2 紅色 その三
私には優しい家族がいた。
私は家族が大好きだった。
いつも仲良く寄り添って笑い、優しく頭を撫でてくれるお祖父ちゃんとお祖母ちゃん、いつも仕事で疲れてるのに話を聞いてくれたお父さん、怒ると拳が飛ぶけれどいつだって家族皆を見守ってくれたお母さん、ちょっと意地悪だけど“兄”としていつも手を引っ張ってくれたライバルのお兄ちゃん、産まれた時は本気で我が家に天使が舞い降りたと思った、無邪気で可愛い愛しい妹。
私は幸せだった。
妹は、私にとって特別な存在だった。
妹の姿を見るたびに、どうして我が家に天使がいるんだと思う程に、妹は愛らしかった。
朝皆で囲う食卓で、朝が弱くいつも最後に来る妹を座って待って、現れた妹が満面の笑みで挨拶する姿に、鼻を押さえて悶えるのが朝の始まり。
妹の可愛さに何度鼻血を出しかけたかわからない。
学校に行かなくちゃいけなくなった時は、大変だった。妹と離れたくない私は、朝登校する時が苦痛だった。
だから授業が終われば、即行で家に帰る。そんな私を友人達は「シスコン」と言ったけれど、「シスコンですが、何か?」と笑って返せば、呆れた顔をされた。
お兄ちゃんはライバルだった。
お兄ちゃんも妹を溺愛していた。同じ妹であるはずの私とは、比べられない程甘い兄に、怒りなんてわかない。妹の可愛さでは仕方ないと、納得するだけだ。
お兄ちゃんとはいつも妹を取り合いしていた。
妹はそんな私達の間でいつも笑っていた。
その笑顔を見て、私とお兄ちゃんは鼻を押さえて悶えるのだ。
“うちの子マジ天使‼”と。
じゃれあう三人を、お祖父ちゃん、お祖母ちゃん、お父さんは笑って見ていて、お母さんだけは呆れたような冷たい視線を送っていたが、直ぐに苦笑と共にため息を吐かれる。
その暖かい空間が、私はなにより大好きだった。
ある日、妹が学校から帰ってきた時に、私に一つのゲームを見せた。
『DREAM COLORに包まれて』という一瞬、ん?と首を傾げてしまうちょっと怪しげな題名のゲーム。
それは全年齢対象のシュミレーションゲームで、下級貴族の少女が貴族の令息令嬢が通う学校に編入し、様々な男性と知り合い恋をするという、王道的な乙女ゲームだった。
今世間的に爆発的に売れているらしく、妹も友人にやってみればと半ば押し付けるように渡されたとか。
取り敢えずやってみようということになり、妹が操作し私が一緒に渡された攻略本を見ながら進めるってことになった。
やるからにはパーフェクトを!を掲げて、始める。
妹が始めたその横で、綺麗な絵が描かれた攻略本を見てみたら、まず攻略対象者の多さに驚いた。
なんと隠しキャラを含めて一一人。
多くねっ⁉って思わず叫んでしまった。
でも頑張るよ!始めちゃったからね!
流石というか、人気だけあって相手となる男性陣は格好良い。容姿端麗、文武両道で人望もある。そして大なり小なり心に闇を抱えている。
細部まで繊細に描かれている画面で、耳に心地好いイケメンボイスで甘い言葉を言われたら、そして時折影がある切ない顔をされたら、そりゃハマるよね。ゲーム会社の思うつぼだよね。
でも私と妹は格好良いとは思ったが、攻略対象者にハマりはしなかった。純粋なコンプリートを目指す。
それにしてもこのゲーム、厄介だね。
男性陣の多さは当然として、エンドがそれぞれ三つ(ノーマル、ハッピー、バッド)にイベントも多い、しかも鍵となるイベント迄に一定の好感度がないと即バッド(ゲームオーバーのようなもの)になるという、本当に面倒くせぇな‼っていう内容だった。
これは攻略本無しでは、コンプリートは不可能だと思う。
長い時間をかけてやっと、基本の攻略対象の男性との三つのエンドまでやってみたけど、それでもパーセンテージは半分にも満たなかった。
その事実に妹と二人で、夜中だったのに雄叫び上げてしまい、母から本気の拳を頂きました。
ここで隠しキャラが解放され、全攻略対象者が揃ったので逆ハーエンドが増えた。コンプリート迄の道が開けたけれど、私達は疲れていた。シュミレーションゲームを舐めていた結果である。
なんとか気力を振り絞り、それから更に長い時間をかけて、やっとの思いでコンプリートの文字を見ることが出来た。
この時には私はもう、攻略本の中身を暗記してしまっていた。
本当に、途中で投げ出さなかった私達って偉いね。
妹と手を取り合って達成感に浸っていた。
その時だった。
一階から叫び声が聞こえてきたのは。
叫び声と大きな物音。
私と妹は顔を見合わせ、部屋から出て一階に向かう。
そこで目にしたのは、玄関に血塗れで倒れているお父さん。リビングのドアに胸を真っ赤に染めたお母さんが凭れている。更にリビングのソファーの上には、お祖父ちゃんとお祖母ちゃんが重なりあって倒れていた。
そしてテーブルの前で、お兄ちゃんと知らない男が重なりあって立っていた。お兄ちゃんの胸には包丁が刺さっているのが見えた。
お兄ちゃんは私達に気付き、口を動かす。
に、げ、ろ。
音にならなかった言葉を理解した私は、妹の腕を掴んで走る。逃げ場のない二階へと。
私達に気付いた男が、後を追いかけてくる。
恐怖で涙が浮かぶ。でも立ち止まってはいけない。
妹を、愛しいこの子だけは守らなくては。
開かれていたドアに入ろうとした時、背中に衝撃を受けてドアにぶつかり倒れる。何が起きたのかと後ろを見れば、霞む視界に男が何かを投げたような格好が見えた。
男はそのまま血に濡れた包丁を握りしめ、近付いてくる。私は妹に逃げて、と声を上げようとしたけれど、それよりも早く妹が私に覆い被さった。
そして私の視界は、妹が吐いた血の色に染まる。
痛みに顔を歪ませて、それでも妹は笑っていた。
おねえちゃん…………と可愛らしい声が耳に届いた。
私の最後の“記憶”は、赤一色だった。