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『あああ…悪霊って…っ。じゃあやっぱり幽霊っ?ホンモノのっ…?』
あわあわと慌てふためく実琴に、女性は何でもないことのように言った。
『そうね。残念ながら生身の身体を失ってから結構経つわね』
実琴は信じられないというように暫くその目の前の女性を見上げていたが、足がないという以外に普通の人と変わらないその様子に次第に落ち着きを取り戻していった。
『でも、幽霊さんが…何で?』
『何故あなたの名前を知っているかってこと?そうね、ここじゃいつ人が来るか分からないし、一旦場所を移しましょうか。私について来て』
『あ…はい…』
若干戸惑いつつも実琴は言われるままに、その女性の後をついて行くことにした。
その幽霊であるらしい女性に案内されたのは、実琴の入院病棟からすぐ近くの屋上だった。
そこは、病院の関係者以外立ち入り禁止とされている立て看板の先にある関係者のみが知っているような小さな屋上で、誰かが出入りしているのか僅かに扉が開いていた。
『ここなら、そうそう人も来ないし、すぐに見つかることはないかな』
扉から死角になる場所まで来ると、女性は自ら確認するように呟いた。
まるで知り尽くした場所のように…。
実琴の中では、この女性に対しての怖さとかそう言ったものは既になく、浮かんだ疑問を自然と口にしていた。
『お詳しいんですね。こんな場所を知っているなんて…』
すると、その女性は少し困ったように微笑むと、
『この病院は色々な意味で私にとって馴染み深い所なの』
そう言って、そこから見える景色を見渡すように視線を流した。
遠くを見つめるその横顔は決して暗いものではなかったが、実琴は何だか複雑な気持ちになってしまった。
(『色々な意味で』って何だか意味深な言い回し…だよね。もしかしてこの病院で亡くなったとか、そういう意味も含まれていたりするのかな?)
そして霊としてここに存在しているということは、何かこの世に心残りでもあったりするのだろうか?
勝手な想像をして重たい気持ちになってしまった実琴に反するように、その目の前の女性は柔らかな微笑みを浮かべて振り返った。
『そんなことより、あなたのことよ。ミコちゃん。私、あなたのこと探してたの』
実琴の視線に合わせるように傍へとしゃがみ込む。
その幽霊にしては不釣り合いな程にキラキラした悪戯っぽい瞳で見つめられて実琴は焦った。
(そうだった。この人何で私の名前…)
『あの、何で…?』
『私、ずっとミコちゃんのこと見てたのよ』
『ずっと…?』
『そう。朝霧の家から…ね』
『え…?』
思わぬ人物からの思わぬ言葉に。
実琴は目を丸くして固まってしまった。
『朝霧、の…?』
その実琴の驚きように女性はクスクス笑うと、自己紹介をするように言った。
『私は、この病院の院長である朝霧京介の守護霊なのっ』
『しゅ…守護霊??それに朝霧…きょうすけって…』
守護霊なんてものが本当に存在するんだという驚きと。
(院長ってことは、もしかして…もしかしなくても朝霧のお父さんのこと…だよね?)
朝霧父が京介という名であるいう、別段知らなくても何ら困らない情報に小さな関心を覚えていた。
そんな実琴を他所に、女性は実琴(子猫)の頭をそっと優しく撫でながら口を開いた。
『探していたのは京介があなたのことを気にしていたから…っていうのもあるけど、実はずっと見ていて気になっていたのよね』
『?』
『何で猫ちゃんに人間の女の子が憑いてるんだろうって』
『……え?』
『いえ、『憑いてる』というよりは『入ってる』と言った方が正しいかしら。でも、ここに来てやっと解ったわ。あなたの本当の身体は、この病院で眠っていたのね』
『……っ…』
実琴は驚愕した。
まさか自身に起きている、この…自分でも良く分からない不可思議な状況に気付いてくれる者がこの世に存在するなんて思ってもみなかったから。
いや。実際は、この世の者でもないのだが。
しゃがみこんだまま、優しく微笑み掛けてくる女性に実琴はおそるおそる聞いてみた。
『どういう…こと、ですか?守護霊さんには私のことが見えているの?どうして私が人間だって分かるんですか?』
信じられないというように瞳を揺らして見上げてくる実琴に、女性はクスリ…と小さく笑った。




