重大なことがプレイヤーに任されていすぎる!
次の日、あたしはGladius&Magicusのスタート画面で、ログインする、しないをずっと悩み続けていた。
いや、だってさ! またゲームに入った瞬間、あのイベントが起るかもしれないって考えたら、ログインできないよ! 街の中でログアウトしたら、次のログイン場所は全く同じ場所って決まってるの。だから、大通り近くの喧騒全てがまた、あのよく分からない言葉になる可能性だってある。
でも、いつか入らなきゃ、あたしが弱職を続けてまで読みたい本が、そう、本が読めないわけで…………そっちの方が辛いな。
あたしは意を決してログイン。10秒も経たずに喧騒の中に放り出される。
忌々しいカウンターは……ない。みんなの声も変わっていない。あたしは安心からくる脱力感で、その場に座り込みそうになる。
でも、何も起こらなかったなら本を探しに向かおう。あたしはマップを開いて、目指す場所へのルートをもう一度確認。うん、やっぱり遠い。王都の入り口からここまで歩くだけで2つも変なイベントに引っかかったのに、こんな距離歩いたら一体どれだけのことが起こるのやら……。
いやでも! あたしは再び折れそうになった意思を強く持つ。変なイベントごときのために、本を読むのは諦められない!
あたしは何も起こらないことを祈りながら、何が起きても大丈夫なよう気を配りつつ歩き始めた。
何もなかった……。
辿り着いた教会のような場所。あたしは、その壁に寄りかかってふぅとため息をつく。
別に疲れたわけじゃない。ゲーム内で歩き疲れるなんてそんなこと、あるわけない。でもなんだろうね、何かが起こる何かが起こるって警戒しながらここまで来たせいで、現実世界で同じ時間歩くより疲れた気がする。
もしかして、王都に来るまで快適な馬の旅が出来たのは、奇跡に近いのかなぁ……。
でも、いつまでも休んでいるわけにはいかないね。あたしは寄りかかるのをやめて、自分の隣にあった大きな扉を押し開く。
あたしを迎え入れたのは、天使やら女神様やらが描かれた天井と大きな天窓、そしてそこから射す光が照らす、大量の書棚だった。
もちろん、そのあたしの背丈の2倍はありそうな書棚には、ぎっしりと分厚い本が並んでいる。今までいた最初の街では、それどころか現実世界でも見たことがないくらいの本の量。ここ、教会じゃなくて図書館なのかな?
中に入って本棚の1つの前に立ち、あたしはため息をつく。
これだけ本があっても、多分あたしが読めるのは数冊なんだろうな……。
本でスキルを覚える職業は2つ。魔法使いと、このゲームにおける回復職の聖職者。この手のゲームには必須の回復職であるがために、聖職者は人気とまでは言えないけど、引っ張りだこではある。
そのせいなのか、魔法を覚えるための魔導書に比べて、神聖術を覚えるための神学書は圧倒的に多い。というか、魔導書がめちゃくちゃ少ないのだ。
そしてなにより重要なのは、魔法使いは魔導書しか、聖職者は神学書しか読めないってこと。無理矢理読もうと開くと、
『警告 この職業では読むことが出来ません』
みたいなポップアップが出て閉じてしまう。うーん、あたしは本を探す前に聖職者になるべきかな? 女性聖職者は最初選べないけど、ここカプトマンディでなんかのクエストをクリアするとなれるらしいし。
まぁそうするにしても、魔導書は魔法使いにしか読めないんだから、探すしかない。あたしは1冊の本を引き出す。開いて確認するのが一番早いからね。
それにしても途方ない量……これだけの中から、たった数冊の本を探しだすなんて一体どれくらいの時間がかかるのやら……。
愚痴っていても仕方ないので、ただただ本を取り出しては戻し、開いては閉じを繰り返す。こういうシチュエーションは初めてだけれど、今までも魔導書を見つけるのに、忍耐は必須だった。この一年間明らかに本を読んでいる時間より、探している時間の方が長いんだよね。本末転倒であるとは思えないけど。こうでもしないと本を読めなかったから、思わないようにしてるけど。
淡々と作業を繰り返し、ようやく1つ目の書棚が見終わろうかというところ。機械的に本を手に取り、開いた時、あたしの前にポップアップが出現する。
『トリガーミッション〈眠りしものの告白〉発生』
ここに来て!? と思うより先に、持っていた本が光を帯びて、宙に浮かび上がった。あまりにもいきなりな出来事に、思わず呆然としてしまう。その間に、本はどこかへ飛び去ってしまった。
あの本絶対何かあるよね? 追いかけないと!
そう思って建物の奥の方を向いた瞬間、
ぎぎぃーっ
背後で扉の開く鈍い音がして、ビクッと体を震わす。プレイヤー? NPC? このミッションに関係する誰かかな? どちらにしても、別にあたしは何も悪い事してない。気にすることないよね?
でも、後ろを振り返れない。
思えば、ここに来た時には真上の方にいた太陽も、現実の4倍の速さで進む時間によって、下の方まで引きずり降ろされている。この中もだいぶ薄暗くなってきた。何か出てもおかしくないくらいには。
いやいやいやそんなことありえないって、とあたしは自分に言い聞かせ――――
「おい」
「ひゃぁっ!」
飛び上がって後ろを振り向くと、なんてことはなく、初めてトリガーを引いた時の、パーティーリーダーさんがいた。魔法使いでも、聖職者でもない彼が、どうしてここにいるかは分からないけれど。
「というかパーティーリーダーさん。他の人達と一緒じゃないの?」
「悲鳴を上げたのをなかったことにしたいのがバレバレだぞ。あと今は別にパーティー組んでるわけじゃないんだから、パーティーリーダーって呼ぶな。きちんとプレイヤーネームで呼べよ」
バレたか……。パーティーリーダー、もといイコールさんは人の悪い笑みて続ける。
「いやぁ、さっきの飛び上がり方は尋常じゃなかったな。もしかして俺のことお化けだと思ったりしたのかな? ソウさん?」
ソウ。よくある名前です。それがあたしのプレイヤーネームだったとしても、あたしに対して言っているとは限りません。あー聞こえない!
「どう思ったかなんて、あなたには関係ありません。質問に答えてくれませんか?」
イコールさんは肩をすくめた。笑みを浮かべたままで。面白がられているのがよく分かる。
「前のパーティは解散した。王都につくまでって約束で組んでたからな」
ちょっとびっくりだった。結構良さそうなパーティだったのに。
「なるほど。それで、どうしてここにいるんですか?」
「そんな話は後でいいだろ? お前、何かを追いかけようとしてたじゃねぇか。こんな誰も来なさそうなところに、俺やお前以外の誰かが来ているってことか?」
あたしは、イコールさんがこんな誰も来なさそうな場所に来た理由を知りたいんだけどなぁ。まぁいいや、せっかくだし手伝ってもらっちゃおう。
あたしは何をしてて、なにが起こったのかをイコールさんに伝える。
「トリガーミッションねぇ。この短期間で2つも引くってことを考えると、お前の覚えている魔法の量はゲーム内で1番の可能性もあるんじゃねぇか?」
「アタシが覚えている魔法の量と、トリガーミッションって何か関係あるんですか? と言うかなんで前回のがトリガーミッションだったって分かるんですか!?」
「そうでもなけりゃ、あんなところにあんなボス出てこないからな……? え? お前トリガーがどんなのだか分かってないのか? 1年やってるのに?」
なんだか酷い言われよう。アタシはむすっとして答える。
「悪いですか? 今まで興味も関わりなかったので、特定の条件を満たして、決まった場所に行くと起こる。ってことぐらいしか知らないのですが」
イコールさんは頭をかき、ばつの悪そうな顔で「言い方が悪かったな。すまん」と言う。そう素直に謝られると、こっちも許すしかない。
「謝ってくれればいいのです」と言うと、彼は咳払いをして話し始めた。
「まぁ、だいたいはさっきお前が言ったとおりなんだが、その条件と、クリアによって起こることがだいぶ特殊でな」
条件と……報酬ってことかな? 報酬なんてもらっていないけれど。
「まず条件の方。簡単に言ってしまえば、ものすごく達成するのが難しい奴ばっかだ。しかも、どこでどんな条件のトリガーがあるか分からない上に、1度しかクリア出来ない」
ということは、あの恐ろしいトリガーイベントはもう2度と起こらないのか、とちょっとほっとしながら、あたしは口を開く。
「そんな難しいこと、あたし達成してましたっけ?」
「……ボケだよな?」
見事に看破されてしまったので、あたしは「バレました?」と舌を出す。
「つまり、トリガーはあたしの……例えば、覚えている魔法の数に反応して、引かれているってことですね」
「そういうことだ。トリガーを引けるのはいつだって各方面の先駆者だけ。誇っていいと思うぜ」
イコールさんはそう言ったけど、あたしは別のことを考える。このゲームの中で読んだ本の冊数は、誰にも負けない自信がある。ということは、それに付随する魔法の数も、誰より多いってことになるよね? ということは、覚えている魔法の数によって引かれるトリガーは、全部あたしが引くことになるんじゃ……。そんな面倒なことってないよ!
まぁ最悪、全部無視して逃げ続ければいいかぁ。と、あたしが結論づけたところで、彼の話が再開された。
「もう1つはクリアによって起こること。まぁ、トリガークエストに限った話だとも言われてるんだがな」
確証はないみたいだけど、それなら今まで何も起こってないのも納得出来る。
「クリアすると、ゲーム全体に変化が起こる」
「……え?」
ちょっとあたしには壮大過ぎて、思考が追いつかない。というかゲームとして、そんなことが出来ていいの?
「まぁ、驚くのも無理ねぇよ。1ユーザーがゲームを変えられるなんて、ぶっとんだことするゲームは、前にも後にもこのゲームだけだろうな。でも、これはチートでもバグでもなく、公式から発表されてることだ」
イコールさんが話し続ける間に、思考が現在時刻に戻ってきた。それとともに、疑問が出てくる。
「今まで、具体的にはどんな変化が起こったのですか?」
「そこに関しては別に公表されるわけじゃあねぇから、あくまで噂話なんだが……例えば、王都の開放とか――」
「はぁ!?」
「いきなり大声出すんじゃねぇよ」と耳を塞ぎながら、抗議するイコールさんへあたしはまくしたてる。
「そんな重大なことがプレイヤーに任されているんですか!?」
「驚いたのは分かったから少し落ち着け! あぁそうだよ、任されてんだ、噂だけどな。後は女性聖職者職の開放とか、そういうのもトリガークエストクリアのおかげらしい」
「トリガー引いたら真面目にやれってことだな」と、まとめるように言う彼。そんな重大なことなら、真面目にやらざるを得ない。真面目にやるってことは時間がかかる。そしたら本が読む時間がどんどん減ってく……。
頭を抱えかけたあたしに、イコールさんは言う。
「まぁお前の頑張りがイベントになったってわけだ。自慢していいと思うぜ?」
「面倒くさいだけですよ……」
あたしの呟きは、イコールさんに届かなかったらしい。彼は「さて、本題に戻ろうか」と、あたしの背後に視線を向ける。
そういえば、どこかに飛んでいった本を探しに行くところだったね。本を読むためにも、今の憂鬱な気分は一旦置いておこう。
あたしはイコールさんにならって背後を見た。本はどこへ逃げたかな? とは言っても、逃げられる場所なんて奥に見える通路と――
「まぁ、あの床に空いた穴が明らかに怪しいよな」
あたしは頷く。今、この部屋のど真ん中に存在する穴は、もちろんあたしがここに入ってきた時には存在しなかった。どう考えても、行くべきはこの穴の中だよね。
近づいて中を見てみると、そのままストンと落ちるわけではなく、階段が設置されている。
あたしはイコールさんと顔を見合わせて、地下へと1歩踏み出した。