっと看護師の目の届き易い部屋に移動させられたに違いない。
そんな状況にある患者の元へ、ただのクラスメイトがこんな時間に見舞いに来るのは流石に違和感があるだろう。
その為、あまり気は進まないのだが父親の名を借りることにした。
父に相談したい事がある旨を電話で伝えると。
『伊織くんが僕にわざわざ会いに来るなんて珍しいよね』
そう言いながらも父は特に詮索することもなく快諾してくれた。
『夜の八時以降なら会議も終わってるだろうし少し時間があるから、その時間で良ければおいで。受付には伊織くんが来ることを連絡しておくから通用口の方から入って来るんだよ』
そこまでしっかり手回ししてくれた父親に対して、若干の罪悪感は感じながらも。
(実際、辻原のことを相談してみるという選択肢もなくはないしな)
名前だけ借りて院内に入り、父との約束を放置するよりは、正直に話してみるのもいいのかも知れない。
(ま、親父が信じる信じないは別として、だがな…)
通用口の手前まで行った所で、朝霧はポケットから顔を出している子猫の頭を軽く指で押し込んだ。
「暫く大人しく入ってろ。ここで見つかったら元も子もないからな」
朝霧は、関係者用の通用口から病院内に入ると慣れた様子でエレベーターホールへと向かった。
(スゴイ、ある意味顔パスだ…)
胸ポケットの中でこっそり外の様子を伺っていた実琴は、受付の守衛らしき人に挨拶だけでスルーした朝霧に改めて感心していた。
(まぁ普通に考えて、院長ご子息…。次期院長候補にあたるんだもんね)
朝霧父としては、朝霧本人の意向に任せると言っていたけど。
患者が使用している一般のエレベーターとは違う場所にある、その職員専用のエレベーターで六階まで上がると、病棟とはまるで違った雰囲気のフロアに出た。
(へぇー…病院内にもこんな場所があるんだ)
人の気配がなさそうなので、実琴は少しだけポケットから顔を出して周囲を見渡していた。
見上げると朝霧と思わず目が合ったけれど、人がいないからか特にポケットに押し戻されるようなことはなかった。
朝霧はツカツカと足音を立てながら迷いなく何処かへと向かって行く。
(やっぱり全ての場所を把握してたりするのかな?すごいや…)
そうして一番奥に面した扉の前まで行くと、一呼吸置いてその扉を軽くノックする。
すると、すぐに「どうぞ」という朝霧父の声が返って来た。
「やあ伊織くん、いらっしゃい」
朝霧父は大きな執務机に書類を並べて未だに仕事をしている最中だったようだ。
だが朝霧の姿を確認すると、すぐに作業の手を止めて笑顔を向けてくる。
朝霧は、さり気なく「お疲れ様です。仕事中なのにすみません」と小さく挨拶をしながら部屋の中へと足を進めた。
「伊織くんがこの部屋まで来るのって、すごく久し振りだよね。いったい今日はどうしたの?何か相談事があるとか…」
そこまで言った所で、ポケットから僅かに顔を出していた実琴は思わず朝霧父と目が合ってしまった。
「あれっ?ミコちゃんも一緒なんだね?」
面白そうに笑顔を浮かべる父に、朝霧はバツの悪そうな顔をした。




