4.残酷すぎる運命
「ジョゼフさま、18歳のお誕生日、おめでとうございます!」
夏の初めの、爽やかな朝。
ジョゼは興奮気味にまくし立てる侍女の言葉を聞きながら、重い瞼を開けた。
あれからもう、3年も経った。
さすがの彼女も、覚悟はできていた―――――
もちろん、信じたくはなかったが。
もう、会えないかもしれない。
だがそれでもいいと、ジョゼは思っていた。
あいつなら―セドなら、必ず上手くやっている、と。
「真実を知る。そして全部、決着をつけてくる。」
彼はあの日、確かにそう言った。
それならば自分は、今自分のすべきことをするだけだ。
「父上、母上、お早うございます。」
ジョゼは膝をつき、恭しく頭を垂れた。
「ジョゼ…、18歳の誕生日、おめでとう。
これからも兵たちを、そしてこの国を率いる者として精進していってほしい。」
はい、と短く応える。
この3年の間に、ジョゼはティオレアの兵士を率いる役目を担っていた。
ティオレアの平和を守る、そのために自らが兵たちを率いる―いつ、セドが帰ってきてもいいように。
それが、今自分が「すべきこと」だと、彼女自身は思っている。
「ジョゼ…貴女ももう18歳になったのよ。
そろそろ婚約のことも、考えていかなくては、ね…?」
王妃の…母の言葉に、ジョゼは絶句した。
ティオレアでは男女ともに18歳になると成人として、婚約が認められる。
「婚約…ですか」
「ええ…このことについては、また貴女と話し合わなければならないのですけどね…」
王と王妃―父と母の言うことは、まるで違っている。
「王子」として国のため精進せよと言う父王と、婚約の話を―それが、王女としてなのか「王子」としてなのかは分からないが―押し進めようとする母王妃。
しかし、ジョゼの心は決まっていた。
―セド以外に、自分が生涯を共にする相手はいない。
その時。
けたたましい足音が響いたかと思うと、乱暴に王室の扉が叩かれる。
息を切らしながら飛び込んできたのは、ひとりの兵士だった。
それは、いつかジョゼが剣の稽古をつけた―まだあの時は幼かった―ラヴィスであった。
「陛下!
マロワとの国境付近で抗争が発生致しました、
至急、援軍の派遣をお願い致します…!」
「分かった。わたしが行く。」
王の言葉を待たずして、ジョゼは条件反射で叫んでいた。
「行くぞ、ラヴィス。
それでは父上、母上、わたしはこれで失礼致します。」
ジョゼはすぐに支度を済ませ、ミルズという百人隊長と彼の率いる軍と共に、マロワとの国境地帯へと馬を走らせた。
いよいよ、始まってしまうのか―マロワとの戦争が。
もう幾年も前から緊張状態にあったのだ。
いつ戦争が始まってもおかしくはなかった。
それでも、ジョゼの心は揺れ動いていた。
戦争が始まれば、多くの犠牲を出すことになる。
だが…ティオレア軍の兵士たちが、降伏など望むはずはない。
しっかりしなくては。
ジョゼは頭を振り、そして眼前に標的を捉えた。
「誇り高きティオレア軍の者たちよ!
第一王子ジョゼフ・ド・ルモアが馳せ参じた!」
声高に叫ぶジョゼ。
一同は振り返り、各々に感嘆の表情を浮かべ、そして辺りは拍手喝采に包まれた。
「よいか。何があっても自分たちの誇りを忘れるな!
そして正々堂々と戦え!
…わたしはいつでも、お前たちを信じている!」
再び、溢れんばかりの拍手喝采。
そして彼等は、戦いへと目を向けた。
指揮官として後ろで兵たちを鼓舞していたジョゼの元へ、ひとりの兵士が駆けてきた。
セドの同期の、レイドという男である。
セドがジョゼ以外といる時は、決まってこの男だった。
彼を見ると、いつでも、思い出さずにはいられないのだ…セドのことを。
「ジョゼフさま…落ち着いて、聞いてください」
ジョゼは、静かに首を縦に振る。
少し躊躇ったような表情をして、レイドはひとつ深呼吸した。
「マロワ軍の司令官は、セド―セドリック・メレディアです」
「―――うそだ」
ジョゼは、ただ呆然とそう呟いていた。
そんなの嘘だ。あり得ない。
あの日…あの日、わたしは、たしかにこの耳で聞いたのだ。
たしかに、セドは言ったのだ。
「必ず、お前のところに帰る」、と――。
抗争は激しさを増し、両軍の距離はじょじょに縮まってゆく。
ジョゼは、もうすぐ自らが直面するであろう「真実」から目を逸らそうと抗った。
レイドの見間違えであると、そう信じたかった。
「争いを、中断せよ!」
ジョゼは、声高らかに叫んだ。
その、魂の叫びは、自軍のみならず、敵軍であるマロワの兵たちをも震わせた。
ぴたり、と動きを止めた両軍。
時が止まったかのような静けさ。
その人垣をかき分けて、ジョゼは、馬を進めてゆく。
「我が名はジョゼフ・ド・ルモア!
ティオレア王国の第一王子だ!
いま、われわれティオレア王国は、マロワ王国に宣戦を布告する!」
「ティオレア王子よ、その布告、しかとこの耳で拝聴致した」
マロワ軍の、その奥から聞こえてくる―――
それは紛れもなく、そして哀しいことに、懐かしい声音で。
「我が名はセドリック・メレディア。
マロワ軍の総司令官だ。
貴国の宣戦、お受けしよう。」
3年前より、少し長くなった、艶のある黒髪。
どこか哀しさを帯びたような、深い灰色の瞳。
高らかに叫ぶ声は、あの日、ジョゼに愛を囁いてくれた、それとなにも違わなくて。
―相手が誰であろうと、関係ない。
わたしは―わたしの身も心も、とうの昔にティオレアに捧げたのだから。
懐かしさと愛おしさと、哀しさと怒りと、そして静かなる闘志を胸に。
ジョゼは、眼前にたたずむ「恋人」を見つめた。