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《14》

 




 長狭との関係は不思議なものだ。

 気が付けば、彼と会うことは普通になっている。

 いくら頭で問うてもわからないので、すでに考えることをやめてしまった。



 月に1度、彼は家にやって来る。

 いつものように4人で鍋を囲み、葵と大志の話に静かに言葉を返していく。

 彼の大きく綺麗な手でいつものように遥希を気遣い、時に大胆に行動する。

 そして必ずその手にはケーキを持ってやって来る。


 白い箱の8個の中に2つのケーキが入っている。

 遥希はいつも2つのケーキを見つけてしまう。



 飽きずに続けた鍋を、近所にある川辺のバーベキューに切り替えたのは初夏。

 昼間に会う彼は普段より行動的で、気が付けばいつも遥希の隣にいる。



 休日の日曜日、電話をかけてきてはお茶に誘われる。

 いつも返事に躊躇っては諦め、了承する。

 どうしても最後、彼の誘いを断りきれない。


 葵のいる店に躊躇いを見せる遥希を、いつも別の店に連れて行く。

 それは家の近くであったり、帰宅が夜に差し掛かるほど遠い場所であったりと様々だ。

 彼の車に乗り隣を意識することも、すでに慣れてしまった。


 2人きりで小さなテーブルに向い合うと、いつも彼との距離に緊張する。

 遥希が好んで食べるものを、彼はいつも同じように向かいで食べる。

 彼に質問されるままに、ポツポツとさり気ない会話を繰り返す。


 いつの間にか彼の視線に応えることは自然となっていた。






「明日帰るから」

 とりあえず確認の電話を入れると、父が短い返事で答えた。

 通話を切り、夜のうちに準備を済ませるため自分の部屋に戻った。


 

「いつまでいるの?」

「3日くらいかな。留守番よろしく」

 タンスの引き出しから適当な服を取り出しバックに詰めていると、葵が部屋を訪れた。

 いつまで帰省するのか確認され、とりあえず曖昧に返答する。

 留守を頼んだ葵は8月のお盆休み、カフェも通常通り営業するため毎年実家には帰らない。


「長狭君も帰るのかな」

 葵がドア近くの壁に背をもたれ、荷物の準備をしている遥希を眺めながらぼそりと呟いた。


「さあ、どうだろうね」

 本当に知らなかったのでそっけなく答える。

 長狭から話すことはなかったし、彼も遥希に尋ねることはしなかった。

 互いに今いる場所以前の話はしない。

 彼が聞いてこないから、遥希も返す必要がない。







 それまで何年も会うことがなかった父と再び暮らし始めたのは、遥希が中学に進学した13歳の時のことだ。


 母が死んだからだ。

 死因は自殺だった。

 母と遥希だけが残された家で、母は死んでいた。


 母を最初に見つけたのは父だった。

 父が風呂場で母を見つけた時、すでに母は死んでいた。

 母を見つけたのは、家を出て一度も帰ってこなかった父だった。

 今まで一度も帰ってこなかった父は、母が死んだ後に帰ってきた。


 母が呼んだからだ。

 最後に帰ってきてと、母が父を呼んだからだ。


 母が死ぬことでしか、父は帰ってこなかった。

 母は死ぬことで、父を家に帰らせた。



 学校で知らせを受け急いで病院に駆け付けた遥希は、その時何年も会うことがなかった父と再会した。

 死んだ母の隣に父はいた。

 怖ろしくのぞいた母の顔と同じように、父の顔は青白かった。


 父は何年も会うことがなかった娘に、何も言わなかった。

 父が何も言わないので、遥希は何も聞かなかった。


 父と会わぬまま中学生となった遥希は、父が佑真を連れて家を出た理由をすでに知っていた。

 誰も教えてはくれなかった。母さえもそれは同じだった。

 それでも遥希は父と母が離婚したことを知っていた。

 中学生となった遥希にそれを悟るのは、すでに容易なことだった。






 

 最寄りの無人駅に降り改札を抜けると、すぐに父の姿を見つけた。

「わざわざ来なくてもよかったのに」

 いつもここまで迎えに来てくれる父に困りながら笑いかけた。


「ついでだから。買い物して帰ろう」

「うん」

 さっそく歩き出した父にならい、すぐ傍に止めてあった車に向かった。


 最寄の駅から車で5分ほど走らせた場所に父の暮らす家がある。

 遥希がここに帰るたび迎えに来てくれる父と一緒に、いつも近所のスーパーに立ち寄る。

 普段は質素な生活であまり買い物もしない父も、遥希が帰る時はカゴ一杯に遥希の好物を詰め込む。

 決して頻繁ではないが距離もさほど遠くなく、年に数度必ず会える娘でも父は嬉しそうだ。


 買い物を済ませ再び車を走らせると、少し先に父の暮らす家が見え始める。

 庭の前に車を止め父と一緒に家の中に入ると、とりあえず自分の荷物は後回しにして台所に向った。

 さっき買った食材を冷蔵庫に詰め込む。


「今日はどうしようか?」

「焼肉にしよう。いっぱい買ったから」

 スーパーで父が大量の肉をカゴに入れたのは、そのつもりだったらしい。



「ちょうど冷えてるから、切ろうか」

「大きい」

 冷蔵庫ではなくわざわざ庭先に桶を置き氷水に漬けてあったスイカは、とても大きくて少し驚いた。

 父が包丁を少し入れるとパカンと音を立て、勢いよく半分に割れた。


「甘い。今年は上出来だ」

「甘いね」

 適当な大きさに切り父と並んで縁側の廊下に座ると、庭を見ながら食べ始めた。

 目の前に父の育てた野菜が実る畑がある。

 今日のスイカもそうだが、毎年2.3個ほど収穫できるらしい。

 今年のスイカは特別大きくて甘い。


 父の生まれ育った日本家屋の家は、すでに築80年になるという。

 遥希が小学6年生の時、父の母である祖母が他界した。

 すでに祖父はなく、母と離婚し家を出た父は佑真と共に祖母とこの家で暮らし始めた。


「帰り、小さいの1個持っていくか?」

「うん、葵も喜ぶよ」

 こんなに大きいスイカはさすがに重いが小さければ大丈夫だ。

 留守番中の葵にも父のスイカを食べさせたい。


 2人で1/4ほど食べ終わり、残りはラップをかけ冷蔵庫に閉まっておく。

 荷物を置きに行くため、そのまま2階の部屋に上がった。



 真夏の暑さがこもった熱気を逃がそうと、すぐに窓を開け放つ。

 6畳の部屋は家具以外物もほとんどなくすっきりしたものだ。

 遥希がこの家に来た中学校時代からこの部屋を使っていた。


 元々は12畳だった2階の空間は、今はちょうど真ん中に壁がある。

 壁の向こう側は佑真の部屋だ。

 高校時代までこの壁はまだなかった。

 父が気を遣い、遥希がここに来た当初真ん中にアコーディオンカーテンを取り付けてくれた。


 1つの空間が2人別々の部屋になった。


 

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