4-3
「ワンッ!ワンワンッ!!」
犬が吠える。
その大きさと迫力に、実琴は後ずさりした。
普通に見てみれば然程大きくはない、中型犬の雑種。
でも、今の自分から見たらモンスター級の大きさと言ってもいい。
飼い犬なのだろう。首にはちゃんと首輪が付いている。
…なのに。
(何でちゃんと繋いでおかないかなーっ。飼い主さんを恨むよーっ!)
ずっと順調にバス通りを歩いて来て、学校の最寄りのバス停まであと一つという所で思わぬ事態が起きた。
向かう先の道端に犬がいたのだ。それも放し飼いなのか逃げてきたのかは分からないが、紐に繋がれていない。
嫌な予感がしつつも、そっと近付いて行くと不意にその犬と目が合った。
それが合図だった。
途端にこちらに向かって駆けてくるその犬から慌てて逃げるように横道へと入ったのだが、何よりそれが失敗で。
その道は数十メートル先で行き止まりだったのである。
にじり寄って来る犬から目を逸らさず必死に威嚇するものの、こんな小さな子猫の姿では効き目はないようだった。
後ろは高い塀に囲まれている。
(どうする!?一か八かで塀を駆け上がるしかないかっ)
でも、この小さな身体では到底無理のような気がした。
その時。
『こっちだよ!』
何処からか声がした。
周囲を見てみれば、犬がいるすぐ真横辺りに塀の壊れた小さな穴があり、そこから一匹の猫が顔を出していた。
実際に耳に聞こえているのは「ニャーニャー」という猫の鳴き声なのに、その声が自分の頭の中で言葉として理解出来ているという、何とも不思議な感覚だった。
『早く!この穴に逃げ込むんだっ』
唸っている犬の様子を伺いながらも、その猫はこちらに声を掛けて来る。
『むっ…無理だよっ!そんなとこまで行けないよっ』
犬の方が手前にいるのだ。穴へ飛び込む前に襲い掛かられてしまうのがオチだ。
だが、その猫はまた声を上げた。
『大丈夫っ!フェイントだよっフェイント!フェイントを使うんだっ』
『ふぇ…?フェイントッ?』
猫も『フェイント』なんて言葉使うんだ?とか、思わずどうでも良いツッコミが頭をよぎる。
でも、確かにその穴へ飛び込む以外に他に逃げ道はない気がした。
もしも上手く襲い掛かってくる犬をかわしたとしても、ただ走って逃げるのでは、すぐに追い付かれてしまうだろう。
リーチが違い過ぎるのだ。あまりに無謀すぎる。
その時、自分の斜め横に電柱があるのが目に入った。
(フェイント…。そうか。この身体の小ささを逆に利用すれば…。よーしっ!)
実琴は覚悟を決めると、ロケットスタートで電柱へ向かって駆け出した。
そして、すぐさま電柱と壁との隙間へと入り込む。
だが、犬もその突然の動きに反応するように、こちらへ勢いよく飛び掛かって来た。
『今だっ!』
犬が回り込もうとしたところで実琴は犬のいない方側から抜け出すと、壁の穴へと向かって全速力で駆け出した。
そうして、何とかその穴の中へと滑り込むことに成功する。
『セーフ!!』
駆け込んだ穴の内側で、先程の猫が嬉しそうに声を上げた。
犬は暫く外側から穴に鼻を突っ込んだりして周辺をウロウロしていたが、その内に諦めて他所へ行ってしまった。
『はぁ…助かった…』
実琴は息を整えつつ、その場にへたり込んだ。
それを面白そうに見ながら、先程の猫が笑って言った。
『お前、チビのくせにやるじゃんっ』
『ありがとう。あなたが声を掛けてくれたおかげだよ』
その猫を見上げると、大きさは既に子猫とは言い難いが、まだ若そうなやんちゃ盛りといった雰囲気の猫だった。
『お前見掛けない顔だよな。この辺の猫じゃないだろ?っていうか、お前まだ生まれてそんなに経ってないんじゃないのか?出て来ちゃって大丈夫なのかよ?ご主人さま、心配してんじゃないのか?お前飼い猫だろ?首輪付いてるし!』
興味津々な様子で次から次へと出て来る質問に、実琴は笑みを浮かべた。
『うん。実は、この近くにある学校を探してるんだけど…知らないかな?』
目指してたバス停はもうすぐだし、多分この近くだと思うのだけど。
だが、その猫は不思議そうに首を傾げた。
『…?ガッコウ…?って何だ?』




