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《11》

 




 周囲が賑わいを見せる休憩室の中、一度席を立った遥希は脇に備えられている給水ポットに近付いた。

 紙コップを1つ取り、熱いお茶を注ぎ入れる。

 たった今ドアから入ってきた彼女に気付き、もう1つ紙コップを手に取った。


「遅かったんだね」

 テーブルに座ったばかりの青山に近寄ると、紙コップの1つを彼女の前に置いた。


「すみません。小野さんどうぞ」

 青山はお茶を持ってきた遥希に礼を言うと、すぐに隣の席を勧めてくれた。

 遠慮なく腰を下ろした遥希は、手に持ったお茶をゆっくり飲み始めた。


 昼休憩を30分残しすでに昼食を摂り終わった遥希に対し、休憩室に来たばかりの青山はようやく弁当を広げ始めた。


「実は、家にこれ忘れちゃって」

 弁当を忘れたらしい、照れ笑いを浮かべた青山が遅れた理由を教えてくれた。


「さっき親がこっそり届けてくれたんです」

「ああ、そうだったんだ」

 家に忘れたはずの弁当が今ここに存在する理由がわかり、遥希も納得して頷いた。


「コンビニで買うからいらないって言ったんですけど」

 わざわざここまで届けてもらい恥ずかしく感じたのか、青山は少し赤くなり目の前の弁当を見つめた。 遥希もつい可笑しくなり、笑みを浮かべた。


「わあ、今日も美味しそうだねぇ」

 気分を上げさせようと、わざと弁当をのぞき込んだ。

 決してお世辞ではない。彼女の弁当は時々見せてもらうが、いつもとても美味しそうだ。

 おかずの種類が豊富に詰め込まれている豪華な2段弁当は、ごはんも混ぜご飯になっていて相当手が込んでいる。

 まだ未成年で実家暮らしの青山の弁当は、毎朝母親が早起きして作ってくれるらしい。


「お母さん、本当にすごいね」

 おかずもすべて一から手作りだという弁当に改めて感動し、繁々と見つめてしまった。

 青山の母親の努力の結晶は、昨晩の夕食の残り物を詰め込んだ自分の手抜き弁当とあまりにも差がありすぎて、比較するのもおこがましい。


「うちは過干渉なんです」

 青山は美味しそうな弁当をぼそぼそと口に運びながら、表情なく呟いた。

 脈絡のない言葉は、おそらくわざわざここまで弁当を届ける母親に向けられたものだろう。


「……過保護ではなくて?」

 青山にも母親にも失礼極まりないが過干渉という表現よりそっちの方が適切なような気がして、思わず正直に口に出してしまった。

 それになんとなく正直に告白した彼女に、ごまかしの言葉をかけてはいけないような気がした。


「過保護じゃないんです、過干渉」

 はっきり否定した青山は弁当を食べていた箸を放り置き、うんざりするように息を吐いた。


「私の事すべて管理してないと気が済まないんです。食べ物も持ち物も服も全部、私が身に付けるもの全部」

 怒りを滲ませた青山は、まるで溜め込んだものを吐き出すように言葉を続けた。


「化粧もダメ髪も染めちゃダメ肩より長くしたらダメ、ドラマもアニメもダメ教育テレビならOK、電話は決められた人と5分以内、彼氏なんてもっての外。私、漫画好きじゃないですか。家で読んでるとすごく怒るんです。部屋に置いてると全部勝手に捨てられるんで、いつも天井裏にこっそり隠してるんです。馬鹿みたいでしょ? あの人の知らない場所なんてそこしかないんです」

 まるで興奮したように早口で言い連ねたはずなのに、彼女は息1つ乱していない。

 確かに怒っていたはずなのに、最後はひどく冷静だった。


「さっさと死んじゃえばいいのに」

 ぼそりと届いた呟きは怒りではない、悲しい声だった。


目の前の弁当だけを見つめていた青山が、ようやく遥希に視線を向けた。

「小野さん、ごめんなさい。うるさかったですよね」

 恥ずかしそうに笑みを浮かべた彼女は、いつもの青山だった。


「ううん、いいんじゃないかな」

 明るい口調で肯定すると、青山は不思議そうにこっちを見つめた。


「練習だと思えばいいんだよ」

「え?」

「いつか自分の気持ちをお母さんに言える練習。いつでも付き合うよ」

 ぽかんと遥希を見つめる無防備な青山は子供のように可愛らしくて、思わず笑ってしまった。


「お弁当食べちゃおうよ。すっきりしたらお腹も空いたでしょ?」

「……はい、そうみたいです」

 青山は大きく頷いて笑うと、再び箸を持ち始めた。







 母が作ったお弁当の思い出は運動会。


 その時仕事が忙しく帰りもほとんど遅かった父は当日来れず、母は1人お弁当を持ってやって来た。

 昼休憩になり、遥希と佑真が走っていくと、シートに座っていた母は笑って待っていてくれた。


 「おかえり、がんばったね」

 ちゃんと見ていてくれた母は遥希の頭を優しく撫で、いっぱい褒めてくれた。

 胸にはられた4等賞の赤シールを見つめ、すごいすごいと喜んでくれた。

 隣に座る佑真の胸には金色シールがはってあった。

 母は金色じゃない赤シールの遥希をすごいすごいといっぱい褒めてくれた。


 目の前に広がった大きなお弁当は、母が早起きして作ってくれた。

 遥希の好きなものがいっぱい詰まっている。

 エビフライとハンバーグ、甘い卵焼き、のり巻きとおいなりさん。

 デザートの大きな苺。

 特別豪華な母のお弁当は、いつもよりもっと美味しい。

 母はいっぱい食べる遥希の姿を見つめ、にこにこと笑っていた。


 お弁当を食べていると、朝から仕事に行ってしまった父が途中から来てくれた。

 シートに座った父はみんなと一緒にお弁当を食べ始めた。

 父の隣にいる母は、とても嬉しそうに笑っていた。

 

  

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