3-2
皮肉ってどんなにキツイ言葉を返してみようとも。
辻原の場合、その時々に膨れたり怒りを露わにはするものの、また次の時には普通に声を掛けてくる。
その為、俺の中では『懲りない奴』だという認識が成されていた。
実際は、ただ学習能力が足りないだけなのかも知れないが。
それでも、その時々でコロコロと素直に表情を変える様子は、見ていて退屈しない存在ではあった。
(だからと言って…。校内で木登りは流石にないだろ)
思わずため息を吐いて、再び倒れたままの辻原に何気なく目をやった、その時。
ふと、小さな生き物が辻原の傍でごそごそやっているのが目に入った。
それは、とても小さな子猫だった。
(そう言えばコイツ、さっきも…)
倒れている辻原の上に乗っていなかったか?
(あまり気にしていなかったが…。いったい、コイツは何をやっているんだ?)
丁度スカートの裾辺りでごそごそ何かやってるので「エロ猫」と掴みあげたら、その小さな存在は一丁前に怒っているのか暫く「にゃーにゃー」言いながら暴れていた。
だが、そんな子猫の様子を見ていて、ふと…ある答えに辿り着く。
「もしかして、お前を助ける為にコイツは木に登ったのか?」
それならば、木に登ったことも頷ける。
(コイツは困っている者を放って置けないお人好し…だからな)
だが、そもそもこの子猫は辻原の飼い猫なのだろうか。
それとも、たまたま居合わせただけの猫なのか?
本来なら、そんなのはどうでも良いことだとは思う。
なのだが…。
(何だ…?この猫は…)
俺は、その子猫の行動に目を疑った。
見かけは未だ歩くのも覚束ない程の小さな子猫。
実際、今まではあどけない様子でいたのだ。
だが、不意にその様子が一変した。
突然駆け出したかと思うと、辻原の乗せられた救急車へと一気に飛び乗ったのだ。
(馬鹿な…。結構な高さだぞ?)
あの小さな身体で、通常それは有り得ない。
その身体能力の高さは相当なものだと思う。
だが、それよりも何よりも。
その行動からは、辻原への執着心のようなものを感じずにはいられなかった。
暫く救急隊員と格闘の末、結局は車外へと放り出されてしまったのだが、その後もまだ車を必死に追おうとしていて。
何がコイツをそうさせるんだろう。
その行動に興味が湧いた。
コイツが辻原に懐いているのだとしても、普通そこまでの行動力が子猫などにあるものだろうか。
そして、コイツは見ていて面白い程に感情表現が豊かで。
救急車を見送って、まるで途方に暮れているようなその後ろ姿。
雨に打たれている、その寂しげな小さな背中に。
柄にもなく俺は手を伸ばさずにいられなかったのだ。
もともと動物は好きな方だ。
猫も一時期飼っていたことがあるし、特に問題はない。
(だが、今朝のあの目覚ましは強烈だったがな…)
夜、目が覚めるとアイツは寝床から起き出していて。
それでも動いてる気配がなかったので周囲を見渡してみると、何故か窓際で眠っていた。
寝起きの俺は、それこそなんとなくの気紛れでその猫を自分のベッドへと連れていくと、一緒に横になったのだが。
何故かアイツは寝起きざま驚いたように、ぎゃーぎゃー言っていた。(…ように聞こえた)
(思い出せば出すほど、ヘンな猫だ)
そんな反応をする猫なんて知らない。
思わず可笑しくなって、人知れず笑みをこぼした。
学校へと向かう道のり。周囲にすれ違う者は今いない。
(結局、アイツはどうしたんだろうか…)
家を出る前、アイツは夜いた時と同じ窓台の上からまた外を眺めていた。
それこそ、寂し気な瞳で。
そんなことで気に掛けるのも、らしくないとは思いつつも。
「外へ行きたいのなら行けばいい。だが、此処を出た以上は自らの力で生きていく覚悟を決めろ」
そう言って、部屋のベランダ側の窓を少しだけ開けておいた。
ベランダを伝って行けば下に降りられないこともないだろう。
実際、そんなことを猫に言っても分かる訳はないのだけれど。
でも、アイツならそんな言葉も理解出来るような気がしたのだ。
(それこそ、らしくないってな…)
朝霧は自嘲気味に小さく笑うと、学校へと向かうバス停を目前に、表情を引き締めた。




