《20》
仕事帰りに立ち寄ったのは家の近所にあるケーキ屋だった。
苺ショートとチーズケーキ、2つのケーキを注文する。
小さな白い箱をそっと抱え、自宅アパートへ帰った。
玄関前で長狭の姿を見つけると、一度足を止める。
再びゆっくり近付くと、すでに気付いていた彼もゆっくりこっちに近付いた。
ようやく向かい合った彼の目を見つめる。
「一緒に食べませんか?」
一言声を掛け、家の中へ促した。
目の前に2つのケーキが置いてある。
どっちにするかを尋ねると、彼は迷わずチーズケーキを選んだ。
お茶と一緒に2人で静かに食べ始めた。
「佑真に怒られてしまいました。葵にも」
静かに言葉を紡ぎ始めた遥希を、彼は静かに見つめていた。
「人のせいにするな、いい加減目を覚ませってはっきり言われてしまいました。あまりにも怖かったので、ようやく目を覚ます事ができたようです…………もう怒られたくありませんから」
ようやくケーキから目を離した遥希は、彼の目をまっすぐ見つめた。
「逃げません、もう逃げません。私はもうあなたから逃げたくないんです」
ただ溢れるままに、彼に想いをぶつけた。
「初めて見たのはあなたの横顔だった」
彼は静かに、遥希の頬に手を伸ばした。
「あなたの横顔はいつも綺麗だった。いつも綺麗で、いつも悲しかった。俺はいつもあなたの横顔ばかりを見ていた。あなたの横顔が見たくて、いつも遠くから見つめた。あなたはいつも遠くばかり見ていた」
彼は愛おしそうに頬に触れ、その感触を確かめていく。
「中学生の俺はあなたに恋をした。あなたに会いたくて毎週友人の家に通った。あなたに会いたくて友人の部屋に入った。あなたはいつもあの部屋の隣にいた。俺が部屋に入ると、あなたはいつもそこからいなくなった。まるで居場所を失くすように部屋を出て行った。あなたが出て行く姿を、俺はいつも耳で感じ取った。しばらくすると俺は嘘を吐く。嘘を吐いて1階へ降りていくと、玄関の傍からそっと廊下をのぞき込む。あなたはいつもそこにいる。廊下の縁側から窓を見つめ、ただずっとそこに座っている。遠くを見つめるあなたの横顔をいつもそこからのぞき見る。あなたの横顔はとても綺麗で、俺はいつもドキドキと胸が鳴る。あなたの横顔はとても悲しくて、いつも胸が痛む。俺はいつも数分間だけあなたの横顔を見つめていた」
彼は両方の手で、遥希の頬をそっと包み込んだ。
「俺にもチャンスがやってきた。ケーキ屋にいるあなたを見つけ、さっそくあなたに会いに行った。ニコニコと笑うあなたはとても可愛かった。あなたに会うために、俺は毎週ケーキを買いに行った」
彼は包み込んだ頬に寄り、遥希を間近で見つめた。
「俺はあなたに会いに行く。あなたの傍にいたくて会いに行く。あなたを愛したくて仕方ない俺は、もうじっと待つなんて耐えられない。あなたに愛されたくて一瞬も我慢できない。俺はあなたに会いに行く」
間近で見つめる彼の頬に手を伸ばし、そっと両手で包み込んだ。
「会いに来て、会いに来てください」