7-1
…夢を見ていた。
先程から、夢だという自覚が何故だか自分の中にあった。
「アイツ…何処へ行ったんだ?」
ずっと、薄暗い一本道をひたすらに歩き続けている。
此処が何処であるとか、そんなことは何も気にはならず、ただ探していた。
…そう、あの小さな子猫を。
またカラスに襲われたりしていないか。
ふと、そんな心配が頭をよぎるが、周囲にカラスなどの気配は何もなく、しん…と静まり返っている。
だが、それさえも特別気にはならない。
それでも、この先に子猫がいることが分かっているかのように、足を止めることなく前へと運び続ける。
「アイツの行動は読めないからな…」
思わぬ所から今にも飛び出して来そうだ。
俺は自分でも動物好きだという自覚はある。
だから素直に子猫を可愛いと思っているし、成り行きとはいえ飼うことになったのを後悔なんかしていない。
むしろ動物を飼うということそのものが懐かしく、少し嬉しかったぐらいだ。
だが、見た目は可愛いふわふわの小さな子猫だが、アイツはどこか変わっている。
俺の中では、ヘンな猫だという認識は消えずにいた。
とても感情が表に出やすく表情が豊か。
猫だって生き物だ。
どんな奴にだって性格はあるし、その時々で態度や表情を見せるのが普通だ。
だが、あの子猫は『何か』が違うと感じていた。
例えば、こちらを見上げて来るあの瞳。
物言いたげな顔…というのはどんな動物でもあるものだとは思うが、普通のそれとは少し違う気がするのだ。
まるで、こちらの言葉を全て理解しているかのような…。
何もかもを分かっていて訴えて来るような、そんな瞳。
思わず子猫の、その真っ直ぐな瞳を思い出しかけた所で、朝霧は不意に足を止めると頭を軽く振った。
「らしくないな。それだけではあまりにも漠然としてる」
自分でもそれは解っているのだ。
だが、普通「じっとして、そこで待っていろ」と言われても、動物がそれを守ることは難しい。
長く生活を共にし、飼い主との意思疎通が既に出来ているような犬や猫とかであるなら、まだ話は別だが。
だがアイツはまだ生まれて2、3カ月程度の小さな子猫なのだ。
性格にもよるが、基本的に子猫は何事にも興味津々で普通なら一定の所にさえ留まっていることは難しい筈だ。
だが、アイツは「待ってろ」と言えばじっ…とこちらの様子を見ながら待っている。
「いくぞ」と言えば、すぐに返事をしてついて来る。
それも後を追いかけて来るのではなく、横について歩くのだ。
そこまで考えかけて再び朝霧は足を止めた。
「もしかして…。これは『親バカ』ならぬ『飼い主バカ』という奴か?」
何だか自分の考えてることが子猫可愛さからのひいき目…。
いわゆる盲目的な見解になっているような気がしてきた。
「…まったく。本当にらしくない…」
そう、ひとり呟きながらも。
(たまには、そういうのも悪くないのかもな…)
なんて思っていた。
だって本当に可愛いのだから仕方がない。
(ま、アイツの場合『可愛い』というよりは『面白い』だけどな)
思わず、あの小さな姿を思い出してクスリ…と小さく笑った、その時だった。
チリリ…
何処かから小さな鈴の音が聞こえてきた。
「あの音は…」
聞き間違える筈もない。
(あれは、俺がアイツの首に付けてやった鈴の音だ)
この一本道の奥、暗くて見えないその先から音は聞こえてくるようだった。
その音色に誘われるように朝霧は足を早めた。
薄暗い道筋の先を目を凝らすように歩いて行くと、不意にそこに一人の人影が佇んでいるのが見えてきた。
(…誰、だ…?)
ゆっくりと近付いて行くと、それは見知った人物であることが分かる。
高校の制服を身に纏っている、同級生の少女。
「お前…。辻原…?」
実琴は穏やかな笑顔を浮かべた。
何故一人でこんな所にいるのか、とかそんな疑問は特に浮かんでこなかった。
とりあえず、そこに彼女がいたので子猫の居場所を知らないか聞いてみることにする。
すると、辻原はふわりと笑って道の先を指さした。
そして何かを話しているようなのだが、何故か声だけが耳に届いてこないのだった。




