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《17》

 



「小野さん」

 休憩室に向かい廊下を歩いていると、背後から声を掛けられた。


「青山さん、お疲れ様」

「お疲れ様です。一緒に食べていいですか?」

「もちろん、行こうか」

 わざわざ許可を尋ねてきた青山に快く同意した遥希は、昼食を食べるため一緒に歩き始めた。



「あれ、小野さんめずらしい」

「ばれた? 寝坊しちゃって」

 空いているテーブルに並んで腰を下ろすと、さっそく青山に見つかっていしまい笑って言い訳をした。

 今日の遥希の昼食は、朝駆け込み立ち寄ったコンビニの海苔巻きとおにぎりだ。


「あれ、青山さん」

「ばれました?」

 指摘した青山自身、今日は弁当ではなくコンビニのサンドイッチだ。

 めずらしさに思わずまじまじとサンドイッチを見つめると、青山は少しばかり恥ずかしそうに笑った。


「実はストライキなんです」

「……え?」

 今一何の事かわからず、彼女に視線を向けた。


「弁当はいらないって置いてきちゃいました」

「お母さん?」

「はい」

 青山の意外な行動力に、遥希も少し驚いてしまった。

 少し前まで忘れた弁当を母親に届けられても恥ずかしがっていただけなのに、彼女は弁当にすら反抗したらしい。


「我慢しないことにしたんです、私」

 迷いなく言い切った青山は、コンビニのサンドイッチを嬉しそうに食べ始めた。


「そっか。とうとう言っちゃったんだ」

「はい。言いたいこと全部言っちゃいました」

「……全部?」

 どうやら弁当だけじゃないらしい。


「私、可愛くなりたいんです。好きな服を着たいし化粧もしてみたい。髪だって染めたいしもっと長くしたい。可愛くなって、恋がしてみたい」

 内に秘め続けた彼女の願いを、たった今彼女ははっきりと言葉にした。


「言いたいこと思いっきり全部ぶちまけちゃいました。相当びっくりしたみたいでポカンと口開けてました。今では堂々と目の前で漫画読んでも怒られないんですよ」

 おかしいでしょ? と笑った彼女の顔はすっきりと晴れやかで、お洒落なんてしなくても十分魅力的な可愛い女の子だ。


「小野さんのお陰です」

 最後に遥希に礼を言うと、再び嬉しそうにサンドイッチを食べ始めた。






 

 部屋の隅に置かれた、しまい忘れの大きなボストンバックを再び開ける。

 そこに入れたままの一冊の本を取り出した。

 高校生の時、友人がくれた少女漫画だ。

 先週帰省した際に見つけた、自分の部屋の押し入れにしまい込んでいたものだ。

 昔何度も繰り返し読んだそれは、少し前に青山が思い出させた。


 今でも心に残り続けたこの本の中に、大好きな男の子がいた。

 まだ高校生だった遥希は、この男の子が大好きだった。

 何かの拍子に思い出して、押し入れを探しここまで持って帰ってしまった。

 すでに大人になり読むことができなくなったそれを、今再びこの手に取りページを捲り始めた。






 あの日ケーキを買いに来た少年が、一週間後に再び店に現れた。


 すぐに気付いた遥希は戸惑いながらも注文を待つことにすると、彼は今日も目の前のショーケースではなく、こっちを見つめた。


「チーズケーキをください」

 彼はその日もチーズケーキを1つ買って帰った。

 


 毎週必ずケーキを買いに、少年は店に現れた。

 目の前のショーケースではなくこっちを見つめ、いつも必ずチーズケーキを買って帰る。

 彼が店に現れる度、遥希はいつも戸惑いを浮かべ彼と目を合わせた。



 毎週必ず現れる少年が店にやって来るのを、いつもショーケースの前でソワソワと落ち着きなく待っていた。

 彼が毎週必ずチーズケーキを買うので、少しばかり責任を感じ始めた夏の頃、初めて自分から声を掛けた。


「苺ショートも好きです」

 勇気を振り絞り、小さな声で呟いた。


 その日、彼は初めて苺ショートを1つ買って帰った。




 クラスメイトの友人がつまらないからあげると言い、一冊の本を遥希に手渡した。

 今までほとんど読んだことがなかった少女漫画だった。

 家に帰ってからふいに思い出し読んでみると、なぜか気になって再び読み返した。

 漫画の中に出てくる男の子は、不思議とあの少年に似ていた。

 無意識に漫画の中の男の子をあの少年に重ねて読んだ。




 ショーケースの前でソワソワと落ち着きなく待っていると、今日も少年は店に現れた。

 こっちを見つめ、いつも苺ショートかチーズケーキどちらか1つを買って帰る。


 いつもと変わりなく秋が深まった頃、いつものように現れた少年はその日初めて苺ショートとチーズケーキ、2つのケーキを注文した。


「一緒に食べませんか?」

 こっちを見つめそう言った彼に驚くと、しばらくして1つ小さく頷いた。

 赤く染まった遥希を見つめ、彼の頬も微かに赤く染まった。




 アルバイト終わりの4時過ぎ足早に歩き出すと、しばらくして近くの公園を見つける。

 1つのベンチ前に佇んでいた彼は現れた遥希を見つめ、嬉しそうに笑った。

 歩を緩めゆっくり近付くと、急に恥ずかしくなり俯きながら彼と向かい合う。

 しばらくそうしていると、ようやく2人でベンチに座った。


 

 何も知らなかった彼の名に初めて触れる。

 彼が確認するように遥希の名を呟いたので、すでに染まった頬がもっと赤くなった。


「どっちがいい?」

 彼が持っていた白い箱の2つのケーキを尋ねられ、迷いつつ苺ショートを指差した。

 お皿もフォークもないままに、2人でケーキを手に持ち食べ始めた。

 大好きなはずの苺ショートも、彼と一緒だと味がよくわからない。


 不器用に食べ終わると、隣の彼は遥希の顔を見つめハンカチを差し出した。

 恥ずかしさに仕方なく受け取り、急いで顔を拭く。

 隣の彼は嬉しそうに笑っていた。




 今日も店に現れた少年は2つのケーキを買って帰る。

 アルバイト終わり、公園で待っている彼とベンチに座り、2つのケーキを一緒に食べる。

 彼に問われるままに、ぽつぽつと会話を繰り返す。

 彼の望むままに彼の名を呟くと、彼も遥希の名を呟く。

 彼がこっちをのぞき込み嬉しそうに笑うから、遥希も嬉しくなり俯きながら笑う。



 すでに暗くなり家まで送るという彼に、必死に首を振りいつも途中まで送ってもらう。

 冬の帰り道、冷たくなった手に彼がそっと触れた。

 俯きながら頬を染め、そっと触れ返した。



 苺ショートとチーズケーキ

 今日も店に現れた少年は2つのケーキを買って帰る。

 

 


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