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カワイイ子猫のつくり方  作者: 龍野ゆうき
思いもよらぬ接点
30/73

6-5

「そういえば旦那さま。今回、少しはごゆっくり出来るのですか?」


そんな千代の言葉に、朝霧父は申し訳なさそうに眉を下げた。


「それがね、実は明日の朝イチで病院の方に戻らなければならないんだ。外せない大切な会議があってね。その際に必要な書類が家にあるので今日はそれを取りに戻ったんだよ」


「まあ!明日の朝一番でございますか?それはまた、随分とお早い…。少し位ゆっくりされる時間がありませんと、お身体に毒でございますよ。どうかあまり無理なされませぬよう気を付けてくださいませ」


「ありがとう、千代さん。気を付けるよ」


千代は朝霧の父にとっても、まるで母親のような存在であるようだ。


「お風呂のご用意も出来ておりますよ。今夜ぐらいは、ごゆっくりされたらいかがですか?」


「うん、そうだね。それじゃあお言葉に甘えて久々の我が家の風呂に、のんびり浸かって来ようかなぁ」


そう言って立ち上がり、軽く伸びをしたその時。


突然思い出したというように朝霧を振り返った。


「あっと…そうだった。そう言えば伊織くんに聞きたいことがあったんだった」


「…聞きたいこと?」


「実は先日、うちの病院に救急搬送されてきた女の子がいたんだけど…」



(……え?…)



「その子伊織くんと同じ学校でさ、確か学年も同じだったと思うんだよね。何か話とか聞いてないかな?」





(どうしよう…。…どうしよう?)



実琴は先程から落ち着かない様子で、部屋の中を行ったり来たりしていた。


この行動に本人の自覚はなく、そこからは実琴の隠しきれない動揺が見て取れるのだが、部屋の主である朝霧はというと、先程からその子猫の様子に気付きながらも敢えて見て見ぬふりをし続けていた。


ソファの上で横になりながら、雑誌なんかを広げている。


その前を何度目になるのか、再び小さな猫がてくてくと横切って行く。



(まさか、こんなに突然話が進展するなんて嘘みたい。私の入院先が、まさか朝霧の家の病院だったなんてっ!こんな偶然てあるのっ?)


その衝撃の事実に。


正直びっくりし過ぎて、あの後どうやってこの朝霧の部屋まで戻ってきたのか覚えていない程だ。






「それって、もしかして…辻原のこと…か?」


「あれ?もしかして、伊織くんの知ってる子?」


「一応、同じクラスだ」


「へえ、それなら話が早い。実はその子、木から落ちたらしくて気を失って運ばれて来たんだけど…。学校で何か噂とか聞いてないかな?原因とか、落ちた時どんな様子だったとか…」


「一応、第一発見者を知ってる…」


「本当?実は未だに意識が戻らなくてさ。頭部を打ってはいるんだけど目立った外傷はなく、検査結果も特に問題はないみたいなんだよね。なのに目覚めないっていうんで、医師の間でも少し心配の声が上がっているんだ」


「…約2、5m程の高さの枝の上から風に煽られて後ろ向きにバランスを崩して落下。だが、発見された時の体制は左側を地面側に横向きに倒れていた。その時から彼女の意識は既になかった」


「へぇ?詳しいね。見てきたように言うんだね?」


「俺が第一発見者だ」


「…は?」


「………」




その後も二人のやり取りは続いていたけれど、実琴は自分の中の気持ちを整理するのに必死で、ろくに二人の会話は耳に入って来なかったのだった。



思わぬ繋がりに驚いて動揺してしまったけれど。


でも考えてみたら、これは明らかなチャンスだ。



すぐに行かなければならない。そう、思った。


『自分』が入院している病院へ。



そして、その為には…。


明日の朝一で病院へ戻るという朝霧の父親の車に一緒に同乗させて貰うことが一番の近道になる。


…という訳で。



(これは、どうにかして潜入するしかないよねっ)



仕事の荷物か何かに潜むか、車に乗り込む所を狙うか。


だが、よくよく考えてみたら後者は見つかる危険も多く、何より首に付けた鈴の音が鳴ってしまう可能性が大きい。


(それなら、前もって荷物に紛れるしかない)


実琴は決意を固めた。



(…でも…)



自分にとって、次に行動すべき道がやっと開けた筈なのに。


何かが心の片隅に引っ掛かっているような、どこかやるせない気持ちがするのは何故なんだろう。



その時、何気なく振り返った先の朝霧と、不意に目が合った。



(…朝霧…)



朝霧はフッ…と僅かに口の端だけ上げて笑うと。


「…もう気が済んだか?」


『…え…?』


驚き固まっている実琴をよそに軽いフットワークで起き上がると、手にしていた雑誌を横へと置いた。


そうして、今度は身体を乗り出すようにして自分の膝の上に肘を付くと、手を組みながらこちらの様子を窺うような素振りを見せる。



「何か、迷ってるのか?お前…」



そうしてこちらへと向けられる、その思いのほか真っ直ぐな瞳に。


実琴は思わず自分が猫であることすら忘れて固まってしまった。


明らかに自分へと向けられたその言葉に、どう反応したら良いか分からなかったのだ。


だが、それさえ見越していたかのように朝霧はクスッ…と笑うと。


「お前…猫のくせに感情が表に出すぎ。急に落ち着きをなくしてウロウロしてるかと思えば不意に落ち込んでみたり、固まったり…。ホント見てて飽きない奴だよな」


そう言って、今度は優しい笑顔を見せた。


そうしてソファに腰を下ろしたまま、こちらにゆっくりと手を伸ばすと、硬直しているままの実琴をそっと抱え上げる。


『…朝霧…』


「ほら…その顔。そんな不安そうな顔するな」



(…えっ…?)



そうして朝霧は「何も心配ない」…と優しく撫でてくれる。


抱き締め、優しく包み込んでくる朝霧の、その温かさに。


実琴は何故だか泣きそうになった。


「そんなに不安なら、俺の傍にいればいい」



(…あさ、ぎり…っ…)




私は、自分の気持ちに気付いてしまった。


…解ってしまった。



元の自分に戻りたいと…。


『辻原実琴』に戻りたいと、本気でそう思っているのに。



だけど。



こうして朝霧の傍で、子猫のままでいたいと思ってる自分も、実は少なからず存在しているということに…。




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