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自分の家の場合は、狭い分家族四人揃って食卓を囲えばテーブルの上は然程料理の品数が多くなくとも皿が所狭しと並び、人口密度も必然的に高くなる。
それでも家族皆が顔を合わせ、何気ない会話をしながらの食事は穏やかで何処か温かいもので。そういう時間が自分は好きだった。
そんな自分にとっては日常的である家族との団らん風景が、この家にはなかったのだ。
少なくとも、この二日間は。
(流石に、いつもって訳ではないのかも知れないけど…)
それぞれの家庭の事情があるのは勿論解っている。
それでも、どこか慣れたように平然と一人でテーブルに着いている朝霧を見ていると、何故だか言いようのない切なさが込み上げて来るのだった。
(…朝霧)
実琴は堪らなくなって千代の腕の中からするりと抜け出すと、そのまま朝霧の座る椅子の横にちょこんと座った。
「あらっ?猫ちゃん、急にどうしたの?」
それに答えるように実琴が「みー」と小さく鳴くと、千代は嬉しそうに両手を合わせて言った。
「もしかして…そこでお食事したいの?猫ちゃんは坊っちゃまのことが大好きなのね。でも…そうよね、お食事は誰かと一緒の方が美味しいものね。今ミルクを温めてくるから良い子で待っててね」
千代には自分の言いたいことが伝わったらしい。
ちょっぴり嬉しくなって何気なく視線を上げると、朝霧が物言いたげな表情でこちらを見下ろしていた。
そんな朝霧の顔を見ていたら、言葉が伝わらないと分かっていながらも実琴は口を開かずにはいられなかった。
『一人で食べるよりは、さ。誰かと一緒の方がきっと何倍も美味しいよ。だからね、今だけ私が家族の代わりになってあげる。まぁ…そんなこと言っても、きっとアンタはいつもみたく「余計なお世話だ」って言うんだろうけどさ』
すると、朝霧が僅かに目を丸くした。
別に言葉を理解した訳ではないんだろう。
ただ、突然「にゃーみゃー」語り出した子猫に興味を持った程度のことだろうとは思う。
それでも、その表情が何だか朝霧らしくなくて面白くて。
実琴は思わず笑顔になると、ここぞとばかりに言ってやった。
『普段から、そんな風に自然にしてればいいのに…。本当に勿体ないね』
それこそ、その言葉の意味は勿論、笑顔を浮かべていることさえ朝霧には伝わっていないのだろうけれど。
実琴は何だか嬉しかった。
詳しいことはまだ分からないけれど、こういう環境や様々な境遇から今の朝霧があるんであろうことを僅かながら知ることが出来たし。
そして、何より少しだけ…。
この無愛想なクラスメイトを身近に感じることが出来た気がして。
そうして、二人が食事を終える頃。
突然、遠くで電話のベルが鳴り出した。
「あらあら、誰かしら」
直ぐに電話の元へと向かい、応対している千代の声が暫く奥の部屋から聞こえていたが、話を終えるや否や彼女は嬉しそうに戻って来た。
「伊織坊ちゃま、明日旦那様がお帰りになられるそうですよっ」
「…親父が?」
朝霧の反応には僅かに驚きが含まれているようだったが、その表情はいつもの仏頂面だった。
(朝霧のお父さんって、どんな人なんだろ…)
翌朝、実琴は朝霧の部屋のソファの上で丸くなって考えていた。
傍では千代が慣れた様子で、先程から鼻歌なんかを歌いながら部屋の掃除に取り掛かっている。
朝霧は既に学校へと出掛けて行った後だ。
本当は今日も学校へ行こうかと思っていた。
昨日のように朝霧のポケットに強引に入り込みさえすれば、もしかしたら朝霧は「仕方ないな」っていう態度をしながらも自分を連れてってくれるのではないかと思ったから。
でも、そんな行動を読まれていたのか今朝、朝霧に何気なく釘を刺されてしまった。
「外へ出る出ないはお前の自由だ。だが千代さんが、また心配して大騒ぎするかもな?ああ見えてあの人は結構なお年なんだ。あまり心配掛けるのは酷だぞ」
そう言って、最後にニヤリと人の悪い笑みを浮かべて。
(でもって、そんなこと言うわりには、ちゃっかりベランダの窓は開けて行くっていう…。イヤミかっ!?可愛い子猫を惑わして何か楽しいんかーっ!!)
実琴は、朝霧の余裕そうな笑みを思い出してソファの上でひとりゴロゴロと転がって悶えた。




