多人数を1人で相手するなんて無茶すぎる!
あたしの状況が分かったの? と言おうとして、イコールさんは、自分の口に人指し指をあてる。
「あのダンジョンで、突然表れたモンスターの名前。今回、お前が討伐対象になっているミッションの名前と、それが出されたタイミング。そして、王都の魔導書の情報が現れて、消えた時間。それに加えて、お前の存在を知っていれば、誰だってここにたどり着ける」
と、そこでイコールさんは大きく息を吐いて、あたしの目をみた。
「お前の方の事情を聞かせろ。一体なにがあってこうなったのかは、全く分かってないんだ」
一刻を争う事態なんだと言わんばかりの、真剣な眼差しに、あたしはこくこくと頷くしかなかった。
イコールさんと別れた後に、トラップを踏んで「状態異常:モンスター化」にかかってしまったこと。その状態異常がどんな効果なのか、今まであたしがなにをしていたのかを、彼に聞かれるまま話す。
話すたび険しくなっていくイコールさんの顔が怖い。あたしに対して、じゃなさそうだけど。
「アバター消失って、さすがに冗談じゃ済まないだろ。運営はなに考えてんだ……?」
「狂ってる」と、頭を振るイコールさん。
「しかも、煽ってるとしか思えない解答メール。これネットに晒されたら、会社が1つ潰れるぜ?」
憤るイコールさんを、あたしは止めようとする。
「えーと、あたしはここに潰れて欲しくないから、晒したりとかはしないかな」
「……お前、マジで言ってんの?」
毒気を抜かれた、と言うより、呆れた様子のイコールさんは、大きくため息をつく。
「本を読みたいってだけで、ここまでこのゲームに執着出来るのか……? 俺には全く理解できない」
「出来なきゃそんなこと言いませんよ?」
「そりゃそうだけども。俺だったら、あんなメールが返ってきた時点で、ゲームをアンインストールしてるぜ?」
「……………………」
ちょっと考えてみよう。もしあたしが健常者で、普通にリアルで本を読めたとしたら……うん、あの返信でアンインストールどころか、魔法使いを続けてない。
もしかしたら、このゲームをはじめてすらいないかもしれない。
自分の異常さを再確認した上で、あたしはしらを切り、話を変える。
「で、あたしはこれからどうすればいいかな?」
イコールさんは苦笑いして肩をすくめたが、突っ込んではこない。
かわりに指を動かして、メニュー操作をしている。
「よっと」
『equalからプレゼントが届きました。受けとりますか?』
唐突に目の前の彼からプレゼントが届いた。
「なにこれ?」
「とりあえず受けとれよ」
言われるがままに『はい』を押すと、木の実やら薬草やら、回復系アイテムの合成素材がアイテムボックスに入る。
使えないものの合成素材を渡されてもなぁ。これでなにをしろっていうの?
「合成前のこいつらも、回復アイテムとして使えるんだぜ? 回復量は少ないけどな」
あたしの上に浮かぶ疑問符に気付いたのか、イコールさんは説明してくれた。
薬草で回復するしかなかった、ゲーム開始直後のことを思い出す。確かにこれらはリストに載っていなかった。
あたしはメニューを開いて、手持ちアイテムを確認する。全部使えば、HPは全快まで、回復素材の少ないMPも重力魔法10発分ぐらいは回復出来そうだ。
あたしは、アイテムを使いながら目だけイコールさんに向ける。
「回復しても、このまま見つかれば、さっきと同じことの繰り返しになっちゃうよね」
当たり前だけど、イコールさんがプレイヤーと戦うことは、出来ないのだ。
「そうだな。このまま雑談してれば、プレイヤーとして見られる可能性もあるけどな」
「ターゲット表示があるのに?」
「……うん、無理だな。なぁソウさん。魔法が、もっとも効果的に使えるシチュエーションって、どんな時なんだ?」
これは即答できる。
「1対1での戦い。1人ずつなら回復されてても倒せる……と思う」
「パーティー組んでる人達を、タイマンに持ってくのは難しいな……」
イコールさんは思案顔で唸ってしまう。
「このまま誤魔化しきれないかな?」
彼はゆっくり首を振る。
「NPCならいけるかもしれないが、プレイヤーをいつまでも騙せるとは思えない」
うーん、いいアイデアが思い付かない。こうしている間にも、見つかってしまう可能性があるのに。
「イコールさんがプレイヤーに攻撃できれば、まだやりようがありそうなのに。あたしにしか攻撃できな────」
「それだ!」
声が大きいって! あたしは慌ててしー、のポーズをする。
イコールさんは顔を上げ、ゆっくり左を見て、右を見て、それから振り返った後、再び茂みに顔を入れる。
「いける。しかもちょうどいい感じの森の中だし、相手の盲点をつけるぜ。少なくとも、小一時間ぐらいの耐久なら楽勝だ」
まくしたてるイコールさんに、あたしはついていけない。
「えーと、それはどんな方法なの?」
内容を聞いて、あたしは「冗談でしょ?」と聞き返したのだけど、イコールさんは真顔で「マジで言ってる」と首を振るだけだった。
た、高い。落ちたら、一体どれくらいの落下ダメージをくらうのだろうか?
揺れる枝の上で、そんなことを考える。
あたしは今、木の上にいる。
ほとんどの木は、プレイヤーの手の届く範囲に枝がないから、木登りが実質的には出来ない。だけど、今回はイコールさんが、あたしに対して打ち上げ系の剣技を使うことで、なんとか1番下の枝に引っ掛かることが出来たのだ。
正直、1発で成功したのは奇跡に近いと思う。
そういうわけで、今ここにイコールさんはいない。一応あたしの魔法で、木の枝に上げようと思えば上げられたのだけど、これ以上役にたてないから、と拒否されてしまったのだ。
あたしは木を半ばぐらいまで登って、他より少し太い枝に、腰をおろしている。
前のトリガーの忠告を真に受けて、スカーフに迷彩柄の半袖半ズボンという、絶対に魔法使いに見えない、シーフっぽい格好をしていて良かった。ローブとか着てたら、木登りなんて不可能だったと思う。
でも、この格好で魔法撃ってたら、さすがにプレイヤーだって分かるよね? あたし、一体どんな風に見えてるんだろう……?
まぁそんなの掲示板とかを見れば、すぐに分かるか。どうせ画像が上がってるだろうし。あたしは意識を木の下に向ける。
イコールさんの言ってたとおり、ここはかなりの盲点だと思う。でも、もしかしたら気分転換で上を向いた人に見つかるかもしれないし、他の木に登るモンスターに出会っていて、上に気をかける人がいるかもしれない。
と、そこにプレイヤーがやってきた。息を潜めて過ぎ去るのを待つ。プレイヤーはキョロキョロと周りを見渡し、上には目もくれずに歩いていった。
息をつく暇もなく、次のプレイヤーが下に。多分暗殺者だ。イコールさんがいなくなって、この辺りを調べていないことに気付いた人が出てきたみたい。
暗殺者の頭が、首を傾げるように揺れ、そして天を仰ぐように顔を上げつつある。
見られる、と思ったときには呪文を唱えていた。
《重力誘導!》
縄を手繰り寄せるように、腕を振り上げる。すると、見えない力がプレイヤーにかかり、空中に浮遊した。
葉や枝にぶつかりながら、引き上げられる暗殺者。あたしはそこに追撃する。
《雷力解放》
《雷力解放》
大きな爆発音がする火の魔法は、さすがに使えない。雷が敵を打つ音にびくびくしながら、更に追撃。
《重力解放》
落ち始めた暗殺者に対して、真下へと力をかける。敵は凄まじい速さで地面に衝突し、光の粒子となって消えた。
これで終わりじゃない。どうせみんなここに集まってくるだろうから、枝を伝って逃げないと。
太い枝に足をかけ、隣の木の枝に手をかけて、ため息をつく。
あたし、一体なにやってるんだろう。
さっきのようなことを5,6回。時間はそろそろ11時55分をまわるから、今日はこれで逃げ切れるはず。
それでも下に注意を払い、12時になるのを待つ。
そこに、白銀の鎧の守護者がやってきた。彼は、迷いなく上を向く。
嘘でしょ? もうバレたの!?
あたしが動揺している間に、守護者は叫ぶ。
《全てを我が身に!》
でもこれ、正直意味ないよね。どっちにしろここまで来るのは難し────
「暗殺者、俺の鎧を踏み台にしてなんとか枝にしがみつけ! 弓を使えるやつは援護しろ!」
まさかの方法! いや、でもやらせないし!
《重力解放!》
けれど、魔法は発動しない。また重力耐性? とも思ったけど違う。
あたしはメニューを開き、ステータスを見る。
HP 15084/1018
MP 13/496
あぁーもうやっぱりだ! このMPで発動するわけがない!
時間は後3分。麻痺をもらって落とされるくらいなら!
あたしは登り途中の暗殺者を巻き込みながら、下に落ちる。落下ダメージを押さえるため、プレイヤーの1人を踏み潰し、そのままスキルを発動させた。
《最後の全魔法!》
《無の創造!》
《炎力解放!》
《炎力爆発!》
《雷力解放!》
その場のプレイヤーが吹き飛んだ後に、一緒に落とした暗殺者2人を爆炎が、そして踏みつけた聖職者を雷撃が襲い、光の粒子に変化させる。
始めて驚いた顔を見せた守護者に、あたしは次なる魔法を叩きつけた。