5-3
その時、突然真後ろから声が掛かった。
「…何を百面相してるんだ。外に何かあるのか?」
『わっ!朝霧っ?』
いつの間に傍に来ていたんだろう。
(全然気付かなかった…)
どうやら、考え込んでいる様子をずっと見られていたらしい。
朝霧が制服を着替えようとしていたので、今回は出来るだけ見ないようにして窓台へと上り、敢えて外を眺めていたのだけど。
とっくに着替えは済んでいたみたいだ。
朝霧は窓台に手を付き、実琴の目線に合わせるように体勢を低くしながら同じように外を眺めていたが、不意に視線をこちらに向けると真面目な顔をして言った。
「お前は、いったい何者だ…?」
『!!』
その言葉に実琴は瞬時にピキッ…と身を固めた。
(ななな…っ!何か私…疑われるようなことしちゃったかなっ!?)
内心でだらだらと冷や汗をかいている実琴をよそに。
朝霧は、突如背筋をピンと伸ばし緊張状態に入った目前の子猫を見て、思わずこらえきれない様子でクスッ…と笑った。
「何だその反応…。お前って…本当に面白いヤツだな」
(え…?)
不意をつかれたその柔らかな笑顔に思わず釘付けになる。
朝霧は心底可笑しそうに、だが静かに笑うと。
「こうして見てると、お前はまるで俺の言葉を全て理解してそうだな」
そう言って、固まっている自分の頭を優しく撫でてくれた。
やはり猫(動物)に対して、朝霧は優しい。
それを今日一日で、もの凄く実感してしまった実琴だった。
それに朝霧に対しての自分の印象も随分と変わったように思う。
(だって、朝霧がこんなに優しい顔で笑うなんて思いもしなかった…)
普段、学校では見せることのない朝霧の一面。
基本的に気持ちが表情に表れにくい方なのだろうとは思う。
でも、多分それだけじゃない。
学校での朝霧は、本当にいつだってつまらなそうにしていて。
特に何事にも興味がないという様子でいたから。
(学校自体あまり好きじゃないのかも。全然学校生活を楽しんでる感はないもんね…)
それでもコミュニケーション能力が足りないという訳ではなく、決して協力的でない訳でもなくて。
やらなければならないことはキッチリとこなすし、皆をまとめる統率力を持っているのだから。
(何だか勿体ない…。その一言に尽きる気がするなぁ…)
もしかしたら、朝霧は『人』があまり好きじゃないのかも知れない。
でも、それには理由があるような気がしていた。
朝霧家では食事の時間がほぼ決まっているらしく、朝霧はふと時間を確認すると読んでいた本をソファへ置いて自室を後にした。
階下へ降りる際に朝霧に抱きかかえられながら実琴はこっそりと、その整った顔を見上げた。
実は、昨日から少し気になっていたことがあるのだ。
食堂として使われてるらしい大きめの長テーブルのある部屋へと朝霧が足を踏み入れると、そこには千代がいて。
テーブルの上には既に一人分の食事が用意されていた。
「伊織坊ちゃま、丁度いいところに。今お声を掛けに行こうと思っていたところでしたのよ。ささ、どうぞ温かいうちにお召し上がりくださいな」
千代は、いつもの優しい笑顔で朝霧を迎えた。
「ありがとう」
そして朝霧に抱えられている実琴にも千代は声を掛けてくれる。
「あなたにもミルクを用意してあげましょうね。さ、いらっしゃい」
そう言って自然な動作で朝霧の手から実琴を受け取る。
「みゃー」
「いい子ね」
千代に抱えられながら朝霧を振り返ると、朝霧は一人テーブルに着いたところだった。
テーブルの上には自分の家とは明らかに違う、ちょっぴり豪華で見るからに美味しそうな料理が沢山並んであった。
(千代さんってスゴイ。あんな料理も作れちゃうんだ…)
感心するところは沢山ある。
でも、そうじゃない。
そう。
実琴が気になっていたのは、まさに『これ』だった。
昨日からこの家にお世話になっているが、実は朝霧と千代以外の人間をまだ見ていないのだ。
(いつも、そうやって一人で食事をしているの?お父さん、お母さんは…?)
広い部屋の広いテーブルに、一人分の食事。
気にならない方がおかしかった。




