ダンジョンに緩急がありすぎる!(下)
予想とだいぶ違うミッションに困惑していたあたしにイコールさんが叫ぶ。
「おいソウ、逃げるぞ!」
あたしは手を引かれ階段を下る。そのときに扉の向こうに何がいるのか見えた。
黒い猟犬たちだ。いやでも本当に犬? あれが? 青みがかった粘着質のなにかを滴らせながらこちらに近づいてくる、骨しかないかのようながりがりの生き物かもわからないようなやつが?
あれはだめだ。戦っていいものじゃない。そんなのがわらわらと壁の向こうから出てくるのを見てあたしは自分の足で階段を駆け降りる。
「ちょ、やめろ! こける! こけるって!」
腕を掴んだままだったイコールさんの訴えも右から左に抜けていく。一心不乱に走って4階層へ。
「いきなりどうした?」
「化け物、化け物が!」
恐怖で失った語彙力を補うために降りてきた階段を指差す。イコールさんはその方向を見て、あたしも自分が示したほうを向いて、すぐそこまで猟犬のような何かが迫っているのを確認した。
「きゃあああああああああああ」
「今回は誤魔化す余裕すらねぇのかと言いたいところだが、あれはヤバい!」
あたし達は同時に来た道を引き返す方向へダッシュする。
「と、とととりあえず、地図を開け!」
「は、はい!」
なんどか失敗しながらなんとか地図を開く。地図にはありがたいことに化け物の位置も表示されている。
「次の曲がり角、左です!」
これなら迷うことはなく進めそうだね。でも追っ手のほうがあたし達より速そうな気がするよ。
「追いつかれそうな気がするよイコールさん!」
「地図を渡せ。先導と大体の指示はするから対処は任せたぜ魔法使い」
魔法、そっか魔法か! 効くかはわからなけどやるしかないよね! 私はウィンドウをイコールさんに渡す。
「見えてる交差路は右。その次は左斜め後ろだ。多分そこまではギリギリ捕まらないぜ」
狭い十字路を右に曲がるとその先は一見袋小路。あそこを鋭角に曲がるんだね。相手はかなり上手に曲がるから、交差点や角を通るたびに距離がグンと詰められていく。イコールさんの言うとおりなら、ここで使うのがいいね。
《凍てつく大地!》
唱えた瞬間の私の位置を中心に、床が、壁が凍っていく。後ろからぐちょ、ぐちょと音がするので曲がったときにちらりと見ると、前を走っていた猟犬の足が凍って、そこに後続が追突していた。なんで追突するだけでそんな音が出るの?
「よし、これで少しは時間を稼げて……ねぇ!」
「どういうことですか!?」
「幾つかの個体がそこのT字路を右に行った突き当たりに転移しやがった。このまま走ってねぇと挟み撃ちだ」
何その能力! 転移とかありえない! とそこで気づいて口に出す。
「これ、もし地図の範囲外じゃ表示されないとかだったら……」
「詰んでたな。マッピングしといて正解だったみたいだ」
面倒くさいことにはきちんとそれ相応の効果があるんだね。ありがとうイコールさん。
その後も全力で走って、何度か妨害して、最初の階まで戻って来る。
「スタート地点だよな? 多分」
「そうだと思いたいです」
階段を降りてすぐのところで《凍てつく大地》を置いておき、イコールさんを追って走る。だけど
「くそっここじゃないのかよ」
書いておいたスタート地点には何もなかった。確かに「入り口」ではないけどさ! 他に何かあったかな……。迫りくる恐怖に急かされながら、自分もマップを開きメモを確認する。
「ここだ!」
イコールさんの指差す場所のメモには「壁に魔方陣が浮かんでる」と書かれている。確かに上で封印を解いたとき、一緒になにかおこった可能性はありそう。
「でもちょっと遅かったか?」
そこに行くまでの進行方向にはもう怪物がずらりといる。
「どうします?」
「強行突破、するしかねぇだろ」
イコールさんが剣を構えたのを見て、いいことを思い付く。イコールさんの腰をしっかり抱えてっと。
「んなっ!」
「さぁイコールさん! 突っ込みますよ!」
「おいおいまさかお前……」
《重力操作!》
イコールさんに対して新しく覚えた重力系最上位の魔法を使う。そう、これは敵だけじゃなくてパーティメンバーも対象に取れる。消費MPが軽減されててもすごい量だから使うのは控えてたけど、今以上の使用タイミングはないよね!
あたし達は猛スピードで猟犬たちに突っ込んでいく。
「だと思ったよちくしょう!」
「まぁまぁ今回はあたしも一緒ですから」
「そういう問題じゃねぇええええええ!」
と叫びながらも矢面に立つイコールさんはその得物を水平に構えてスキルを発動する。こんな状態でもスキルを打てるんだねぇ。
青い光を纏った長剣はその横薙ぎで怪物の波をくい止めて、その勢いで前宙して放った縦の一閃が押し返す。H
危ない、あたしも吹っ飛ぶところだったよ。
「回転するなら回転するって言ってください!」
「お前も突然やるじゃねぇか! というかそこの角を右だぞ!」
当然わかってる。あたしが左手を離して手首をくいと曲げると、掛かる力の方向が変化する。あ、でもさすがに向いてる方向は変わらないね。
進行方向には転移先からぞくぞくと黒い四足歩行の獣たちが集まりつつある。
「イコールさん!」
「この体勢でどうにかしろと!?」
「ここを抜ければ目的地まであと少しですよ!」
「関係ねぇよなそれ! ああ分かったよ! やってやる。しっかり捕まれ!」
剣を左手に持ち替えて切先を黒い波に向けると、再び青く発光し始める。
「うりゃあああああああ!」
腰を入れて獣たちに剣をつきたて、横にスピンして袈裟懸けに1撃、2撃。そして上段からの振り下ろしが、床にあたって衝撃波を起こし、敵を壁へと打ち付ける。
道は開けた。魔方陣があったその場所は壁に正方形の穴ができている。その前で止まって、2人でそこへ踏み込む。来たときと同じようなふわっとした感覚に襲われて
「おめでとう、2人とも」
気づけば、図書館の小部屋に戻って来ていた。ブレンネさんが笑顔で迎えてくれる。その後ろには椅子に座ったキュラ様もいる。
「1回目で苦戦されても困るのじゃが。それで、どうだった?」
「5階に上がってからの怒涛の展開は嫌いじゃないぜ。毎回こんなだと思うと恐ろしいけどな」
「戦うための力も応用力も測らなければならぬからのう。今回は応用力に寄せたものにあたったようだが」
「それにしても難易度に緩急がありすぎな気がしますけど……」
「そこの辺りは調整してから一般公開するとしよう。さてと」
ブレンネさんがあたしたちそれぞれに2枚のチケットを渡す。何が書かれている読む前に光の粒子となってアイテム欄に入ってしまった。
「今のが制限図書を読むためのチケットか?」
「そうじゃ。専用書庫の場所は追って教えよう。閲覧スペースで待っているがよい」
そう言ってキュラ様はとことこと部屋から出ていく。そうか、ダンジョンをクリアした後にはご褒美の読書タイムが待ってるんだ。思ったより面白かったしこういうのも悪くないかもしれないね。
「それで? これ何枚貯めれば武器と交換できるんだ?」
大好きな主を目で追っていたブレンネさんが不思議そうな顔でイコールさんを振り返る。
「いや、君はそもそも貯められないぞ?」
「え゛?」
イコールさんの喉から変な声が出る。
「君のリストに渡した中にも制限図書はたくさんあるんだぞ? さぁ2人とも閲覧室に行くんだ。決して魔女様を待たせるんじゃないぞ」
そう言ってブレンネさんもどこかへ行ってしまう。残されたのはあたしと膝をついたイコールさんだけ。
「ほら、イコールさん早く行きますよ」
「俺の、俺の武器更新……」
「ほらブレンネさんもああ言ってるんですから仕方ないじゃないですか」
「それは意趣返しのつもりか?」
「いえいえいえそんなことないですよ~?」
「その笑顔だけで嘘だって分かるからな!?」
そんな風に話しながら、あたしたちは閲覧スペースに向かった。
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