なにか起こった瞬間回線落ちとか嫌すぎる!
雷と炎の属性耐性、そして物理反射持ち。もうどこからどう考えても手強い敵だけど、生きてここから出るためには、というより、あたしとしてはどうにかこの本を持ち帰るためには、目の前にいるこの石像を、なんとしてでも倒さなければいけない。劣勢とか言ってる場合じゃないの。
まだイコールさんをターゲットにしたままの敵に、あたしは呪文を唱える。
《削力解放!》
《削力減少!》
見えづらいけれど、石像の材質と同じ灰色のエフェクトが、敵の体を2度包む。起こった現象はそれだけだけど、画面上に映るHPバーはガクッ、ガクッと減少。
「HP削りだと!?」
イコールさんが叫んだ通り、これは1体の敵に1度しか使えない、無属性の削り魔法。相手のHPが満タンなら、2つ合わせて12.5%のHPを文字どおり削ることができる。
もちろん対ボス戦では凶悪な性能になる。この本たちを読みに行くためのクエストはかなり面倒だったから、あたし以外に覚えている人がいるか怪しいレベルの魔法だね。少なくともwikiには載ってなかった。
となると、あたしを過剰評価してるイコールさんの前では使わない方がよかった?
気にしちゃいられない! それがあたしの出した結論。このごろあの洞窟でてこずっていたせいで、全然本読んでないもん! こいつを倒さないと手に入らないなら、なりふり構わず使うしかない。
大きなダメージを与えたことによって、ターゲットがあたしに移る。さぁここから本番!
《樹力束縛》
樹の根が床を突き破り、こちらへ向かって走しりだしていた石像の足に絡み付く。
ズッダァアアアン
大きな音とほこりをたてて、石像が転んだ。足止めと締め付けの魔法なんだけどね。運がいい。
石像が転んだことによって受けたダメージはあたしが予想してたより大きい。もしかして、物理反射を持ってるからHP自体は低い……?
あたしは確かめるために、床に手をついて起き上がろうとする敵へと、追い打ちをかける。
《氷力解放!》
どこからか現れた氷塊が敵を打つ。氷片が岩に突き刺さり、苦悶の声と共に、石像は再び床に伏す。あたしは画面のバーを確認。やっぱりHPは高くない。これならあの魔法で……。
HP削り魔法2連打でかなりのMPを使っちゃってる。さっきの氷の魔法を撃てるだけ撃ち、あたしは叫ぶ。
《最後の全魔法!》
全ての魔法を1度ずつ撃ったらそれでおしまい。そこまでに倒せるかは分からないけど、やってみるしかないよね!
《爆呪炎!》
石像の回りに黒い炎が生まれる。ダメージは与えないけれど、炎はまとわりついて離れない。
この魔法の発動を見届けていた間に、敵は起き上がり、うめきとも叫びともとれる声をあげた。
怒り状態。一昨日のボスが思い出される。数度攻撃を喰らったら死んじゃう気がするよ。
だから、一昨日と同じことを繰り返した。雷、氷、木属性の状態異常を与えられる攻撃を放って動きを止め、そこから、前回は使えなかった火属性のも含めた、全ての魔法を敵に打ち込む。
派手な効果音とエフェクトが、広くない部屋のなかで炸裂した。
全ての魔法を撃ちきり、息切れしたような気分になって、荒い呼吸をしていたあたしにイコールさんが叫ぶ。
「おい! まだ倒せてないぞ!」
分かってた。どんなに魔法を防御が低くたって、相手はボス(っぽいやつ)なのだ。倒しきるのは難しい。残っていたHPのうち、今ので削れたのは7割くらいだね。
だから、なんとかなる! そんな意味をこめてイコールさんに笑い返した、その瞬間
ドガァアアアアアアアアンッ
突然の大爆発。でも驚かないよ、これがさっきの魔法の効果なんだから!
爆呪炎は一定時間に与えたダメージと同じだけの火・闇属性ダメージを与える魔法。削りと並ぶ、高火力の対ボス魔法だね。石像に火耐性があるから半減されちゃうけど、残HPの7割削ったから、後3割分のダメージは与えられるはず!
実際、爆炎が晴れた後、そこに石像の姿はなかった。かわりにさっきの質素な墓標が、ちょこんと現れている。
そして、その上には本。あたしはかけよって、今度こそ本を胸に抱く。うん、いつものことだけど、本物そっくりの素晴らしい本。
どんな内容なんだろうなぁ。無難に神話とか? いやでもわざわざこんなミッションが用意されてたってことは、そこのお墓の主のお話なのかな?
ミッションクリアのファンファーレを聞きながら、あたしは想像、いや妄想する。ここで読んでもいいんだけど、折角だから地上で、椅子に座ってゆっくり読みひゃうっ!
「驚かさないでよ!」
背後からいきなり肩を叩いてきたイコールさんに、思わず大声を出してしまった。
「驚かすなはこっちの台詞だぜ……?」
半目であたしを見るイコールさん。いろいろな感情を通り越して、呆れしか残っていないって感じ。
「魔法防御が低そうだったとはいえ、あの敵を1人で倒すなんて普通出来ないぞ? それだけじゃない。お前は気付いてないかもしれないが、最初の魔法と最後の魔法は、職業間バランスを整えられるレベルの魔法だぞ?」
「整えられる、ですか?」
そんなこと言う人は初めてで、思わず笑ってしまう。でも、確かにぴったりの言葉。
「いや、笑うところじゃない。俺は今結構真面目な話をしてるんだ!」
「そうでしたね。ごめんなさい」
にこやかにそう言うと、彼はがっくりと肩を落としてため息をつき、そして顔をあげる。
本当に真面目な顔になっていたので、あたしも笑みを消し、イコールさんを見る。
「あのレベルの魔法があると、もうボス戦以外で役に立たないから弱いとかいうやつはいないと思うぜ」
「何度言っても、あたしがこれを使えるなんて言いませんから」
あたしは若干目を逸らしながら言った。
「そんなに本が読みたいか?」
「そうですね~。そんなことしてたら本を読む時間も、探す時間もなくなっちゃ……ってなんで知ってるんですか!? ……もしかしてあたし、本を手に入れてからにやけてましたか?」
真顔のまま頷かれる。ダメだなぁ、イコールさんに見られてるってことが、頭からすっかり抜け落ちていたよ。気付かれてしまってマズいというより、ただただ恥ずかしい……。
真っ赤になってしまった顔を覆うあたしに、彼はまたも呆れ声で言う。
「忙しいやつだな……。なんでわざわざゲームの中でやらなきゃならねぇのかは分からないが、別に詮索したりする気はねぇから安心しろよ」
折角のフォローもちょっと的外れ。それでも無理矢理気持ちを切り替える。
ここで落ち込んでたら、本を読む時間が減っちゃうもん!
「詮索しないって言ってくれるなら、別にいいのです。早く上にもどりましょう!」
「……なんというかお前、誤魔化すの下手だよな。今回はただじゃあ誤魔化されてやんねぇぞ?」
「そんなに分かりやすいですか?」
「あぁ、滅茶苦茶な。早く本を読みたいなら、パーティーを組んでくれっていう俺のお願いに返答してくれないか?」
イコールさんがここ来た目的はあたしをパーティーに誘うこと、だったよね。なら答えなきゃいけないけど、そんな簡単に決められるものじゃない。
「本を探すにしても、魔法職1人じゃ辛いことだってあるだろ? 力になってやれると思うんだが」
「そこまで熱く求められると、はいって言いたくなるのですが、でもやっぱり考えさせて欲しいです。明日、明後日にはお答えします」
「それは本を読みたいがための方便じゃないんだな?」
こくりと頷くと、イコールさんは「仕方のねぇことだな」とメニューを操作。フレンド申請が送られてきた。
「返答はゲーム内メールでしてくれればいい。もちろん決める前に何か困ったことがあったら遠慮なく助けを求めてくれ」
「イコールさんも、あたしに助けを求めていいですからね?」
多分、今さっきのことを思い出しているんだと思う。イコールさんはばつの悪そうな顔をした。
「さっきみたいなことはそうそう起きねぇよ。 お前が変なトリガー踏む可能性の方が、ずっと高いんだからな?」
「あたしは躊躇なくイコールさんに助けを求められるから大丈夫です! よろしくお願いしますね?」
「はいはい、分かったよ」
そんな話をしながら、あたし達は地上へと戻るため、歩き始めた。
地上へ戻った後、早々とここを出ていったイコールさんを見送り(イコールさんは去り際に「追い出すんじゃねぇよ!」って言ってたけど、ちょっと何言ってるかわかんない)あたしは本をテーブルに置いて椅子に座る。
ふむ、机の高さはぴったりだし、椅子も座り心地がいい。なかなか読書しやすいね。
よし、準備は整った! あたしは手に入れた本の豪華な装丁をじっくり見たあとに、表紙を開く。紙は全く日に焼けていなくて、新品同様。文字も綺麗にかかれていて読みやすいね。こういう本は、他のVR空間で見たことがない。多分ここだけのもの。
そして肝心の内容。あんまり新しい本は探せないから、ゆっくりじっくり読むべきなんだけど、ついつい先へ先へと進んでしまうくらい面白い!
簡単にまとめるなら、出世争いに巻き込まれ教会を無実の罪で破門された主人公が、恨みによって魔物となり、復讐をしていくって話。最終的には討伐隊に殺されてしまうけど、破門は取り消されて、遺体はどこかの教会の地下に安置された。というように締めくくられていた。予想通り、さっきのお墓の主の話みたいだね。
イコールさんと別れて1時間足らず、もう読み終わってしまった。読書出来た嬉しさと、次いつ読めるか分からない悲しさでため息が出る。
ホントに、次いつ読めるんだろう……。
まぁ、それは考えても仕方がない。頑張るしかないよね。
よし、と気合いをいれて、次なる本を探しに本棚へ向か…………おうと思ったけど時間あるかな? 確認すると、うちのネット回線が切れる24時まであと10分くらい。今日はここまでかぁ。残念。
ログアウトしようと思って、けれどやっぱりやめる。そういってみればこの建物の中を全部見ていない。というか、この部屋だけかと思ってたけれど、さっき奥のほうに通路を見つけたのを思い出した。ちょっとそこをみてみようかな。
あたしは24時の5分前に鳴るよう設定してあったアラームを解除して、通路へと近づく。どうやら、通路には窓がないらしく、ほんの少しとはいえ、一周回って明るくなったこの大部屋とは違って真っ暗だ。
子供じゃあるまいし、暗いから行かないなんて選択肢はない。あたしは通路に足を踏み入れた。
壁に手を当て、伝いながら歩く。視界はほぼないけれど、そんなのあたしは慣れっこだ。決して得意ではないけれど。
タン、タン、タン、タン
規則正しく足を動かし、あたしは前に進む。
タン、タン、タン、タトン
今あたし以外の足音聞こえたよね!? いやほらトンって! けれどじーっとしていてもあたし以外の足音は聞こえない。あたしが変な風に歩いただけかな?
タン、タン、タン、タン
通路は左に折れ、左に折れ、もう大部屋への出口が見える。左右の壁を確認しながら来たけれど扉らしきものはなかった。そして誰と会うこともなかった。
さっきのは、やっぱりあたしの足音だったらしい。ホッとして、あたしは大部屋へと歩を進める。
タン、タン、タン、タン、タン、タン、ガスッ
「え?」
なにかを踏んだ気がする。そしていきなり視界が歪み始めた。あたしがなんの反応も出来ずにいる間に、通路の漆黒と青空のような水色と、若々しい緑が混ざって――――
『error:ネットワークに接続できません』
時間切れとなってしまった。
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
「――――というわけで、無事ターゲットはトラップにかかりました」
ここは王都の宮殿。多くの信者を持つ『教会』の中心である大聖堂の隣に位置する、高位の聖職者と修道騎士と呼ばれる『教会』に仕える騎士たちが仕事する場所だ。
この部屋の主、修道騎士の少女は、跪いて報告する男に呆れたような目を向けて、けれどそんな態度をするわけにもいかないので「コホン」と咳払いをしてから答える。
「ご苦労様でした。あなたの功績は必ずやシリウス様にご報告いたしますわ」
「はい、ありがとうございます」
おそらく大量の報酬のためだろう。口元を緩めながら部屋去っていく男を見て、呆れた顔に戻った少女は一言呟く。
「あの人、まさか私がプレイヤーだって気付かなかったのかしら?」
そう、彼女こそが数々のトリガーを踏み抜き、王都立ち入り禁止解除や女性聖職者の開放を行ったプレイヤー――の片割れ。近接職最上位と思われる修道騎士に初めてなり、この宮殿に入ることを許された2人目の人物。
「いやでも、攻略サイトに嘘の情報を載せて、ターゲットをおびき寄せるなんてことを考えつく人が、そんなことに気付かないなんて…………。さすがにありえないか」
「まぁ、気付かれなかったなら気付かれなかったでなんの問題もないわ」とそう言い、彼女は1枚の便箋を取り出す。これから新しいミッションを発注するために、ギルドへ手紙を送らなければならないのだ。
そのミッション名は『魔女討伐』
すらすらと文章を書き上げる彼女の、そして彼女らの思惑が分かるのは、もう少し先になってからとなる。