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(あ…朝霧っ?)
思わぬ人物の登場に、実琴は面食らった。
(朝霧が何でここにっ?)
すると、朝霧のすぐ後ろからバタバタという足音と共に別の声が聞こえてきた。
「大丈夫かいっ?その子の様子はッ?」
息を切らせて走り寄って来たのは、学校の主事さんだった。
朝霧は、その場でしゃがみこんで自然な動作で実琴(猫)を下ろすと、倒れている実琴の様子を伺っている。
「………」
「意識はないのかい?」
主事は、慌てた様子で朝霧の後ろから覗き込んだ。
「木から落ちたなら頭を強く打ってるのかも知れませんね。下手に動かさず、救急車を呼んだ方が良い」
「あ…ああ、そうだねっ」
主事は大きく頷くと、お尻のポケットから携帯電話を取り出して慌てて119番した。
少し向こうで電話している主事を眺めながら、実琴は途方に暮れた。
(何か、おおごとになっちゃった。どうしよう…)
そうして、ふと倒れている自分の姿に目をやると、途端に実琴は飛び上がって慌てた。
(やだっ!スカートがっ!)
裾が捲れていて、結構キワドイ。
実琴は、その捲れた部分を直そうと両手(前足)をわたわたさせた。
だが、上手く力が入らなかった。人のように握る動作が出来ないのだ。
小さな猫の手は、ただ布の上を虚しく滑るだけだった。
(ちょっ…どうすればッ?…そうだ!爪っ!猫と言えば爪だよねっ?うぅ…でも爪ってどうやって出せばいいの??)
悪戦苦闘している間にも、後方では主事が学校名を大声で伝えている。
風が強くなってきていて、どうやら声が届きにくいようだ。
だが、何にしてもこのままでは救急隊員やら人が沢山集まって来てしまう。
こんな恥ずかしい姿のまま、囲まれたくはない。
実琴は慌てた。
いや、木登りして落ちてる時点で十分恥ずかしいのだが。
すると…。
「おい、エロ猫。何をやっている?」
「にゃあ!」
実琴は再び首根っこを掴まれて持ち上げられた。
今度は目の高さまで上げられ、ジッ…と正面から見据えられる。
(え…エロ猫だと~!?)
その酷い言いぐさに頭に来て、実琴は暴れた。
(聞き捨てならんッ!お前って奴はッ!お前って奴は~ッ!この~ッこの~ッ!)
だが、小さな身体では大した抵抗にもならなかったようで、朝霧は冷めた視線で見ているだけだった。
そんな相変わらずの朝霧の様子に、逆に疲れ果てた実琴は脱力した。
観念したように大人しくなってしまった子猫に、朝霧は僅かに表情を緩めると、小さく独り言のように呟いた。
「もしかして、お前を助ける為にコイツは木に登ったのか?」
そうして倒れている少女を見下ろすが、ふと何かに気付いた様子で屈み込んだ。
「キミ、その子のこと知ってるかい?名前とか分かるかな?」
電話を終えた主事が朝霧に声を掛けた。
朝霧は、スッとその場を立ち上がると。
「二年B組の辻原実琴。一応クラスメイトです」
無表情のままに答えた。
(一応って何よ、一応って!)
すかさず実琴は突っ込みを入れるが、実際には「みゃあ」としか声にならなかった。
(でも…フルネームでちゃんと名前覚えてくれてるんだ?)
ちょっと意外だ。
「二年B組、辻原さん…だね?担任の先生にも連絡して、この子の親御さんにも連絡入れて貰わないと。キミ、悪いけど内線連絡してくる間、ここにいてもらえるかな?じきに救急車が来るからっ」
そう言うと、主事の男は朝霧の返事を待たずにさっさと校舎の方へ走って行ってしまった。
「おい、…何で俺が…」
朝霧は不満を口にしたが、小さなそれは風の音にかき消されてしまうのだった。




