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《19》

 



「いいの?」

 部屋でテレビを観ていると、たった今帰ってきた葵に尋ねられた。


「お帰り、遅かったね」

「長狭君、外で待ってるけど」

 遥希の言葉を遮るように、葵は言葉を被せた。

 咎めるような彼女の声を無視して、再びテレビに視線を向けた。


「とりあえず今日は帰ってもらうから」

 葵はさっさとそう言うと、再び玄関に向かってしまった。



 

「いつまでそうしてるの?」

 部屋に戻った葵はドアの前で立ち止まったまま、今だテレビを観ている遥希に再び尋ねた。


「長狭君、諦めると思ってる?」

「諦めるよ。いつか来なくなる」

「諦めないよ」

 はっきりと言い切られ、ようやくテレビから離れた遥希は彼女に視線を向けた。


「諦めないよ。諦めるわけないじゃない」

「何で」

「長狭君は諦めないよ。一度だって諦めたことなんかない」

 遥希が訝しげな表情を浮かべても、彼女は言い募るように言葉を続けた。


「知ってたよ、長狭君を知ってた。いつも私を見てた、私を探してた。あんたの隣にいる私をいつも探してた」

「何?」

 まるで意味が分からず、再び訝しげに彼女を見つめた。


「あんたは気付かなかった。いつも私とお喋りしてるあんたは気付かなかった。長狭君はいつもあんたと同じ電車に乗ってた。あんたを見つけると、いつも遠くからあんたを見てた。あんたを見つめる為にいつも同じ車両を探してた。あんたは気付かなかった。初めて気付いた時、あんたは電車に乗るのをやめてしまった。あんたがいない電車を長狭君は探してた。あんたの隣にいた私をいつも探してた」

「葵、知ってたの?」

「知ってたよ、長狭君を知ってた。最後に声を掛けられた。あんたがこっちに来ることを教えたのは私」

「何で」

「見てられなかった、これ以上見てられなくて正直に話した。そこからは全部偶然。大志の先輩だって知ったのはここ最近の話。あんたに紹介したのは大志に頼まれたから。私が大志の彼女だってこと、長狭君は気付いた。気付いてすぐ、長狭君は大志に頼んだ、あんたに会わせてほしいって」


 言い募る彼女をただ茫然と見つめると、ようやく彼女はドアから離れ傍に近寄った。


「長狭君はあんたがここにいる事を最初から知ってた。知ってて、長狭君はこの場所を選んだ。同じ場所にいるためにこっちにやって来た。いつかあんたの傍にいるために、ずっと近くで待ってた。それでもあんたは逃げるの? それでも長狭君は諦めるっていうの? あんたの気持ちは一体どこにあるの」

「諦める、諦める」


 遮るように呟いた遥希は慌てて立ち上がり、彼女の傍から逃げ出した。







 その日、家を訪ねてきたのは弟の佑真だった。


 佑真は驚く遥希を気にすることなく、家の中に視線を向けた。

「入れてくんないの?」

「あ、うん」

 慌てて塞いだ玄関から離れると、躊躇なく部屋の中へ進んでしまった。


 

「何かあった?」

 テーブル前に腰を下ろした佑真に急いで準備したお茶を勧めると、とりあえず理由を尋ねる。

 佑真は特に答えることなく、そのまま目の前のお茶に口を付けた。


 休日の土曜日、佑真は突然遥希の家に現れた。

 当然、今までそんなことはありえなかったので驚きを隠せない。

 どうしても勘ぐってしまう。

 当の佑真は平然と熱いお茶を啜っている。


 向かいに座りしばらく黙って見つめていると、佑真はようやく手に持ったお茶をテーブルに戻した。


「玄と会ってる?」

「うん」

 確かに会っている。

 会っているから即答するしかなかった。


「どこで? 皆で?」

「うん、皆で。こことか、外で」

 この家でたまに会う。

 皆で鍋を囲む。

 皆で外でバーベキューもする。

 それ以外はもう他にない。

 もう二度と2人で会わない。

 それなのに、佑真は視線を外してくれない。



「言い訳すんな」

 厳しい口調で咎められ、身体がぶるぶると震えた。


「ごめん、ごめん、佑真」

 ぶつぶつと呟いた遥希の顔に、すでに色はない。

 ただただ佑真が怖ろしかった。


「ごめん、佑真、ごめん」

「また謝る、いつも謝る。お前はいつもそうだ、いつも謝る」

「だって、だって」

「だって? だってなんだよ。俺が不憫か? 俺が可哀想か? 俺はお前が嫌いだよ、あいつに似てないお前が一番嫌いだよ。あいつは俺を無視した、いつだって俺を無視した。あいつは俺が嫌いだった。あいつそっくりの俺をあいつは嫌いだった。ただ親父を愛してた、親父そっくりのお前が好きだった。あいつは自分が嫌いだった、一番嫌いだった、憎んでた。知らねーよそんなこと、俺は関係ない。関係ないのに俺はあいつそっくりだ。あいつそっくりの俺は一生あいつから逃げられない」

「佑真、佑真」

 ぶるぶると震えながら名を呟いた遥希は突然胸倉を掴まれ、強引に引き寄せられた。

 目の前の佑真がこっちを見ている。


「俺はお前が嫌いだよ、大嫌いだ。あいつに愛されて、それを嫌がるお前が嫌いだよ。俺の顔色ばかり窺ってビクビクしてるお前が嫌いだよ。あいつが俺にくれなかったものを代りに与えるお前が大嫌いだよ。俺は知ってたよ、ずっと知ってた。玄がお前に惚れてること最初からずっと気付いてた。知っていて無視した、見ないふりをした。お前はどうする? 諦めるか? また俺に譲るために諦めるか?」


 佑真はすでに視界さえはっきりしない遥希の顔を両手で包み込み、間近で見つめた。


「言い訳すんな、俺はもうしない。もう俺を言い訳の材料にすんな」

 

 

 

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