物理反射とか嫌すぎる!
階段を降りながら、あたしはイコールさんに聞く。
「さっきも聞きましたけど、イコールさんはどうしてこんなところに来たのですか?」
「いつモンスターが出てくるか分からないんだぜ? 今は質問なんてしてる場合じゃねぇよ」
「雰囲気的に絶対でないと思います。出たら出たで話を中断すればいいだけじゃないですか」
仕方ねぇなと言いたげに、イコールさんは肩をすくめる。
「ネットで調べたら、王都に魔導書があるのはここだけだった。なら、当然お前はここに来るだろうと思ってな」
「その言い方だと、まるであたしに会いに来たみたいですけど」
「なにかおかしいか?」
あたしの前を進みながら、顔だけこちらに向けて、彼は不思議そうに言う。
「おかしいわけじゃないですけど! どうしてあたしのところに来たのかは分かりません」
「そりゃそうだ」とイコールさんは前に向き直る。どうやら、階段を降りきったようだ。
視界がほとんどなさそうだから、灯りの魔法を使おうかと思ったけれど、その前に、壁に設置されていたランプが、どういうわけか一斉に点灯する。
松明を出そうとしていたのだろう、メニューを閉じるような動作をしながら、イコールさんはまた歩き出す。
「俺がここに来たのは、お前をパーティーに誘いたいからだ」
「正気ですか?」
「パーティーに誘われての第一声がそれなのか……?」
呆れ声とともに、イコールさんは足を止めてこちらを見る。
「いやでも、あたし魔法職ですよ?」
「さっきもそんなような話をしたが、お前は自分を過小評価しすぎだ。明らかに適正レベル以上のボスを1人で6割も削ったんだぜ? 覚えてる魔法の量を公開すれば、誰も魔法職だからと見下すようなことはしないと思うんだが」
「『連続魔法』でも使わない限り、覚えてる魔法の量なんて関係ないと思いますよ? 魔法職が弱い弱い言われるのは、MP回復アイテムが貴重なのに、MP消費量が多いことだと思うのですが」
「モブを他に任せて、ボス特化にするってのも十分ありだと思うけどな……。まぁいい、俺がお前を誘おうと考えた理由は他にあるんだ」
「他にですか?」
「あぁ、他に。その理由は、お前はこのゲームを簡単にやめたりしない、と思ったからだ」
面白い、というか、よく分からない理由だった。どうしてそう思ったのかも、どうしてそれがパーティーに誘う動機になるのかも、よく見えてこない。
「えーと、イコールさん。どうしてそう思ったのか聞かせてもらえませんか?」
「だってお前、なんか訳があって魔法使いやってんだろ?」
そのたった一言で、自分の顔が強張っていくのを感じる。そんなはずないのに、リアルのあたしを知ってるんじゃないかと思ってしまう。
「…………あの洞窟でも言ったと思うのですが、一年間この職続けてきたから、今さらやり直せないだけ。それだけですよ」
こんなこと言ったら、何かあるって思われちゃうよね? でも、言いたくもなるよ。
「そういやそんなこと言ってたな。でも、誤魔化そうってのがバレバレだったぜ? それにな」
彼は上を指差し、呆れとも感嘆ともとれる声で、話し続ける
「あの大量の本棚の中から、たった1冊の本を探してんたんだろ? 俺だったら一瞬で諦める。俺は本を読むのが得意じゃないが、多分そんなこと関係ない。誰だって諦めるはずだ」
彼はあの不気味なモンスターを倒した後、あたしに魔法使いを続ける理由を問いかけた時とまったく同じ、純粋に疑問を持っている顔をした。
「お前をそこまでさせる理由って、なんなんだ?」
そんなまっすぐに疑問をぶつけられても、あたしは答えられない。答えたとしても、真実だとは思ってくれないんじゃないかな。
あんまりにも出来過ぎてる話だと、ロールプレイングの一部だと思われちゃう。それはものすごく、なによりも嫌だ。
「大層な理由があるとして、それをあたしが答えると思いますか? しつこく聞いてくるならGMコールも辞さないですよ」
そこまで言うと、彼はようやく慌てた顔をする。
「ち、違う違う。今は勢いで聞いてしまったが、別にしつこくお願いする気はない! これはパーティを組んでほしい理由を聞かれたから、その流れで言っただけだ」
そういえば、そういう話をしてたね。すっかり忘れてたよ。
「そこが重要なわけじゃない。魔法使いをやりたいだけなら、他にいくらでもゲームはある。なのに、わざわざこのゲームで魔法使いをやっているお前には、このゲームじゃなきゃいけない理由があると勝手に思わしてもらった」
勝手に思っただけって、言葉の上では言ってるけど、口調は明らかに断言するそれだった。でも間違ってないから、言い返せない。
「俺はなるだけこのゲームを長く続けてくれる人とパーティを組みたい。だからお前を誘ったってわけだ」
言いたいことは言ったとばかりに、イコールさんはあたしに背を向けて、再び歩き始める。
イコールさんの言い分は分かった。でも、誘いに応じるかは悩むところだね……。
まぁ、返答を考えるのは後にしよう。通路の曲がり角を折れた先20mぐらいに、宗教的なデザインが彫られた扉が見えた。
「あの先からは戦闘がありそうですね」
「いきなりボス部屋って可能性もあるな」
そう言いたくなるくらいには、威厳と風格のある扉。あたし達は焦らず近づいて、ゆっくりとそれを開く。
扉の先には、地下室にしては大きな空間が広がっていた。壁際のランプが照らすその部屋の中心に簡素な墓があって、その墓石の上にあたし達が追いかけてきた本が置かれている。
慎重に墓の前まで歩く。何も起こらない。いったい何をすると戦闘がはじまるのかな? そう考えながら、あたしは本に手を伸ばす。
あたしの手が本の表紙に触れた瞬間、墓石が光り始める。
「ソウ、下がるぞ!」
言われるまでもない! あたしは振り返って、出口を目指して走……ろうとしたけれど、扉は硬く閉ざされている。
「どうやら戦うしかないみてぇだな」
あたしの横で、イコールさんが呟く。
光は膨張していき、やがて巨大な人の形をとる。そして、包んでいた光が消え、人の表面があらわになる。
「石像?」
その人は石でできていた。1枚の岩から削り出したようになめらかな肌。芸術品のようなそれが、目の前で動いているのだ。
そして、その彫りの深い顔の眼からは、涙が伝っているように見える。
「名前の通り、泣く石像ってわけか」
もう既に敵のHPバーは表示されている。名前の訳を教えてくれた直後に、イコールさんは石像に向かって駆け出した。
一瞬遅れてあたしの思考も戦闘モードに。さぁまずはこれ!
《情報開示!》
情報ウィンドウが開いて、まず最初に弱点属性を確認。なし! まぁ岩だもんね、仕方ない。
そして、耐性は雷、炎。魔法のポピュラーな攻撃手段2つに耐性があるのね、やっかいです。でも、イコールさんがいるから大丈夫。ついてきてもらってよかった。
そう思いながら次の欄を見た瞬間、あたしは叫んでいた。
「イコールさん! 攻撃しないで!」
イコールさんは既に攻撃モーションに入っていた。動きをきちんと見ていなかったことが悔やまれる!
何事だと眉をひそめた彼の剣は、それでも変わりなく動き続け、敵の体にヒットする。
そして、
「なっ!?」
イコールさんの体は弾き飛ばされ、壁に衝突。痛みはないはずだけれど、見ているこっちが痛い。
「なんだ今のは?」
あたしは情報ウィンドウを思い浮かべる。そう、あたしが見て叫んだのは無効、反射の欄。
そして、そこに書いてあったのはたった1文。
「こいつ、物理攻撃反射らしいの!」
驚いていたはずのイコールさんの顔が、さらに驚愕に染まる。
つまりどういうことかって言うと、あたし1人でこのボスと戦わなくっちゃいけないってこと! 劣勢にもほどがある!