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《5》

 


「ふう……お腹いっぱい」

「今日も美味しかったね」

 膨らんだ腹をぽんぽん叩く葵を可笑しそうに見つめた大志も、今日の鍋は満足したそうだ。

 最後の〆に葵リクエストのうどんを投入し、汁まですべて完食した。

 葵ほどではないが、遥希も十分腹が満たされた。


「今日の寄せ鍋もあっさりで美味しかったけど、この前のもなかなか良かったよね」

「……ああ! あれ? みそバタカレー?」

「ちがーう」

「えー? じゃああれだ! 塩麹にんにく」

「……チーズトマトミルフィーユ?」

 この間やった鍋は確かそれだったと思い出した遥希は、2人の会話に割って入った。


「そうそれ!」

「あーあれね……あれは、ちょっと」

 葵は大層気に入ったようだが、大志にはちょっと不満だったらしい。

 確かにあれはチーズ大量投入でちょっとくどかった。


「……今のは全部鍋か?」

 それまでただ話を聞いていただけの長狭が何とも不思議そうに首を傾げ、尋ねてきた。

 気持ちはよくわかる。確かに今の会話だけ聞けば鍋とは想像しがたい。


「毎月やってますからね。色々試したくなっちゃうんですよ」

「長狭君はこってり派? あっさり派?」

「特にこだわりはないけれど……基本はあっさりかな」

 葵の質問に、特に好みは強くないらしい長狭は少し考えてから答えた。


「あっさり……だったらあれがいいんじゃない? 豚バラみぞれ」

「もやし餃子も捨てがたいよ」

「じゃあ来月は豚バラみぞれで、もやし餃子は再来月ね」

 話の流れから嫌な予感はしたが、結局次の鍋の予定に持っていかれてしまった。

 長狭のリクエストを聞いた時点で、当然彼ありきだろう。

 ハラハラドキドキと状況を見守るだけの遥希は、すでに葵を止める事は諦めている。

 懇願の思いで長狭の様子をさりげなく窺った。


「先輩、来月も大丈夫ですよね?」

「ああ」

 大志の確認に、長狭が即答してしまった。


「じゃあ来月は豚バラみぞれということで。遥希さんもいいよね?」

「……うん」

 遥希にも笑顔で確認してきた大志に、弱々しく了承する。

 知らぬ間に長狭を含め4人で鍋という状況は当たり前になってしまったらしい。

 すでに諦めの境地に入ってしまった遥希は今から先の事を悩むのも疲れるだけなので、内心項垂れて終わった。


「遥希、そろそろあれは? 長狭君が持ってきてくれた」

「え?」

 葵に笑顔で尋ねられ、何のことかわからず問い返した。


「さっき冷蔵庫に入れたじゃない」

「……あ」

 そういえば酒とつまみの他に、もう1つ手土産を頂いたことをようやく思い出した。


「葵さん、もうお腹いっぱいなんじゃないの? ぽっこり膨らんでるよ」

「何言ってるの。甘いものは別腹に決まってるじゃない」

 すぐに腹を引っ込めた葵は、すでに食べる気満々らしい。

 遥希はさっそく準備するため立ち上がり、再びキッチンへ向かった。

 

 小皿とフォークを人数分用意し冷蔵庫に入れておいた箱を取り出すと、とりあえずそのまま部屋へ持っていく。


「長狭君、どこで買ってきてくれたの?」

 葵はテーブルに置かれた白い箱を繁々と見つめ、不思議そうに尋ねた。

 特に店のラベルが貼られていなかったので、尚更気になったらしい。


「会社の近くにある小さなケーキ屋なんだ。一度頂いたものを食べて美味しかったから」

「ふーん……ケーキ屋なんて近くにあったんだ」

 甘いもの好きの大志もケーキ屋には気付いてなかったらしい。

 葵と大志が期待の表情を浮かべ見つめる箱を、ようやくそっと開いた。


「美味しそう! 苺ショートとチーズケーキだね」

 少し大きめの箱の中には、2種類のケーキが4つずつ綺麗に並んでいる。

 つまり1人2つ食べられるように買ってきてくれたらしい。

 オーソドックスなケーキは形もシンプルで素朴だが、葵の言う通りとても美味しそうだった。


 2種類のケーキを見つめた遥希は、突如胸の鼓動が響くように大きく鳴り始めた。

 無意識に、視線を斜め隣の長狭に向けていた。


 偶然だろうか。たった今、遥希と長狭は互いの目を合わせた。

 とっさに脅えた表情を浮かべた遥希は、慌てて長狭から視線を外した。


「遥希、お皿に移して」

「あ……うん」

 震える指先を一度強く握りしめ落ち着かせると、箱の中のケーキをゆっくり皿に載せていく。



 美味しいと口揃え嬉しそうに頬張る葵と大志の姿をぼんやり眺めると、目の前に置かれた自分の皿を見つめる。

 苺ショートとチーズケーキが2つ綺麗に並んでいた。

 どちらも遥希が迷うほどに大好きなケーキだ。


 どうして長狭は今日、これを選んだのだろう。

 きっとどの店にも置いてある2つのシンプルなケーキは、おそらく選んだのも偶然に違いなかった。


 きっと偶然に違いない。

 覚えているはずがない。

 だって彼は今、遥希のことすらまったく覚えていない。

 すでに忘れてしまったはずだから。

 この2つのケーキを、彼が覚えているはずがないのだから。



 

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