《18》
川辺のバーベキューを楽しんだ翌週の日曜日、長狭から電話があった。
いつものお茶の誘いにちょうど用事が入っていて、すみませんと謝り断った。
翌週の日曜日、再びお茶に誘われた。
その日は朝から具合が悪く、行けませんと断り電話を切った。
翌日再び電話があった時、ちょうどキッチンに立ち料理をしていて手が離せず、電話には出られなかった。
次の日の仕事帰り、アパートの玄関前に長狭が立っていた。
「避けてる」
「いいえ」
彼らしくない焦りを顔に滲ませ言われたので、すぐに否定した。
彼は勘違いをしている。
「都合がつかなくてすみません。また来週会いましょう」
来週は再び鍋を始める。
またこの家で、皆で会えばいい。
「気を付けて帰って下さい。それじゃあ」
「遥希さん」
挨拶を済ませそのまま玄関ドアの鍵を開けると、後ろから腕をとられた。
「頼む、お願いだ。もう二度と避けないでくれ」
背後で懇願する彼は、掴む遥希の腕に食いこませるように力を込めた。
「長狭さん」
「遥希さん」
ようやく遥希が振り向くと、彼は安堵したように表情を緩ませた。
「また来週会いましょう」
再び別れの言葉を告げた遥希は無理やり腕を引き抜き、家の中に入った。
通う高校はそれほど近くなく、家からバスを2度乗り継ぎ1時間半かけ登校する。
高校2年生の新学期、新しいクラスで新しい友達ができた。
葵という名の少女は一見華奢でおしとやかな印象だが、よく知れば実に大胆で豪快な性格の持ち主だ。
おそらく気が合わないだろう彼女と偶然席が隣になり、喋ってすぐ意外にも馬が合いあっという間に大の仲良しになってしまった。
家の方向も途中まで同じだったので、電車通学の彼女に一緒に帰ろうと強引に誘われた。
躊躇いは生じたものの、その日初めて電車に乗ることになった。
バスより大幅に時間は縮小されるがバス以上の混雑さをみせる電車内は、ちょうど学校帰りの様々な制服を着た高校生の姿が大部分を占めていた。
混雑する車両の様子に、遥希は内心安堵した。
放課後まっすぐ帰宅する遥希は時間帯もまったく異なるし、偶然同じ車両に居合わせてもこの混雑ぶりでは互いに気付くこともないだろう。
すぐに安心し、隣の葵とお喋りを始めた。
葵と一緒に電車に乗り始めて3か月ほど経過した頃、今日も混雑した車両に乗り込みさっそく葵とお喋りしていると、ちょうど窓から次の停車駅が見えた。
無意識に安心しようと、ホームに佇む高校生の姿をさりげなく確認した。
すぐに顔を強張らせた遥希が一心に視線を向けた先にあったのは、毎週一緒に過ごす少年と、その隣にいる佑真の姿だった。
共に帰宅したのだろう2人は同じ車両に乗り込むと、ドアの傍に佇み話を始めた。
わずかに人の隙間から見える佑真の顔は、すでに何年も見たことがない楽しそうな笑い顔だった。
この瞬間、遥希は初めて少年と佑真が友人関係である事実に気付かされた。
公立の中高一貫校に通う佑真は、遥希とは通う中学も別だった。
遥希の入学した高校は、偶然にも佑真の学校と最寄りの駅が隣同士だった。
佑真はバスケ部に所属していたので普段の帰宅時間も夜の8時に近く、電車内で遭遇することもないだろうと高をくくっていた。
ちょうどテスト休みだったのだろう、少年と佑真はその日同じ時間、同じ電車の車両に共に乗り込んだ。
すでに遥希はとうの前に、少年が佑真と同じ学校である事を知っていた。
少年に教えられた事実を気にはしていたものの、そこまで深く考えていなかった。
万が一にも2人が友人同士であるなど、露ほども思わなかった。
けれどその日、2人は確かに友人だった。
人の隙間から、佑真の楽しそうな笑顔を見つけてしまった。
次の日から、電車の帰宅を再びバスに切り替えた。
葵に理由も言わず謝ると、彼女は不満そうではあったもののすぐ諦めてくれた。
再びバスに乗って帰宅した遥希は最後に商店街を通ると、アルバイト先のケーキ屋の店主に謝りすぐに辞めさせてもらった。
再び会うことはない少年と再び会ったのは、翌週月曜日の下校途中だった。
いつも公園からの帰り道、途中で別れる道端の電信柱の前に彼は佇んでいた。
どうしたの?と尋ねられ、アルバイトを辞めた理由を問われた。
視線も合わせずただ小さく謝り、もう会わないとだけ言葉を返した。
納得してくれるまで数週間かかった。
数週間いつもそこで待つ彼を無視し続けた。
数週間後、学校の夏休みに入った。
夏休みが明け、納得してくれた彼の姿はなくなった。
彼と会うことはそれ以降一度もなかった。