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『~~~~っ!?』
自分でもよく分からない奇声を発すると、慌てて傍にあったベッドの下へと滑り込む。
「………?」
その声に朝霧が振り返るが、既に子猫の姿はそこらには見当たらないのだった。
(やだやだっ!超ビックリしたっ!!)
実琴はベッド下の奥の方で、小さくうずくまっていた。
驚きで未だに心臓がばくばくいっているのが自分でも分かる。
(ううぅ…まさか、着替えてるなんて思わなかったんだもんっ。わざとじゃないよっ。うんっ見てないよ、見てない…)
実琴は自らを否定するように、小さく頭をぷるぷると横に振った。
そう、朝霧は着替えていたのだ。
クローゼットの前で脱いだ制服をハンガーに掛けていたのだが、その上半身は何も身に着けていない状態で。
思わず見てしまった朝霧の、その細くも鍛えられた背中が、衝撃で逆に頭に焼き付いていて離れない。
覗き見してしまったような罪悪感と、これは事故であり仕方なかったと弁明する自分と、それなりにある乙女の羞恥心とが相まって、実琴は暫くそこで呻きながら己の中で葛藤していた。
暫くすると、姿の見えない子猫を探して朝霧がベッド下を覗いてきた。
「こんな所にいたのか」
(…朝霧…)
伸びてきた長い手にそっと掴まれ、その狭く薄暗い空間から強制的に出される。
当前だが、朝霧はもう既に服を着用していて。
ラフなTシャツ姿が何だか新鮮だった。
(学校で見る朝霧とは全然雰囲気が違う。服装が変わるだけで、随分とイメージも変わるもんなんだなぁ…)
実琴は目を丸くした。
今日は、そんなのばっかりだ。
朝霧は手の中の実琴をそっと優しく撫でると、何かを考えるような素振りを見せた。
そうして、何かを思いついたのか実琴を机の上まで運び乗せると「少し大人しくしていろ」と自らも椅子に座り、机の引き出しを開けたりして何かを探し始めた。
『………?』
言われるままに大人しくそこに腰を下ろし、そんな朝霧の様子を眺めていた実琴だったが。
(実際、普通のネコちゃんなら「大人しくしていろ」なんて言われたところで、言うことなんか聞くはずないよね…?)
なんて思っていた。
それでも朝霧が何をしたいのか気になったので、大人しく見ていたけれど。
その数分後。
実琴の首には、細い小さな首輪が付けられていた。
とは言っても既製品などではなく、細い紐に小さな鈴を通しただけの朝霧お手製のものだ。
(なにこれ、カワイイ…)
小さな鈴は、実琴が動くたびにチリチリと鳴った。
不本意ながらにも猫になってしまっている身としては、鈴の音が何だかいかにも猫らしくて可愛くて、ちょっぴり嬉しい気がした。
実際に本物の猫ならば、こんな窮屈な物をぶら下げたくはないのだろうけど。
(朝霧って、こんなこともするんだ?昔猫を飼ってた時にも付けてあげたりしたのかな?)
千代さんが「昔はよく捨て猫や捨て犬を拾ってきた」って話していたし。
もう自由にしていて良い…と言うように床へと下ろされた実琴は、チリチリと小さな音を鳴らしながら、ちょっぴりご機嫌で室内を見て回っていた。
普段は人に冷たい毒舌男でも、動物などを愛でる気持ちが少しでもあるのなら、それはそれでまだ好感が持てるというものだ。
(こうして私のことも連れてきてくれたんだもんね。意外に優しい所もあるのかも…)
もしもあのまま、あの場に一人残されていたら今頃どうなっていたか。
雨に濡れて冷えたこの小さな身体は、危険な状態に陥っていたかも知れないし、朝霧の言う通り、カラスや野犬に襲われていた可能性だってあるのだ。
そう思うと、朝霧への印象も僅かながら変わっていく気がした。
(今日のことに関しては、素直に感謝の気持ちしかないよね…)
それでも、もしこの気持ちを今アイツに言葉で伝えられたとしても、いつものように冷たい言葉で一蹴りされてしまうのだろうけれど。
そんなことを考えながらなんとなく朝霧を振り返ると、朝霧の視線もこちらに向けられていて。
まるでこちらの気持ちを見透かすような、真っ直ぐな視線にドキリ…として。
思わず、その瞳から目が離せずにいた。




