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《15》

 



「焼肉? めずらしい」

 風呂から上がった佑真がタオルで頭をゴシゴシ拭きながら、テーブルの上の鉄板を目敏く見つけた。


「すげー肉。正月以来だ」

 3人でテーブルを囲み父が肉を焼き始めると、隣でしきりに感動している。

 男所帯の普段の食卓は父の作る野菜が大部分を占めているせいか、質素なものらしい。

 ここに帰ってくれば贅沢しかさせてもらえない遥希は、成人男子でもある佑真にさすがに同情してしまう。


「いっぱい食べろ、ほら」

 父も笑って佑真の皿に焼けた肉を放り込んだ。


「遥希も」

「うん、いただきます」

 自分の皿に置かれた肉をさっそく食べ始めた。



 仕事の都合でお盆休みは明日からだという佑真は、夜になって帰ってきた。

 せっかく3人揃ったからたまには酒でも飲もうと父が言うので、ビールで乾杯した。


「全部お父さんの野菜?」

 父が鉄板にどんどん置き始めた野菜は種類も豊富だ。

 夏の季節、ナスやピーマンはもちろん、トウモロコシやカボチャもある。


「野菜はもういらねえ。肉焼いて、肉」

 うんざりと鉄板を見やった佑真は途中で止まってしまった肉を催促し始めた。


「ほら、食べたいなら自分で焼け」

「やった」

 肉の乗った大皿ごと渡され嬉しそうに受け取ると、さっそく自分で焼き始めた。

 よほど肉に飢えているらしい、思わず苦笑してしまった。


「やっぱり皆で食べると美味いな」

「お父さんも食べてる?」

 笑ってそう言う父は、さっきから子供達の世話ばかりしてほとんど食べていない。

 無理やり父の皿に鉄板の肉を載せた。


「ほら」

「あ、ありがとう」

 佑真が焼いた肉をいっぱい遥希の皿に載せてくれた。

 嬉しくて、噛みしめながら食べても味がよくわからなかった。

 父は向かいの子供達ばかり笑って見つめ、相変わらずほとんど食べなかった。




 定年まで数年残し今だ現役の父が休み中どこかに行こうと誘うので、さっそく次の日朝から出かけることになった。

 佑真が車を運転してくれたので、助手席に座る父も気楽そうだ。


 魚好きの父の希望で、家から車で1時間ほど走らせた場所にある水族館に行った。

 久しぶりだった遥希もなかなか新鮮で面白く、十分に楽しめた。

 3人で順にゆっくり水槽を見て周り、最後はイルカのショーを鑑賞した。


 水族館の近くにある大きな魚市場に寄って、家へのお土産を購入した。

 魚の干物は酒好きの葵にちょうどいい。

 ついでに魚市場の中に入っている寿司屋で遅い昼食を食べた。

 新鮮な魚はどれも美味しかった。




 今日1日外へ出掛けやはり疲れたらしい父は、夜の10時を過ぎると早々部屋へ引き上げてしまった。

 風呂から上がった遥希は汗をかいたせいか喉の渇きを覚え、そのまま台所に向かった。


 冷蔵庫から麦茶を取り出しコップに注ぐ。

 ちょうど佑真もやってきたので、一度視線を向けた。


「飲む?」

「うん」

 一応聞いてみると頷いたので、コップにもう1つ麦茶を注いだ。

 台所のテーブルにそのまま腰を下ろした佑真の前に置く。

 遥希も冷蔵庫の前に立ったまま、麦茶を口に含んだ。


「あのさ」

 目の前の麦茶に手を付けずしばらく黙って座っていた佑真が、こっちを見ることなく話し掛けた。


「何?」

「もしかしてげんと会ってる?」

 突然佑真に尋ねられ、手に持ったコップの麦茶が震えた。

 佑真は何も答えを返さない遥希を気にしたのか、ようやく視線を向けた。


「会ってる?」

「長狭さん?」

「うん」

 佑真に肯定されたので、すぐ笑みを浮かべた。


「何度か会ったよ。葵……ええと柴原さんの彼氏の先輩だったらしくて、少し前に紹介された。たまに皆で会って一緒にごはん食べたり」

「……それだけ?」

「うん」

 いつものように笑って頷いた遥希を、しばらく佑真はじっと見つめた。


「何でもないよ」

 確かに疑いの目を向ける佑真に、平然と笑って嘘をついた。






 2人を隔てるアコーディオンカーテンの12畳の部屋は、まるで遥希と佑真そのものだ。

 簡単に開くそれを、互いは一度も開けたことはなかった。


 突然家にやって来た遥希の目の前で、佑真はわざとアコーディオンカーテンを閉めた。

 その意味を遥希はすぐに悟った。


 まるで空気のように、互いは互いの存在を無視した。

 言葉を交わすこともなければ、視線を合わせることもない。


 アコーディオンカーテン1枚隔て伝わる互いの息遣いさえ、互いは無視した。






 

 荷物を鞄に詰め準備を済ませると、父と一緒に家を出た。

 帰省最終日アパートに帰る前に、そのまま父と共に母の墓参りを済ませる。

 帰りの電車の途中で父は降り、互いに手を振りそこで別れた。



 父のスイカのお土産は、連休中カフェが大変混雑して忙しく働いていた葵の癒しになってくれたようだ。

 小振りの可愛いスイカを膝に抱きしめニコニコ笑っている。


「美味しそう。楽しかった?」

「うん」

 スイカの事ではなく、どうやら魚市場で購入した干物の事らしい。

 きっと喜ぶだろうと買ってきたお土産にいっぱい喜んでくれた。


「今日焼く?」

 夕ご飯にさっそく食べるか聞いてみる。


「週末にしようよ。バーベキューの時みんなで食べよう」

 ウキウキと嬉しそうにスイカと干物を抱えた葵は、さっそく冷蔵庫にしまうためソファから立ち上がった。


 葵の姿を目で追いながら、ぼんやりと長狭を思い出す。

 笑って佑真に嘘を吐いた遥希は、それでも週末長狭に会う。


 平然と笑った遥希の嘘を、佑真はちゃんと気付いただろうか。

 


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