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どうやら、四階から上が入院病棟になっているらしい。
(えーと、今いるのが二階だから…。あれ?でも、この病院って何階まであったっけ?えーと…六階か。ってことは、四階から六階までが全部入院病棟ってことっ!?)
それこそ、片っ端から探すなんて到底無理な部屋数なのではないだろうか。
(うーん…どうしようかな。とりあえず上がってみる?)
奥の方に見えている階段に目をやる。
表立った場所にエレベーターが数台設置されているので、端にある階段を使う者はあまりいないようだった。人通りもなく静まり返っている。
(でも、いざ人が来ちゃったら隠れる所もないよね。危険かな…?)
そんなことを考えながら、何気なく視線を横に向けた時だった。
飲み物の自動販売機の前に見知った後ろ姿を見つけた。
(え…。あれって、もしかして…。たける??)
ガシャン…という音と共に出てきたペットボトルを屈んで取り出し、振り返ったその顔は自分の良く知る弟のそれであった。
(何で武瑠がこんな所にっ?)
というか、この状況では明らかに自分のお見舞いに来てくれたに違いないのだが。
(武瑠がわざわざ来てくれるなんて…。意外に良いトコあるんじゃん♪)
二本の飲み物を購入後、一旦エレベーターホールへと足を向けたが混み合っていたのか、こちらへ向きを変えて歩いて来る。
これは、大きなチャンスだ。
(後をついて行くしかないよね)
予想していた通り階段へと足を向ける武瑠に、実琴はベンチ下からそっと出て行くタイミングを見計らっていた。
上の階へと向かう途中、踊り場を過ぎてその姿が見えなくなると同時に、すぐさまロケットスタートで駆け出す。
駆けながら後方をチラリと振り返ったが、特にこちらに視線を向けている者はいないようだ。
(大丈夫。誰も気付いてない!)
だが、階段を駆け上がり始めると階段の構造上、首に付けた鈴の音が思いのほか響き渡ってしまい、実琴は焦った。
とりあえず踊り場の角まで行って立ち止まり、そっと上を見上げると案の定音が気になったのか何気なくこちらを振り返っている武瑠の姿があった。
だが、特に足を止めることなく三階を通過して再び階段を上がって行く。
そうして、武瑠は四階のフロアで左に曲がって行った。
(病室は四階ってことか…)
階段の隅で周囲を伺いながら、とりあえず武瑠の後ろ姿をそのまま見送る。
本当なら部屋の場所まで確認したかった。
でも、今ここで出て行くことは難しそうだ。
長く続く廊下は見通しの良い広々とした造りで、だが患者が徒歩や車椅子で移動しても邪魔にならぬよう、当然のことながら余計な障害物は何もない。
つまり身を隠す場所がないのだ。
(でも、何だろう…。感じる…。この近くに自分がいるって分かる気がする…)
きっと、心と身体がどこかで繋がっているのかも知れない。
(こんな風に感じるってことは、猫ちゃんの方にだって何かしら届いているのかも…)
それに気が付いて運よく目覚めてくれたら良いな…などと都合の良いことを考えていた、その時だった。
『ミコちゃん、みーつけた』
突然、頭上から声がした。
『…えっ?』
慌てて見上げると、すぐ目の前に女性が立っていた。だが…。
(だ…誰?)
見たこともない、知らない顔。
整った顔立ちをした綺麗な女性で、驚き戸惑っている実琴を見下ろして穏やかな微笑みを浮かべている。
(何で…?今、ミコって言った??)
何故、自分(猫)の名前を知っているのか。
実琴の中では、ここで人に見つかってしまったという事実と、目の前の謎の人物の突然の登場に混乱と焦りとが綯い交ぜになっていた。
何よりも、この女性に対しての違和感がどうしても拭えない。
(こんなにすぐ目の前にいるのに、声を掛けられるまで全く気付かなかった。それに…)
最大の疑問。それは…。
(なんで…っ何で…この人、足がないの~~~~っ?!)
そんな実琴の心の叫びが聞こえたのか、はたまた自分の足元を見つめて戦慄いている実琴の言わんとしていることを理解したのか、思わず声を上げそうになった実琴の口元を『シーッ』…というように押さえ込むと、彼女は笑って言った。
『ふふふ…驚かしちゃってごめんなさいね。別に悪霊とかの類ではないから安心して』




