5-2
いくら得意のお転婆スキルを総動員させようとも、命に関わるとなれば話は別で。
やっぱり怖い。そう思った。
それに、これは自分だけの身体ではないのだから。
(ちゃんと、あの子猫ちゃんに元気な身体のまま返してあげないとね)
戻れるかどうかなんて分からないけれど。
実際にこうして自分が猫になってしまっているという現実がある以上、思いもよらない不可思議なことは起こり得るのだと思うことにした。
(とりあえず…『私自身』は、まだ入院してるってことだけは分かったし。それだけでも進展…かな)
実は、放課後の帰り道。朝霧の制服のポケットに入れられた後に、朝霧と友人が話しているのを聞いていたのだ。
「え?実琴の家…?」
「…ああ」
クラスで実琴と仲の良い友人の紗季[さき]は、昇降口で突然朝霧に声を掛けられ戸惑っている風だった。
朝霧は、その外見から女子に人気は高いが何より『怖い』というイメージが先行しているらしく、紗季も同クラスでありながら、ろくに話したことさえないと言っていた。
そんなこともあり、普段とは違い紗季の声からは緊張気味なのが伝わってくる。
「ネコは…飼っていないと思うよ?確か、実琴のお母さんが動物苦手とかで飼えないんだって言ってた」
「…そう、か」
(朝霧…やっぱり、私の飼い猫なのかと思ってたんだ…)
「でも…実琴自身は動物好きだよ。多分…ネコも好きだと思う」
「……ふうん…」
朝霧は暫く何かを考えるようにしていたが、少し離れた所に紗季のことを待っている友人がいることに気付くと、
「引き留めて悪かったな。じゃ…」
手短にそれだけ言って、その場を後にしようとした。
だが…。
「あっ待って!朝霧くんっ」
意外にも紗季がそれを引き留める。
「…?」
「あのっ朝霧くんは昨日の…実琴の第一発見者だったんでしょう?誰かが言ってたの。実琴が救急車で運ばれた時、傍に小さなネコがいたって…。もしかして実琴はそのネコを助けようとして木に?」
控えめに聞いてくる紗季に。
「さあな」
朝霧はぶっきらぼうに返答した。
「俺は遠目にアイツが木から落ちるとこを見ただけだ。…確かにそれらしい猫はいたがな」
「そう、なんだ…」
紗季はどこか苦笑を浮かべている様子だった。
「あの子…そういうの放って置けない質だから。らしいと言えばらしいけど…」
「それで自分が怪我してたら世話ない」
そう切り捨てるように言って背を向けた朝霧に、紗季は「そうだね…」と呟いただけだった。
二人の会話は、それで終わりだったのだけれど。
離れていく紗季と友人との会話の中で、
「辻原さん、入院してるんだっけ?」
「うん、まだ意識が戻ってないって…」
そんな言葉が耳に届いて来たのだった。
実は、意識が戻っていないと知って少しだけホッとした自分がいた。
(そんな私って最低、かな…)
実琴は窓の外を眺めながらうずくまるようにした。
子猫の安否は勿論気になる。
でも、逆に目覚めていない今ならまだ間に合うのではないかと思ったのだ。
(それに、今の私と同じように猫ちゃんが自らの意思を持って『実琴』の身体で動き回っていたら…)
ハッキリ言って怖い画しか浮かばない。
実琴の頭の中には、自分自身が四つん這いで生魚をくわえて走り回っている姿が浮かんでいた。
(いや、それじゃただのイタイ人だから!)
そんなある意味恐ろしい想像を打ち消すように、実琴は頭をぷるぷると振った。
でも猫になった自分は、自身の意識はそのままでも二足歩行出来ないし、人の言葉も話せない。そして逆に猫の言葉を理解し、話せている。
(ってことは、猫ちゃんも人の言葉を話せるのかも?)
だが結局は、傍についているであろう家族を認識することも出来ず、頭の打ちどころが悪かったなどと色々検査に回されてしまいそうだ。
(そうなったら猫ちゃんは…知らぬ場所で見知らぬ人に囲まれて、きっと不安になっちゃうよね…)
それこそパニックに陥ってしまうかも知れない。
(だって、まだこんなに小さいんだもの…)
実琴はガラス窓に映る自分の姿を見つめた。
そこには、ふわふわの幼い子猫が不安げな瞳を揺らしている姿が映し出されていた。




