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家を出る時には部屋にいたコイツが今此処にいるということは。
どんな手段を使ったかは別としても、家からここまでわざわざやって来たということになる。
そして普通に考えるならば、手段としては歩いて来た…と考えるのが自然なのだが。
自らの足で。
家からこの学校までの道のりを?
この、まだ見るからに幼いふわふわの子猫が…?
そこには違和感しか感じない。
それに、そもそも何故この場所なのだろうか?
家からの距離は決して短いとは言い難い。
道のりも決して単純な道筋などではなく、偶然この場所へ辿り着いたというには、あまりにも出来すぎではないのか。
(変わった猫だとは思っていたが…。これは、あまりにも…)
朝霧は不思議なものを見るように手の中の子猫を見下ろした。
視線を感じたのか、子猫もどこか物言いたげな瞳で見上げて来る。
その時、子猫の首元の鈴が控えめにチリリと鳴った。
その音に朝霧はふと、我に返る。
今は体育の授業中だった。
いい加減戻らなければ、そろそろ教師が戻ってくる頃だろう。
「…仕方ない」
朝霧は小さく呟くと。
「少しだけ我慢していろ」
そう言うと、自らのジャージの上着ポケットに子猫をそっと入れた。
大きさ的には問題なく、子猫はすっぽりとポケットの中に納まっている。
苦しげでないのを確認すると、朝霧はサッカーコートへと足を向けた。
朝霧のポケットの中で。
実琴はそっとその隙間から僅かに見え隠れする、揺れる景色を眺めていた。
まだ心臓がドキドキしていた。
カラスに襲われるという恐怖。
確かに人の姿であっても、カラスは何処か怖い存在ではある。
賢い知能を持ち、身近に存在する鳥の中では大きさもある。その大きなくちばしにうっかり突かれようものなら普通に危険だ。
(でも、そんな生易しいものじゃない…)
弱肉強食。食物連鎖。
まさにそういった類の命の危機。
猫がカラスに襲われる…そういう事例があることを知らなかった訳じゃないけれど。
(本当に怖かった…。朝霧が助けてくれなかったら、どうなってたか分かんないよ…)
今頃、スプラッタ状態だったかも知れない。
思わず恐ろしい画を想像しかけて、それを振り払うように実琴は小さく頭を振った。
すると、ポケットの布の外側から朝霧がそっと自分を押さえるように手を添えて来るのが分かった。
(あさぎり…)
ポケットから、うっかり落ちないように…?
他の者にバレないように、というのもあるのかも知れないけれど。
でも…。
(…優しい手、だね…)
布から伝わる朝霧の手の温かさが安心感をくれる。
恐怖で緊張していた身体から力が抜けていくのが自分でも分かった。
途端に歩みとともに揺れる振動が眠気を誘う。
実琴は睡魔に抵抗する術もなく、そのまま夢の中へと落ちていくのだった。




