3.束の間の幸せ
「セド。」
海風が、ジョゼの黄金色の髪を揺らす。
眼前に広がるのは、果てしない水平線。
「…ジョゼ。良かった、無事に来れたのか。」
そして傍に居るのは、愛おしい人。
「ところでジョゼ…寝れなかったのか。」
「そんなに目立つか、やっぱり…
今日どこに行っても言われたよ。」
一睡も出来なかったジョゼの目の下には影が落ちていた。
おかげで今日はすれ違う誰もに心配されたものだ。
「ジョゼ…。
お前には、知っておいてほしいことがある。」
「わたしがお前のことで知らないことなど、一つもないと思っていたのだが…?」
微笑みあう二人。
そんな、ふとした一瞬一瞬ですらも、彼らにとっては今、かけがえのない瞬間であった。
「教えてくれ…わたしの知らない、セドの秘密を。」
「―俺は、マロワ王室の血を引いているらしい。
俺も、今の今まで本当に何も知らなかった。」
「―昨日の手紙か。」
「ああ、そうだ。
だが俺の母親はマロワ王の妾だったらしい。
一夫一妻制のマロワで、妾が王の子を身ごもったなんて知れたら、とんでもないことになるからな。」
「―それでセドは、ティオレアの門の前に…」
そう。セドはティオレアの門の前に捨てられていた。ジョゼが知っているのはここまでだった。
「俺は、マロワに行く。
自分の出自を、真実を知る。
そして全部、決着をつけてくる。
―どれだけかかるかは、分からない。
でも―でも俺は必ず、お前の、ジョゼのところへ帰る。」
「信じていいんだな、セド…?
お前は、本当にわたしのところへ帰ってきてくれるのだな…?」
自分でもはっきりと分かるほど、震えた声。
クロッカス海岸の寄せては返す波のように、彼女の心を覆うのは、言いようのない不安であった。
「大丈夫だ。俺は必ず、お前のところへ帰る。
だから、ジョゼ…それまで、俺を待っていてくれるか?」
「―――当り前だ。」
言い終える前に、唇を塞がれた。
見慣れたセドの顔が、愛しいその灰色の瞳がすぐそばにあった。
繋いだ手から、伝わる、温もり。
ふたりの鼓動が、ぶつかり合い、重なり合い、そして共鳴した。
緊張の糸が、ぷつりと切れた。
涙がとめどなく、ジョゼの頬を伝う。
満点の星空が、恋人たちを包む。
二人は、幾度も口づけを交わした。
それは、愛しさと、哀しさの味がした。
ふと見上げるとそこには、満ち足りた月が輝いていた。