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本当に小さくて「みゃあみゃあ」と鳴くその鳴き声からも、まだ生まれてから然程経っていないのが判る。
「どうしたの?…もしかして、降りられないの?」
実琴はすぐ真下まで行って見上げると、声を掛けた。
小さく震えているその姿を見る限り、とても自分の力で降りて来られるとは思えない。
背伸びをして手を伸ばしてみるが、全然届かない距離。
「っていうか、どうやってそんな所に登ったのよ?」
親猫にくわえられて登ったのか。それとも、カラスか何かに連れて来られてしまったのだろうか。
周囲を見渡してはみるが、協力してくれそうな人影はどこにも見当たらない。
「うーん…。これは、木登りするしか方法はないか…」
実琴は誰に言うでもなく呟くと、その樹の下に自分の鞄を置いた。
(でも、大丈夫。お任せあれ!木登りなら任せといて♪)
子どもの頃よく、登ったんだよね。
こんな所で、昔のお転婆スキルを発揮できるとは思ってもみなかったけれど。
(ちょっと制服が汚れちゃいそうなのが気にならなくはないけど…。この際、仕方ないよね)
実琴は慣れた様子で、その樹に登り始めた。
子猫のいる枝まで辿り着くと、実琴はそっと手を伸ばした。
だが、僅かに子猫まで手が届かない。
(もう少し身を乗り出せれば届きそうなんだけど…折れないかな?)
それがちょっと心配だった。
自分の重みで軋む枝。
そうして枝が揺れることで子猫が落ちてしまわないか、それさえも不安だ。
実琴は不安定な体制のままで出来る限り腕を伸ばすと、驚かさないようにそっと優しく声を掛ける。
「おいで。怖くないから…」
子猫がそれに応えるように、小さく「みゃあ…」と鳴いた。
「大丈夫だよ。今、助けるからね」
子猫が乗っているのとは別の枝に何とか手を掛けると、もう片方の手を思いっきり伸ばす。
(これなら届きそう…)
「ネコちゃんっ」
怯えるような子猫の瞳と視線が絡み合った瞬間、何とかその小さな身を手のひらの中へと捕らえた。
途端に、驚いたように僅かに手足をバタつかせる子猫だったが、実琴がすぐに自分の胸に抱えるようにすると温かさに安心したのか、すぐに大人しくなった。
「良かった…。怖かったよね」
実琴はホッとした様子で笑みを浮かべた。
だが、次の瞬間。
突然、ゴォーーッと唸る程の突風が吹き荒れた。
「きゃあッ!」
不意のことでバランスを崩した実琴は。
抱き抱えた子猫もろとも、木の下へと真っ逆さまに落ちていくのだった。
(…イタタ…)
やだ…私、うっかり木から落ちちゃった??
何てドジやらかしちゃってんのよ。
不意に風に煽られたとは言え、そのドジ加減に後悔しかない。
(っていうか、そうだ!ネコちゃんはっ!?)
あの震えていた、か弱い小さな身体のことが心配になり、気合いを入れるように朦朧としていた頭をぷるぷると振った。
途端に頭の奥がズキズキと痛む。
(う…。頭打ったのかな?もしかして、私…一瞬気を失ってた??)
でも、まずは自分のことより子猫の安否が心配だ。
咄嗟に守るように抱えはしたが、うっかり怪我なんかさせてしまっていたら、それこそ後悔しきれない。
嫌な考えが頭をよぎって、とにかく子猫を探そうと慌てて身体を起こそうとしたが思うように起き上がれなかった。
(ちょっ…何か重いものが乗っかっててッ!)
うつ伏せに倒れている自分の背の上に、とてつもなく大きなものが乗っかっている。
(何なの、これっ?こんな大きなもの…何処から??)
初めは太い枝でも折れて、それに挟まれてしまっているのかと思った。
でも、それにしては柔らかい。
それに温かいのだ。そして感触からして大きな布に覆われている感じだった。
先程の突風が何処からか運んできたのだろうか?
(それにしちゃ、デカ過ぎ…)




