あたしがなに悪いことしたのか知らないけれど、あのトラップはエグすぎる!(下)
「モンスターなら、プレイヤーに出来ることが出来なくなっていても仕方ないじゃん?」とでも言いたいのかな!? 嫌がらせにもほどがある! この理不尽すぎるバッドステータスに、これ以上物申すことを、プレイヤー様方はお許しにならなかった。
叫んだプレイヤー――多分闘剣士が、あたしに剣を構えて突進してくる。普通に走って出るスピードじゃない。闘剣士のスキルは分からないけれど、多分これはシステムアシストがかかってる。当たったら、一瞬でHPバーが吹っ飛びかねない。
真横に向かって走り、通り過ぎて行く闘剣士を後目に、あたしは森へ向かって駆ける。ある程度走って振り返ると、彼は再度突っ込んで来ようとしている。
追いかけられてたら、絶対面倒くさいことになる! あたしは早口で呪文を詠唱。
《重力解放!》
「うわぁああああああ」
闘剣士は、なにか見えない引かれて、落ちるように草原の向こうへ飛んで行った。
このまま行けば相当な落下ダメージが入るはず。これは呪文自体にダメージ判定がないかわり、消費MPが少ないエコな魔法なんだよね。
とは言え、何十発も撃てるわけじゃない。ああやって叫んでたってことは、きっと他のプレイヤーもあたしを狙ってるってことだよね? 時間を見ると、今は10時45分。回線落ちるまで、もしくは全員倒すのに、それで足りるかなぁ……。
森に隠れるしかない。走りながらあたしはそう結論をだした。さしあたって、今あたしに向かって走ってきている二人の暗殺者をまかないと! あたしは全力で森へ向かって走る。
左右から風切り音がした。ザザッと止まると、あたしがいたはずの場所にナイフが刺さる。きっと麻痺毒とかが仕込まれてたんだろう。危なかった。
でも、相手は多分足止めが目的。暗殺者は、パッシブスキルで行動力をあげられるの! ほら、もう追いついてきた!
前も言ったとおり、魔法はほぼ単体攻撃。相手が走ってくるスピードから考えて、倒そうとしても絶対に間に合わない。
状態異常狙いでいこう。あたしは近い方の暗殺者を見る。
《闇力注刺!》
あたしの右手に4つの黒い球体が回り始める。多分回り始めてる。確認する暇も惜しんで、暗殺者へボールを投げる動作をした。
飛んでいったのはボールではなく黒い矢のようなもの。矢は速度を増しながら、まっすぐ飛んでいく。そして、ナイフを取り出そうとしていた暗殺者に命中した。すると、彼の目元に黒いモヤモヤが発生した。
状態異常暗闇、一発でなってくれるなんて運がいい。これなら行動自体は出来ても、あたしを追いかけることは出来ないはず。
喜んでいる暇はないね。あたしは後ろを振り返る。黒装束の少女は、もう短剣を降り下ろそうとしている。一撃もらうのは仕方ない。こちらも矢を飛ばす、飛ばす、飛ばす!
二発目で黒いモヤモヤが生まれる。暗闇にはなってくれた。けど、あたしも彼女の攻撃を避けられない。暗殺者の攻撃力は、非常に高いって聞いたことあるよ? 雑魚敵なら一撃で倒せるとか。もしかしなくても、かなりマズイ状況。
サクッ
不似合いなほど軽い音を立てて短剣が胸に刺さる。もちろん痛みはない。けれどHPが急激に……あれ? これだけ?
HPバーの……精々20分の1ってところ? 減ったHPはそれだけだった。どうしてなのかは知らないけれど、まぁ別にあたしには関係ない。耐えられたなら、逃げるだけ。
虚空に標的を探す二人の暗殺者を置いて、あたしは森のなかへと逃げ込んだ。
森の中を闇雲に走る。幾度となく木の根につまづいて、転びそうになったけれど、暗殺者達が追ってこれなさそうなところまで逃げ続けた。
しばらく走って、走りながらあたりを見回す。周りには誰もいなさそう。それなら動いてるよりじっとしてたほうがいいよね? あたしは低い木の茂みの中に身を隠す。
ログアウトは……出来ない。まだ視界にHPバーが映っているから、当然と言えば当然なのだけれど。逃げて振りきれば、戦闘状態が解除されると思ったんだけどなぁ。
そのへんの仕様は、この正気とは思えない状態異常と一緒に運営へ抗議しよう。今はとにかく、12時まで逃げ切ることを考えなきゃ。
このゲーム、索敵スキルや、某狩りゲーのペイントボールようなものは存在しない。少なくともあたしの知る限りは。だから、このまま隠れんぼで勝てる可能性もないことはない。そして、もし見つかったとしても、逃げ切ってまた隠れなおせる可能性も高い。大人数に囲まれても、1度なら逃げ切れる自信がある。
逆にどんな場合だとマズいのかな? 暗殺者に隠密術を使われて、あたしが気付かないうちにやられるとか? 後は…………。
「魔女がいたぞ!」
やばっ、見つかった! あたしは立ち上がって、叫んだ相手に重力魔法を放つ。その対象は冗談のように吹っ飛ぶ。そして、木の幹に大きな音を立ててぶつかって、それでもなお力が働き続けたようでHPがグングンと減っていった。やがてHPバーが消滅して、体がポリゴンとなって溶けていく。
あんまり見ていて気持ちのいい光景じゃない。悪い事をした気分。けど、そんなことを言ってここにとどまっていたら、今度はあたしが溶けて消えてしまう。罪悪感を覚えながら、あたしはそこから逃げ出した。
走って、走って、でも、今回は誰も居ないところには、辿りつけなかった。
むしろ、逃げないほうがよかったかもしれない。そう思ってしまうくらいにはマズい、もう1つのパターン。
あたしの逃げた先には、大剣を背負い盾を持った重武装の戦士、俗にタンクと呼ばれる近接職の守護者がいた。鈍重そうで逃げやすいと思うかもしれない。けど、この職の固有スキルはマズいの。
使われる前に倒さないと。重力魔法は、こういう重い敵にあんまり効果がない。あれ以外で盾じゃ防ぎにくくて、なおかつスキルを封じ込められる魔法は!
《雷力束縛!》
木々が根差す地面から稲光が這い寄り、鈍色のプレートアーマーを雷撃が襲う。
けれど、守護者は麻痺にならない。
かなり高確率でなるはずなのに! どういうことなの!? あたしは叫びたくなるのを堪えて、もう1度同じ魔法を繰り出す。やっぱりならない。とそこで、無言を保っていた守護者が呟く。
「やはり雷属性耐性は役に立つな」
あぁなるほど、そういうことですか。鎧か盾に耐性がついてるのね。って、納得してる場合じゃない! 他にいい魔法は……。
そこで時間切れ。守護者はあたしが最も恐れているスキルを使った。
《全てを我が身に》
彼の身体から赤いオーラのようなものが放たれ、拡散する。この固有スキルは守護者を盾役たらしめるスキル。敵のヘイトを稼ぎ、そして一定時間逃げられなくする効果があるスキルだ。
『一定時間』は修練度によって変わるらしいけど、今回の場合は5分。あたしの視界の左上に、赤い文字でカウントダウンされている。
つまり、あたしは5分間ここから逃げられない。誰が加勢してこようとも、どれだけ劣性に立たされても。
スキルを発動させるなり、巨漢の守護者は盾を背負い、大剣に持ち変えて上段に振りかぶる。慌てて距離をとった瞬間には、あたしがいた場所を得物が大きく抉っていた。
なんというバ火力。あたしは盾をしまった相手に対して、魔法を使うか迷う。倒せばこのスキルの効果は解除されるのだ。
あー無理無理。直ぐに頭を振る。プレートアーマーに耐性がついているのかもしれないし、なにより攻撃をやめて防御に回られたら絶対に倒しきれない。
そうしている間に、段々とプレイヤーが集まってきた。
みんな守護者の攻撃を邪魔したくないらしい。だから、近づいてはこないけど、狩猟者は弓を引き、暗殺者はナイフを投げてくる。
1番怖い麻痺毒をもらうかもしれない投げナイフに気をとられ、雨のように振る矢や、避けやすいはずの大剣の攻撃にまであたってしまう。少しずつ、少しずつだけどHPが減っていく。
スキルの残り時間はあと1分50秒。このまま攻撃をもらい続ける? いや、移動さえ止められれば、遠くから攻撃してくる人たちに反撃できるじゃん!
あたしはそれを実現するために呪文を詠唱する。
《凍てつく大地!》
プレイヤー達の足を、地面が飲み込む。抜け出そうともがけば、地面が霜で白く染まり、抜け出す前に凍りついていった。
この魔法は、魔法使いにとってものすごく貴重なタイプの魔法。移動阻害系の魔法であり、なおかつ範囲魔法なのだ。
効果時間もそれなりで30秒。それ相応にMP消費はするんだけど。
まだ攻撃のためのMP残ってるよね? あたしは視界が狭くなるって理由で、MPバーを出していない。だから確認のために、再度ステータス画面を開いた。
そこに書かれていた数字は
HP 15084/1018
MP 7627/496
「え?」
バグってるとしか思えないHPとMP。右の最大値があたしの本来のステータスだから、その約20倍!? その他のステータスも、2倍から3倍くらいの高いように見える。そりゃあ暗殺者の攻撃をもらっても、HPが全然減らないわけだ。
でもなんで? 疑問に思ったのは一瞬で、すぐに『モンスター化』の説明を開いていた。
『一部アイテムの使用不可
一部騎乗モンスターの使用不可
一部サービスの使用不可
新規スキルの取得不可
死亡時指定アイテムドロップ
死亡時アバター消滅
戦闘状態の条件変更
ログイン場所の変更
ログイン時HPMPを一定値まで回復
全ステータスを上昇』
やっぱりこれのせいか! というか何? 死亡時アバター消滅!? 冗談じゃない! と、あたしが1人ハッスルしている間に、凍てつく大地の効果が切れてしまった。
またプレイヤー様は、あたしが物申しているのを邪魔してくるんだね。
だけど、そうと分かれば手加減しない。悪いのは全部運営、頭では理解してる。でも、あたしのアバターを消滅させようとしてくる彼らを、どうしても怒らずにいられない!
あたしはもう1度、さっき使った氷と地の複合魔法を詠唱。プレイヤー達は再び動けなくなる。その姿が思った以上に滑稽で、笑いが込み上げてくる。
微笑んだまま、あたしは1番近くにいた敵に、1番火力の出る魔法を使う。
《炎力爆発!》
虚空に生まれた火の玉が、あたしの指差す方向へ飛んで行く。そして標的に当たった火の玉は
ズバァアアアアアン
周囲のプレイヤーも巻き込んで爆発。一撃じゃ倒しきれなかったけど、そんなのもう関係ない。
《炎力爆発! 炎力爆発! 炎力爆発!》
どんどんと魔法を撃ち続ける。1人焼き払い、2人焼き払い、ちょっと固かったけど、忌々しい守護者も焼け死んだ。
でも大丈夫。街に死に戻りしただけだから。
別にアバター消滅するわけじゃないんだから!
その様子を見ていた他のプレイヤー達は、全く動けずにいるか、思い出したようにバインド状態の回復薬を飲んで、我先にと逃げ出すかだった。
あたしは動けずにいる1人のプレイヤーを視線を向けて、呪文を唱える。
相変わらず微笑んでいるつもりなのに、彼は酷く怯えた表情をした。
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
「魔女討伐を受けた半分のプレイヤーは死んで街へ戻ってきて、もう半分は逃げ帰ってきたらしいわ」
「予想通りモンスター化でステータスに補正がかかってそうだね」
昨日と同じく宮殿、修道騎士の少女の部屋。しかし話している相手が違う。法衣に身を包む、線の細いどこか中性的な少年だ。
少女は昨日と打って変わって、ソファの肘掛けに頭と膝を載せるというだらしない格好している。少年もそれに口を出さない。
「で? これであたし達はその子のところに行けるの?」
少年も彼女ほどではないがゆったりとくつろいでいた。少年はくつろいだまま苦い顔をする。
「それがね、今日のクエスト参加者のレベルで負けるのは仕方ない。もっとレベルの高い連中に、パーティーを組んで行かせるべきだって意見が多くてね……」
少女は、肘掛けから頭を上げた。怪訝そうな顔で少年を見る。
「……モンスター化した状態で死んだら、その子のやってきたこと全部パーなのよね? 対策は打ってあるのかしら?」
「僕の明日の教会での予定はフリーにしてきた。彼女のログインしてる時間がいつも通りならフォローできる」
「圧倒的に勝って私達が表立って行けるように?」
「そこまで断言は出来ないけれど……」
はぁ、とため息をついて少女は立ち上がる。
「私からも早く行かせろって、上に言うわ。だから、少なくとも殺させないようにはしておいてね、シリウス様」
シリウス、そう呼ばれた少年は、苦い顔から嫌そうな顔にかわる。
「その名前本当に好きじゃないんだよ! なんでこんな名前をアスミ殿は押し付けてくるかなぁ」
「私は押し付けてなんかないわ」
「『シリ』から始まる名前なんてこれ以外――」
この二人こそが現最強のプレイヤーであり、教会のもっとも中心部にいるプレイヤーなのだが……。
「シリオでもシリンダーでもなんでもいいじゃない!」
「どっちも嫌だ!」
この姿を見せてもきっと信じてもらえないだろう。